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テニスの王子様

「じゃあ、彩香。ゆっくり休んでなね」

「ごめんね、楓ちゃん、紫ちゃん。あ、ケーキ作ってきたの、みんなで食べてね」

保健室まで来てくれた、楓と紫に彩香は微笑しながらお礼を言った。

「心配したんだからね、彩香。でもケーキ作ってきたの?」

「うん。練習用なんだけど上手く出来たから……楓ちゃん、明日辺り一緒に作ろうね」

「……うん、よろしく。彩香先生」

少し照れたように話す楓に彩香はクスクス笑い、紫はにやりと笑っていた。
そんなやり取りと見ていた保健医は苦笑しつつ、2人に教室に戻るように促したのだった。
2人が出ていき、彩香は湯タンポを抱きながらベッドにて眼を閉じた。
昨夜、ケーキを作ったせいもあるが、寝不足なのは幸村のことを色々考えていてなかなか眠れなかったのもある。
いや、寝たのかもしれないが考えていたせいか、あまり寝た感じがしないのかもしれない。
月のモノが訪れ、体調が良くないせいもあるが。
ハァ…とため息を溢し、彩香は脳裏に今朝の手紙の事を思い出した。
どうして、話したりするだけであんなのを寄越されるのだろうか…。
こういう経験は今回が初めてではない。小学生の時から何度かあったのだ。その時は『手塚くんに馴々しくしないでよ』と口頭でも手紙でも言われた。
それまで一緒にいる事が当たり前だった彩香は、なぜそんな事を今更言われなければならないのか、当初分からなかった。
友達だと思っていた子たちに『ズルい』と言われる。何故?
答えは国光がモテていたからだ。
そして傍にはいつも自分がいた。
小学生だった自分は恋愛なんて分からなかった。
好きな男子は?と聞かれたらすぐに国光と答えていた。当たり前だ、従兄だもの。
従兄妹同士だろうがそれを認めたくない女子たちはなんて言ったっけ……。

『手塚くんから離れないなら彩香ちゃんとはもう遊ばないからね』

ああ、そうだ。そうだった。
当時の感覚で友達がいなくなるのが嫌だと思った彩香は、国光から離れた。
思春期に入ったのもあり、国光はテニスに夢中だったせいもあって、しばらく二人は話すこともしなくなった。
それは手塚が彩香の異変に気付くまで続いた。

「く…手塚くん…」

「彩香?」

「これ、受け取ってもらえないかな…」

「これは……?」

「えっと、──ちゃんから頼まれて…」

「いい。貰う意味が分からない。それに何故お前に頼むんだ? 本人が来ればいいだろう」

「……だよね…。うん、ごめん…」


「どうしてちゃんと渡さないのよ!」

「あれじゃない? 彩香ちゃん、本当に手塚くんに渡したの?」

「わ、渡したよ、でもくに…手塚くんが貰う意味が分からないって…」

「本当に〜? 本当は渡したくなくて嘘ついてるんじゃないの?」

「そんなんじゃ…」

「なにそれ、ムカつく」

──ドンッ!

「……痛…」

「彩香!……お前たち、彩香に何を?」

「て、手塚くん! 別に私たち何も!」

「……立てるか、彩香?」

──パシッ!

「大丈夫……1人で立てる、よ…」

「彩香ちゃん、ひどーい! せっかく手塚くんが手を出してるのに叩くなんて〜」

「本当、酷いね。手塚くん、彩香ちゃんなんか放っておこ?」

「……君たちは彩香の友達じゃないのか?」

「え、う、うん。もちろん友達だよ〜ね」

「うん、そうだよ。手塚くん」

「なら、なぜ彩香に対して放っておこうなんて言えるんだ。彩香、一緒に帰ろう」

「……くに、みつ…」

「……やっと名前を呼んだな…」

「……っ、」

「手塚くん! これあげるから、私たちと一緒に帰ろうよ!」

「貰う意味が分からないのだが。それと、彩香に対してなんかなどと言わないで欲しい」

「「……」」

「……国光…」

「帰るぞ、彩香」

「う、うん」

「──い、ズルいよ! 彩香ちゃん」

「ズルい?」

「ズルいわよっ! いつもいつも手塚くんを独り占めして、何様のつもりよっ!」


ハッと彩香は眼を覚ました。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
随分前の事を夢見ていたらしい。
はぁ〜とため息をついて、寝返りを打つと同時にシャッと仕切りカーテンが開いた。

「あら、起きてたの?」

「先生…?」

「悪いんだけど、ケガした生徒がいて病院まで連れていく事になったんだけど、1人で大丈夫?」

先生が後ろの方を振り返ると一年生だろうか、肩を押さえながら『痛いでヤンス〜』と騒いでいた。

「あ、はい。大分良くなりました」

「顔色も良くなってきたみたいね。じゃあ鍵は掛けていくから、チャイム鳴ったら予備の鍵で戸締まりお願いね」

「分かりました」

先生はじゃあと言って、呻き声をあげる生徒を連れてバタバタと出て行った。
彩香は、起こした身をゆっくり倒しながら、ため息をついた。
そっと前髪を掻き上げて、天井を見上げた。

(……嫌な夢…)

思い出したくない記憶が甦り、ぐっと身体を丸めた。
きっと今朝の手紙が原因なんだと思うと、辛くなった。
また一緒に帰れば、手紙だけではすまない。そんな気がして、彩香はまたため息をついた。

(……一緒に帰っちゃダメだ…)

幸村くんが優しいからって、甘えてはいけない。柳くんにも甘えてはいけない。
好きでも、甘えてはダメだ。
そう思って彩香は小さくため息をついて、眼を閉じた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


教室内の空席を見て、俺はため息をついた。
姿が見えないというだけで、心配してしまうのは倉橋さんだからだろう。
さっき食べたケーキの程よい甘さがまだ口の中に残っている。
食べてみたかった倉橋さんの手作りケーキは本当に美味しかった。どうせなら、彼女がいる前で食べて、美味しかったと伝えられたら、彼女はどんな風に笑ってくれるだろうか。
チャイムが鳴ったら保健室へ様子を見に行ってみよう。
俺はそんなことを考えながら、先生が喋っているのを流していたのだった。

──キーンコーンカーンコーン…

日直が号令を取り、先生が出ていくとまた休み時間特有のざわめきが起こる。
俺は教室から出て行こうとする楓を追った。

「幸村」

「俺も行っていいだろう」

「いいだろう、って疑問系じゃないよね。まぁ、構わないけど」

「フフフ…」

その時、俺たちは保健医が不在で、倉橋さんが職員室に鍵を返しに行ってるなんて知らなかった。
そして、倉橋さんが呼び出されたことさえ分からなかった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……あ、の…」

職員室へ鍵を戻し、教室へ行こうとしたら数人の女子に声を掛けられ、裏庭まで連れてこられた。
これがどういう事なのか、彩香はバカではない。しかし何も話さずに睨み続けている彼女たちに彩香は困り口を開いた。

「なによ」

「……何かご用でしょうか…」

「分からない訳?」

「……幸村くんの…」

「分かってるんじゃない」

「ねぇ、なんでアンタなんかが幸村くんと一緒に帰ったりしてる訳?」

「そうよ、姫華なんて中1の時から幸村くん一筋だってのに」

誰かがそう言って、彼女たちの中に先日幸村くんと抱き合っていた人を見つけ、彩香はなんとも言えない気持ちになる。

「それに知ってるのよ、アンタが幸村くんだけじゃなくて、柳くんに手を出しているってことも」

「うっわ〜、最悪。テニス部三強を手玉に取る気? 真田くんも狙ってたり〜?」

「柳くんのファンがおとなしいからって二股は良くないですよ〜」

「私は何もっ……」

「何? 楯突く気? ブスの癖に」

「切原 紫や沢渡 楓もムカつくけどさ〜幸村くんと柳くんを二股するアンタが一番ムカつくわ」

「本当、何様のつもりだよ」

「二股なんて、私っ」

「黙れよ! このブス!」

パンッ!という音と共に、頬がじんじんと痛んだ。
呆然として頬に手を当てていると後ろから声が聞こえた。

「倉橋先輩よか、アンタらの方がすっげぇブスっスよ」

「切原、くん…」

振り向くと、切原くんが立っていた。

「あ、赤也くん!」

「何やってるんスか?」

「これは、別に…」

「なーんて、聞いてたんで言い訳なんて止めた方がいいっスよ。じゃないと、アンタら……潰すよ」

「「「「……っ!」」」」

切原くんが一睨みしたせいか、彼女たちは顔を真っ青にしてバタバタと走っていってしまった。
彩香は呆然としていると、ガッと腕を掴まれた。

「き、切原くん!?」

スタスタと歩きだした赤也に彩香が話し掛けると、水道のある所に連れて来られた。

「早く冷やした方が……って、何もねぇー」

ワタワタとポケットを探る赤也を見て、彩香は微笑した。
ハンカチかタオルを濡らして冷やそうとしたらしいが、ハンカチ等がなかったらしい。

「ハンカチなら持ってるから。…………ありがとう、切原くん」

「倉橋先輩…」

水で濡らしたハンカチを頬に当てながらお礼を言えば、赤也は名前を呼んだ。

「大丈夫なんスか? 具合……」

「うん、休んだからもう大丈夫。さっきはごめんね、色々迷惑かけちゃって…」

微苦笑する彩香に赤也は少し困ったように訊ねた。

「あ、の……柳先輩と付き合ってるんスか?」

「へ?」

「いや、前から噂で聞いてて……さっきも抱っこしてたし…」

「まさか。私と柳くんが付き合うなんて、柳くんに迷惑だよ」

「そうなんスか? じゃあ、幸村部長は…」

その名前に彩香は赤くなり、やがて困ったような顔をした。

「幸村くんとだなんて、それこそ幸村くんに迷惑だよ。私と付き合うなんてあり得ないと思う」

切なそう話す彩香に赤也はなんだか悲しくなった。
きっとお似合いなのに、と思うし、幸村が彩香に気があるのが目に見えているのにと思う。
さっきの言われたい放題を見て、赤也は口を開いた。

「またなんかあったら俺に言って下さい!」

姉である紫が昔、同じ経験をしていたことを知ったのはそれ(イジメ)が収まってからだと知った赤也は、なんとなく他人事に思えなく口に出していた。
彩香はただ驚き、そのうち微笑をたずさえて「ありがとう」と伝えたのだった。




To be Continued


あとがき

おかしな展開に……。
次はファンvsヒロイン、もしくは幸村さんが制裁を加える……かもしれない。

感想頂けると嬉しいです。
2010/11/24


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