(2)

テニスの王子様

推薦入試も無事に終わり、後は卒業式のみを迎える三年生たちの授業は割りと簡単になっていた。

「彩香、」

「精市くん、どうかした?」

振り向いた愛しい彼女は小首を傾げながら見つめて来る。
俺は残念な想いを抱きながら、口を開いた。

「今日、ちょっと用事があるから一緒に帰れないんだ」

「……そっか。先に帰るね」

「ごめんね、また明日」

ショボンとする彼女に、今すぐにでも一緒に手を繋いで帰りたいと思うが、やる事がある為にカバンを背負って教室から出て行った。
向かった先はB組、丸井が待っていた。

「待たせたね、丸井」

「お、おう……やっぱり今日も?」

「当たり前だろう、昨日も言ったじゃないか」

「いや、もう大分上手くなったと思うんだけど」

「まだまだだよ。彩香が食べるのにあの程度じゃダメに決まっているだろう」

「いや、でもさ〜」

「いいから、ほらさっさと行くよ」

渋る丸井を促し学校から出た。
丸井を連れて家まで帰ると、母さんが丸井の姿を見て苦笑したが気にしない。

「俺は着替えてくるからここで待っててくれ」

「お、おう」

「精市ったら、また丸井くんを連れて来て……ごめんなさいね、丸井くん」

「い、いえ、いいんです……ハハッ…」

ここ何日か丸井は俺の家に来ている。理由といえば、俺がホワイトデーに彩香にあげるケーキの指南だ。
丸井は海原祭でケーキを作って優勝するくらいの腕の持ち主だし、これを使わない手はないだろう。
昨日作ったスポンジはなかなかいい出来だと思ったが、帰ってきた妹に食べさせたら、ちょっとパサパサするなんて言われたら、また作り直さなければならない。
俺が彩香にあげるんだ、完璧な物をあげたいだろう。
自室で着替えてからリビングへ降りて行くと、いつの間にか妹の茉莉花も帰っていた。

「お兄ちゃん、また丸井さんを呼んだの? 可哀想じゃん、毎日毎日お兄ちゃんに付き合わせられて」

「うるさいな、茉莉花は黙ってなよ」

「もう! ちょっとパサパサだっただけで美味しくなってきてるんだから、いいじゃない。彩香ちゃんだって怒らないって」

「い、いいよ。茉莉花ちゃん。幸村くん、作ろうぜぃ」

けたたましく言ってくる茉莉花にまぁまぁと宥めてから、丸井は話し掛けてきた。
まぁ、毎日放課後を拘束して悪いとは思ってるから、「悪いね」と声を掛けてからキッチンへと移動した。
意外にもケーキを作るのは手間暇がかかる。粉を振るうのは2回から3回とか言うし、イチゴは何度も洗うし、力仕事だと思う。
それなのに彩香は俺の誕生日にあんなに美味しいケーキを作ってくれた。
ホワイトデーと彩香の誕生日は近いからこそ、彼女が驚くようなケーキを作りたい。
彩香の笑顔を見たいと思う。
もし、彩香もそんな気持ちでケーキを作ってくれていたらと思うと堪らなく彼女が愛おしい。

「……どうかな?」

出来上がったケーキを丸井をはじめ、茉莉花や母さんに味見してもらう。

「……すっげぇ、うめぇ!」

「本当! スポンジもしっとりしてるしお店のケーキみたい!」

「ふふ、これなら彩香ちゃんも喜ぶんじゃないかしら」

「本当に?」

「「「ああ/うん/ええ」」」

三人はそれぞれ頷いてくれた。
どうやらコツを掴んだらしい。
丸井にお礼といってはなんだけど、夕飯を食べていってもらい、礼を言った。

「ありがとう、丸井。助かったよ」

「天才的な俺にかかればこんなもんだぜぃ! 倉橋、喜んでくれると思うぜぃ」

「フフッ、それならいいんだけどね」

「幸村くんが倉橋の為に作ったケーキなんだから、喜ばない訳ないって! あ、じゃあ、ご馳走様でした」

「こっちこそ、本当にありがとう。気をつけて帰るんだよ」

「おぅ! じゃーな」

手を振って歩いて行く丸井を見送り、家に入った。
そういえば、まだ彩香にメールをしていなかったな、と思い携帯を弄った。

To:倉橋 彩香
Sub:こんばんは

今、電話してもいい?

‐‐‐END‐‐‐


携帯を手で弄びながら、返信を待った。
ブルブルと携帯が震え、開いたとともに眼を見開いた。

From:倉橋 彩香
Sub:こんばんは

今、蓮二くんの家にいるから、後でこっちから電話するね。

‐‐‐END‐‐‐


思わず時計を確認してみると現在の時間は夜、8時半。
なんだってこんな時間に蓮二の家に?というか、蓮二の名前を呼んでいる?
疑問を抱きながら、俺はリダイアルボタン、通話と押した。

『もしもし、精市くん?』

「ああ、彩香」

『あれ? メール届かなかった?』

「いや、届いたよ」

『うん? どうかしたの?』

聞きたいのは俺の方なんだけど。

『どうかしたのか?』

『蓮二くん。精市くんからなんだけど…』

『……俺が代わろう』

『う、うん……精市くん? 蓮二くんに代わるね』

「……ああ」

電話の向こうでのやり取りに若干頭がついていかない。
なんで彩香は蓮二を名前で呼んでいるのか、なんでこんな時間に二人は一緒なのか、疑問が湧いてくる。

『精市』

「……どういうことだ、蓮二」

少し声が低くなった気がしたが、気になんてしなかったし、自然に出たんだ。
すると電話の向こうでため息が聞こえた。

「蓮二?」

『……始めに言っておくが精市が気にするようなことは何もないぞ』

「なんでそう言えるんだい?」

『倉橋を我が家に招いたのは姉だ、そして夕飯を誘ったのは祖父母だ。倉橋も遠慮はしていたが、姉と母が留め、遅くなったから送れと言われたので、今は一緒にいる』

「へぇ」

一緒いる理由は分かった。蓮二の家とは交流があるのは知っていたし(蓮二は彩香の家に泊まったこともある)、彩香の家族も蓮二を頼みにしてることも知っている。
解せないけれど、分かった。だが、名前を呼ばれているのは分からない。

『名前を呼ばれている理由はなんだい…とお前は言う……そうだな、それは倉橋本人に訊くのが一番だ……倉橋、精市が聞きたいらしいぞ』

「ちょ、蓮『精市くん?』彩香」

『どうかしたの?』

「あ、あの……今からそっちに行っていいかい?」

『い、今から!? だって、もうすぐ九時になっちゃうよ?』

驚く彩香の声を聞きながら、俺は口を開いた。

「今すぐ、彩香に会いたいんだ」

『……っ!』

電話越しではダメだ。きっと(どっちにしても)俺は蓮二に嫉妬してしまう、悔しいけど。
蓮二は信用してる。けれど蓮二の心は分からない。もし彩香に想いを寄せていたら、と思うと彩香に今会わずにはいられなくなった。

「じゃあ、今から行くから!」

『せ、精市くん!?』

慌てる彩香の声が聞こえたがパワーボタンを押して電話を切った。
上着を持ち、さっき作ったケーキが残っていたのを箱に詰め込んで、家を飛び出した。

「精市!? こんな時間にどこに行くの?」

母さんの声が聞こえたが、俺は走っていた。

君に逢いたくて、たまらない。


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