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テニスの王子様

あれから数日、学校生活は穏やかに過ぎていっている。
屋上庭園のベンチで俺たちは昼食を取りながら、話をしていた。

「フフッ、楓も良かったみたいだね」

「国光もなんだか機嫌がいいみたいなんだよ、伯母さんが言うには」

「へぇ、手塚も機嫌がいいんだ」

「楓ちゃんもだけどね」

最近の楓はニコニコと笑みを浮かべて携帯を弄っているのをよく見る。
まぁ、楓の機嫌がいいのと反対に真田があのでかい図体で沈んでいる。ちょっと鬱陶しい。
数日前、手塚の誕生日があったらしく、楓は手塚に会いに行き上手くいったようだ。
しかも手塚から告白したとか。ちょっと意外だったけど、まぁ彩香は嬉しそうに笑っているからいいかなとも思う。
真田の事を考えると少し可哀相だな、とも思うが。真田は親友だし、仲間だし、楓を好きだと言うことは1年の頃から知っていた。

(早く云わないからこうなるんだよ…)

やれやれと思いながら、俺は彩香の隣でお茶を飲んだ。
彩香が弁当を片付けてるのを眺めていると、彼女は思い出したようにこちらを見た。

「そういえば、合宿がまたあるんだってね」

「あぁ、選抜の合宿のことかい?」

脳裏に顧問から渡されたプリントの事を思い出す。
『高校日本代表候補』の合宿の事だ。
蓮二が言うには昨年までに中学生が代表合宿に召集されたことはないらしい。
なんだか楽しみだ、と思ったくらいだ。

「うん。国光が言ってたから、幸村くんたちも呼ばれてるんだよね?」

「ウチはレギュラー全員呼ばれたよ」

「青学も全員らしいよ。リョーくんはどうなるか分からないんだけど」

「ボウヤ……越前くんどうかしたのかい?」

彩香から出た名前に不思議そうに訊くと、彼女はクスクスと笑った。

「なんで“ボウヤ”って呼ぶの?」

「なんでって……年下だから、かな?」

「ふふ、面白い」

また笑う彼女に俺は越前くんの事が気になった。

「越前くんは合宿に来ないのかい?」

「ん〜、アメリカに行ってるみたいなんだ」

「アメリカ?」

「うん。私もよくは知らないのだけど……」

越前くんの事も気になるけど、もう1つ気になる事があった。
彩香に近づき、そっと耳元で囁いた。

「ねぇ、彩香──いつになったら名前で呼んでくれるの?」

「えっ…」

「手塚はともかく、越前くんを名前で呼ぶなんて妬けちゃうな」

スッと髪を一房取り、口づけると彼女は真っ赤になった。

「ゆっ、ゆゆゆ幸村くんっ!?」

「ん?」

「ち、近い…よ…」

「彩香?」

「〜〜〜〜」

真っ赤になりながら、眼を泳がせる彼女が可愛くてググッと身を寄せる。
口唇がギリギリまで近づく距離で額を合わせる。

「そ、そそそそれより、合宿っていつから……」

「それより、なんて酷いなぁ」

涙目になりながらオロオロする彩香にクスクス笑ってしまうと、今度は眼を見開いたかと思えば、むぅっと睨んできた。
でもそんなことされても怖くなんてない。

「幸村くんの意地悪…」

「フフッ、彩香だって意地悪だよ。彼氏の名前を呼んでくれないんだから、ね」

「だっ、だって…………恥ずかしいよ…」

「恥ずかしがることなんてないよ」

「だ、だから……幸村くんだから恥ずかしいんだよ…」

顔を逸らして、ほんの少し口を尖らせる姿にまた新たな発見をしてしまう。
その後でチラチラとこちらを伺う様子に「どうかした?」と問い掛けると、上目遣いになったままで口を開いた。

「……せ、精市…くん

「え、」

「〜〜〜〜精市くんっ!」

顔を赤くしたままで、名前を呼んでくれた彼女につい呆気に取られたが、次の瞬間、頬が一気に熱くなった。

「全く、君は……」

「ゆ、幸……精市、くん?」

「なんだい、彩香」

「……精市くん」

そっと頬に手を添えてるとゆっくりと彩香が眸を閉じていくのに、顔を近付けた。

バーンッ!

後1cmもないところで、扉が勢いよく開いた。
ビクッとして顔を離した彩香は真っ赤になったまま扉付近を見つめている。俺もそっちを向けば楓が立っていた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「か、楓ちゃん!?」

いきなり扉が開いて驚いたけど、楓ちゃんが焦ったように名前を呼んできた。

「彩香っ! どうしよう!」

「えっ、な、何かあったの!?」

切羽詰まった声に、幸村く…精市くんから離れて楓ちゃんのトコへと走って行った。

「どどどどうしよう! て、手塚くんが来週家に来ないか、って!」

楓ちゃんの言った言葉に先日の電話の事を思い出す。

「……あ〜、」

「あ〜って何!? あ〜って!」

「なんかね、伯母さんが国光と交際している相手に会いたいみたいなこと言ってたから、紹介するんじゃないかな?」

国光の機嫌良い姿に彩菜伯母さんから電話が来たのだ。
そこで思わず彼女が出来たと話したら、伯母さんが声高に『まぁ!』とあげていた。
是非とも会ってみたいのだと。

「しょ、紹介〜〜!? う、嘘! どうしよう〜、何着ていくべき!?」

「大丈夫だよ、いつもと同じで…」

「ダメよっ! 家族に紹介されるんだよ、普通じゃダメ! 彩香、買い物付き合って!」

「へっ?」

「ていうか、一緒に来てぇ〜!」

必死な様子に驚いてしまった。でもなんとなく気持ちは分からなくない。
きっと私も同じ立場ならどうしようと悩んでしまいそうだし……。
というかさっきのを思い出して、幸村くんを見ることが出来ない。

「お願い〜、彩香〜〜」

「う、う「ダメだよ、楓」幸村くん」

グイッと腕を引かれ、幸村くんに後ろから抱きつかれる。

「なんでよ!」

「その日、彩香は家に来る予定だからさ」

「へ?」

「俺もそろそろ彩香を家族に紹介しようかと思ってたんだ。母さんと妹が彩香に会いたがっていたしね」

「えぇ!?」

幸村くんの家族に紹介!?
楓ちゃんと同じようにどうしようと焦ってしまう。

「ダメ、かな」

小首を傾げながら聞かれると、ダメなんて言えなくて、頷くしかなかった。
幸村くんの家に行く、なんて……本当に何を着ていこう。
楓ちゃんと買い物に行くのは予定に組み込まれた彩香であった。

「楓ちゃん! 買い物に行こう!」

「幸村の家に行くのはちょっとアレだけど、ありがとう、彩香!」

「(可愛いな〜)……ところで彩香、名前でね」

ニコッと笑う幸む…精市くんに頷いた。

「せ、精市くん、来週お邪魔するね」

「楽しみにしてるよ、彩香」

頬に手を添えられ額に柔らかい感触とともに、ちゅ、と音がした。
真っ赤になって、精市くんを見上げるとクスクスと笑われた。
そして、耳元で囁かれた。

「大丈夫、楓は見てないから」

なんだか、精市くんは少し意地悪になった気がしてならない。
むぅと口を尖らせると、フフッと笑って『そんな顔しても、俺にとっては可愛いだけだよ』と言われて、また真っ赤になるしかなかった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


こんな調子で精市くんの家にお邪魔して大丈夫かな、と思ったけど紹介されたお母さんも妹さんもお祖母さんも優しかった。
お父さんはお仕事だったみたいだけど、また来てね、と言われて嬉しかった。

「はぁ〜、緊張したぁ〜」

「フフッ、みんな彩香を気に入ったみたいだよ」

「そうなの?」

「特に茉莉花なんて彩香にべったりだったろ」

「茉莉花ちゃん、可愛いよね。いいなぁ、妹なんて羨ましい」

精市くんの妹・茉莉花ちゃんは精市くんに似ていてとても可愛い女の子だった。

「……いずれは彩香の妹になるじゃないか」

「へ?」

「うん?」

「……え、あの、精市くん……?」

「俺は彩香が大好きだよ、だからずっと傍にいたいと思ってる……駄目かな」

思いがけない言葉に彩香は幸村を真っ直ぐ見つめた。見つめてくる真摯な双眸に彩香は顔が熱くなるのが分かった。

「……今は、まだ分からないよ…」

答えると幸村の表情が少し哀しげに歪む。だが、彩香は幸村の手を握り、口を開いた。

「けど…」

「けど?」

「同時にとても嬉しいって思う気持ちが大きい……です。精市くんに飽きられないように頑張らなくちゃ!」

「! 飽きるなんてないよ。でも……彩香がずっとそう思えるように俺も努力しないとね」

「そんな……」

「ねぇ、彩香」

「はい?」

「好きだよ」

「──私も、精市くんが好きです」

クスッと互いに笑って、二人は手を繋いで歩き出した。



END


あとがき

とりあえず、終わりです。
今までお付き合いありがとうございました!
次回、エピローグを持って完結いたします。
お家訪問&紹介は機会があれば。


2011/02/02


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