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テニスの王子様

幸村と彩香の交際宣言は、次の休み時間には学年中に知れたのではないかと思うくらい廊下に人があふれ出た。きっと次の休み時間には校内中にだ。
廊下から教室を覗く女子の顔は彩香に対して、怒りを顕にする人、嘘だと思いたい人、羨ましそうに見る人など多数だ。
彩香と言えば、困ったように教室から出る訳にも行かず、楓と幸村と話をしている。

「あ〜〜、女子の視線が鬱陶しい! 幸村のせいよ」

「フフ、なんて暇人なんだろうね。彼女たち」

「ゆ、幸村くん」

「心配しなくていいよ。何かあったら直ぐに言ってね。俺が守るから」

「…………あ、ありがとう…」

幸村は微笑を浮かばせ、愛しむように彩香の頭を撫でるとキャー!と廊下から喚声が起こる。
というか、彩香の前でも黒い発言している幸村に珍しいと思いながらも自然体でいるのに気付いた。
彩香もその様子に少しばかり驚きながらも、あまり気にしないのか幸村に礼を言っている。

「そうだ。今日こそは一緒に帰ろうね」

「え、あ、うん……」

「フフ、よかった。楓、今日は邪魔するなよ」

「……彩香〜、本当にコレで良いわけ? 真っ黒だよ、分かるでしょ」

「楓?」

「分かった、分かったからその黒オーラ何とかしなさいよ」

「(……黒い、のかな〜?)」

楓は両手を胸の位置に上げ、降参とばかりに振った。
そのやり取りを見ていた彩香は幸村の本質を垣間見ながらも、首を傾げていた。
クラスの人々は彼らのやり取りを眺め、笑っていられる彩香に尊敬の眼差しを向けた。

(……笑ってる倉橋が一番すげぇ)

(なんか、教室が一瞬寒くなったぞ)

(彩香ちゃん、羨ましい…)

(でもお似合いな感じがする)

(幸村くん、幸せそう)


そんなクラスメイトの思いは廊下側にいるのとさほど変わらないが、憎々しげに見つめる視線もあり、それを感じ取っていた彩香はそれを悟られないように笑い、誤魔化していた。
それが気に喰わなかったのか、ずかずかと教室に入って来た女子が数人いた。

「ちょっと、いいかしら?」

「なんでしょうか?」

間に入ろうとした楓と幸村を手で制して、彩香は彼女たちに応えた。

「話したいことがあるんだけど…」

チラリと幸村を見た彼女は次の瞬間、ビクッと肩を震わせた。
真っすぐに見つめてくる、冷たい眼差しに彼女の士気は下がっていく。
ぐっと口唇を噛みしめ、悔しそうにしていた。隣からの威嚇に彩香は幸村の名を呼んだ。

「……幸村くん」

「……分かったよ」

威嚇を止めた幸村は踵を返し、自分の席へと向かっていった。

「……話ならお昼休みでいいかな? お弁当食べたら、屋上で……話を聞きます」

「彩香!」

「大丈夫」

「……なら、昼休みに。逃げないでよ」

キッと睨みつけて彼女たちは教室から出ていったところでチャイムが鳴った。
息を呑んでいた人々はチャイムにハッとして、次の授業の準備を慌ててしていた。チラチラと彩香を見ながら。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「幸村くんは教室で待ってて」

「でも、」

「大丈夫だから。楓ちゃんと紫ちゃんもいるし」

「幸村が来たらあっさり終わるだろうけど、コレばっかりは来ない方がいいよ」

「…………分かった。でも何かあったら俺は彼女たちは赦さないから」


そう言い放った俺を彼女は苦笑して、頷いたのを階段から見送った。
そして今に至る。

「本当に大丈夫だと思うかい、蓮二?」

「気になるならば見に行ったらいいのでは?」

「それはそうだけど」

「紫と沢渡がいる以上は大丈夫だろう、怪我はしない」

「確かに楓はああ見えて柔道黒帯だし、紫はキレたら赤也より危険なのはファンクラブとて承知だからね」

「そうだな」

「あー、でも…」

蓮二のところへやって来たが、心配でうろうろしてしまう。

「幸村ー、ちょっといいか?」

「なんだい?」

呼ばれて振り返れば、そこにいたのは確か、サッカー部の部長だった奴だ。

「あのさ、女子が話してたの聞いたんだけどよ……C組の倉橋さんと付き合ってるってホントかよ?」

「……付き合ってるよ」

「っ、マジかよ〜!」

「え、ホントに付き合ってんの?」

「俺、倉橋さん狙ってたのにぃー」

そいつを皮切りに一斉に聞いてくる蓮二のクラスメイトたち。
というか聞き捨てならない発言が出たけど、君は誰だったかな。
チラリと蓮二を見れば「後藤だ」と教えられた。
後藤くん、彩香に手を出したらただじゃ済まないよ?
一気に騒がしくなった教室に蓮二はため息を吐き、椅子から立ち上がった。

「行くぞ、精市」

「ああ。それじゃあ……そうだ、彩香にちょっかい出したらただじゃ済まないと解っていてね」

俺はフフと笑うと教室から出た。
隣の蓮二はその様子を見て、ため息を吐いていたが、気にしなかった。
階段を昇り、屋上まで上がっていく。出入口の壁には仁王がもたれかかっていた。

「よぉ、遅かったのぅ」

「どんな様子だ?」

「今んトコは話してる状態じゃな」

「彩香は殴られていないかい?」

「それは大丈夫じゃ」

そっとドアを開き、耳を傾ければ会話が聞こえてきた。

『──私は幸村くんがただの中学生でも好きなんです』

彩香の声が聞こえた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


屋上へ行けば、女子が数十人くらいいる事に驚いてしまった。

「なんで沢渡さんと切原さんまでいるのよ」

「いちゃいけない訳?」

「そっちこそそんな人数で彩香1人に何するか分かったもんじゃないでしょ」

「煩いわね、あなたたちは関係ないんだから出てってちょうだい」

話があると言った人が口を開くが、楓ちゃんと紫ちゃんは出て行く気はないようで、睨みつけている。

「それは出来ないわね。彩香は私たちの大事な友達だもの、関係はあるわ」

「ふん! まぁ、いいわ。早速だけど、倉橋さん」

「はい」

「幸村くんと付き合ってるっていうのは本当なのかしら?」

「本当です」

ギュッと手を握りながら、答えると目の前の女子たちはヒソヒソと騒めいていく。

「……みんな、黙って! そう、……じゃあ、どちらが告白したのか聞いてもいいかしら?」

どちら…?先に言ったのは幸村くんだった。でも、昨日はアレはどちらともという感じでもある。

「……一応、幸村くんから…です」

「っ、嘘よ! 精市くんが告白する訳ないわよ、こんな子に!」

「そうよ、嘘に決まってるわ!」

「幸村様は特別なのよ、それなのにアンタみたいな女釣り合う訳ないじゃない!」

「似合うとでも思ってんの!?」

「別れなさいよ」

答えると同時に、誰かが声を荒げた。そして被ぶせるように他の人たちも騒いでいく。

“特別”ってなに?

彩香は違和感を感じた。
彼女たちの幸村に対する扱い方に。どこか既視感も覚えた。
それは青学の時に感じたモノに似ている。
言われたい放題の彩香を後ろの二人は、ファンクラブの人たちが話す事に嫌気をさしながら、目の前の友人を見つめていた。

「完璧な幸村くんにアンタは似合わない!」

「──それは違うと思う」

「似合わないわよ、アンタなんか」

「そうよ! 彼は特別なのよ! 顔も頭も良くてスポーツもなんでも出来る王子様なのよ。それを…」

「確かに、幸村くんは顔も頭も良いしスポーツもなんでも出来ると思う。でも、幸村くんに完璧を求めないで」

「何言って…」

「幸村くんは普通の、テニスが好きな中学生よ。王子様なんかじゃない、そんなに完璧を求めないで! 周りがそうだったら幸村くんを苦しめるだけだわ」

「じゃあなんであなたは付き合ってるのよ? 貴方、他の男に告白されても断っているんでしょう、幸村くんの告白に応えたって事はアンタだって結局顔で選んだんじゃない!」

「違うわ、だって知らない人といきなり恋人なんてなれないもの」

彩香の言葉に皆は一瞬訳が分からなくなった。

「どうして何も知らない人に好きだと言われて応えられるの?」

立海に転校して来てから、どういう訳か「付き合って欲しい」と言われた。
いつも見ていた、と言われても気持ちなんて動かなかった、勝ったのは怖いという感情だけだった。
でも幸村くんは違った。気付けば傍にいて、少し意地悪だけど優しくて、胸がドキドキした。
あぁ、好きなんだ、と思った時に勘違いして、勝手に苦しくなったりもして……それでも好きで。
完璧なんて求めない、特別な人でなくてもいいと思った。
傍にいれたら、好きとか嫌いとか関係なく傍にいたいと思った。

「私は、幸村くんは普通だと思ってた。テニスが好きな中学生だったけど、確かに特別でもあったかもしれない」

「ほ、ほら! なんだかんだ言って精市くんが特別だと分かって……」

「その特別じゃないわ。私にとってとても大好きな特別なの。皆にとってではなくて………私は幸村くんがただの中学生でも好きなんです」

何を言って…と彼女たちが言おうとして、止まった事に彩香は不思議に思った。
そして同時に後ろから抱きしめられる感触と視界が暗くなり身体が跳ねた。

「……幸村、くん」


一瞬、誰?と思いつつ、触れられるとトクトクは早くなる鼓動に相手が分かった。
これは幸村くんだと確信した。




To be Continued



あとがき

ここまで来ると最早何が何だか……。

ヒロインは皆の幸村くん(王子様的な)ではなく、一人の幸村 精市くんが好きなんです。
うまく云いたいことが書けず伝わらない感じですみません。

2011/01/30


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