(3)

テニスの王子様

門をくぐってから直ぐに電話の着信音が鳴った。
慌てて確認すると【着信:幸村 精市】の名前に(メール届かなかったのかな?)と疑問を抱きながら、通話ボタンを押した。

「もしもし、精市くん?」

『ああ、彩香』

「あれ? メール届かなかった?」

『いや、届いたよ』

「うん? どうかしたの?」

不思議に思っていると、蓮二くんが声を掛けてきた。「精市か?」という問いかけに頷いた。

「どうかしたのか?」

「蓮二くん。精市くんからなんだけど…」

「……俺が代わろう」

少し間をあけた後、差し出された手を見てから頷き、精市くんと話した。

「精市くん? 蓮二くんに代わるね」

『……ああ』

なんだかいつもと違う様子に心配になりながら、話している蓮二くんを見つめた。
蓮二くんは色々説明しているようだった。

「名前を呼ばれている理由はなんだい…とお前は言う……そうだな、それは倉橋本人に訊くのが一番だ……倉橋、精市が聞きたいらしいぞ」

渡された携帯を耳に当て、声をかけた。

「精市くん?」

『彩香』

「どうかしたの?」

『あ、あの……今からそっちに行っていいかい?』

なんだか切羽つまっている感じだな、と思った瞬間、ええ!?と驚く発言をされた。
だってもうすぐ9時になるのに?

「い、今から!? だって、もうすぐ9時になっちゃうよ?」

『今すぐ、彩香に会いたいんだ』

「……っ!」

いきなりの言葉に心臓が跳ねた。
何も言えずにいると、精市くんは止めるのを聞かずに電話を切ってしまった。

『じゃあ、今から行くから!』

「せ、精市くん!?」

「どうした?」

傍らにいる蓮二くんを見上げ、説明をすると、蓮二くんはやれやれと言った風にため息を吐いた。

「蓮二くん?」

「全くデータを更新するまでもなく、精市はお前を溺愛しているようだな」

「……へ?」

意味が分からず、間抜けな声が出てしまった。蓮二くんはますます可笑しそうに微笑している。

「精市は心配だったんだろうな、こんな夜遅くに恋人が他の男の家にいたのでな」

「で、でも蓮二くんだよ?」

「(……男だと思ってないのか?)」

ため息を吐く蓮二くんを見上げていると「まず家に帰るぞ」と背中を押され、歩き出した。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


街灯が照らす街並みの中を彩香の家に向かって俺は自転車を走らせていた。
ケーキが崩れないように多少は気にしながら、ペダルを漕ぐ。
近くまで行くと彩香の家の前に人影があるのに気付き、ブレーキをかける人影はこちらを向いた。
月明かりに照らされた白い肌は彩香だった。

「精市くん…?」

「彩香! 外で待ってるなんて、危ないじゃないか!」

「だ、だって、精市くんが来るっていうから…」

家の前とはいえ、外に出ていたら危ないじゃないか!と注意すれば、困ったような顔を向けられた。

「そ、それでどうかした? 何かあったの?」

「何か、って……」

小首を傾げて見つめてくる彩香を思わず抱きしめた。

「せ、精市くん!?」

「……」

「精市くん?」

「……彩香に、振られるかと思った…」

「なっ、なんで!?」

思わず不安になっていた事が零れた。
不安になってしまったんだ、電話越しで仲良く話す蓮二との姿を思い浮かべたら。蓮二のこと、名前で呼ぶし……。

「だって、蓮二のこと、名前で呼んでた…」

「ええ!?」

「……ごめん、なんか…」

情けない、そう思わずにはいられなくて顔を俯かせた。
彩香が困ったような顔をしていたから抱きしめていた身体を離した。が、直ぐに温もりを感じる。

「バカだなぁ、精市くん。私が好きなのは精市くんだけだよ」

ギュッと抱きしめてくる感触に驚いた。

「蓮二くんはお兄さんみたいで、ついつい甘えてしまうの。百合子さんにせっかくだから名前で呼んだらと言われて……ダメだった、かな?」

「うん、ダメ」

「蓮二くんなのに?」

不思議そうに見上げてくる姿に許してしまいそうになる。というか……。

(男扱い、じゃない?)

お兄さんみたい、って手塚みたいってことなんだろうか?

「精市くん?」

「……」

「やっぱり、ダメ?」

そんな顔をされたら頷くしかなかった。

「いいの? 良かった」

ニコニコと嬉しそうに顔を緩めるもんだから、なんとなく顔を近付けて口唇を重ねた。

「せっ、せせせ精市くん!?」

「……なんか悔しくて」

「な、なんで!?」

「蓮二のことばっかり気にしてるから……」

何言ってんだろ。嫉妬しまくりだ。
彩香はキョトンとした後、何故か顔を赤くしながら俯いた。
ていうか、何、その反応?

「彩香?」

「あ! えっと……なんか恥ずかしくて…」

「なんで? もしかして、蓮二のこと」

「そうじゃなくて! 精市くんがヤキモチ妬いてくれてるのかな…って思ったら、その、なんか、嬉しくて……」

両頬を手で覆いながら恥ずかしそうにしている彩香に俺は眼を見開いた。

(なに、可愛いこと言って…)

「さ、さっきも言ったけど、私が好きなのは精市くんだからね! そ、そりゃ蓮二くんも好きだけど友達としてだし…」

「……うん、俺も彩香が好き、大好きだよ」

ギュッと抱きしめながら言うと安心したのか、身体を委ねられた。
柔らかくて、いい薫りがする彼女に安心してしまう。たった一言で気持ちを浮上させてくれるんだから。

「嫉妬はいつもしてるよ。楓や紫にだってするし、手塚にもしているよ」

「えぇ!?」

「当たり前だろ、彩香を好きなんだから、嫉妬くらいするよ」

少し苦笑気味に話すと、彩香が胸元から顔を離して見上げてきた。

「私も…私も、嫉妬してるかも……精市くん、すっごくモテるし……たまに楓ちゃんや紫ちゃんと笑ってたりして楽しそうな時とか……なんかモヤモヤしてた……」

「もっと妬いていいよ、彩香にならヤキモチも嬉しい」

「むぅ〜……それに最近、一緒に帰れなくて、ちょっと心配してた」

「心配?」

「うん……嫌われちゃったのかな、って…時々甘い匂いしてたから」

その答えは、いま此処にある。
俺は彩香の額にキスを落とした。

「ごめんよ、一緒に帰れなくて。彩香の為にしたいことがあったんだ」

「したいこと?」

「うん。君の為に、作ったんだ。少し早いけどホワイトデーのケーキと誕生日のケーキだよ」

籠から箱を取り出して、渡せば彩香が眼をぱちくりさせた。
そして慌てて箱の中身を確認した後、それはもう嬉しそうに笑ったんだ。

「これ……精市くんが…?」

「ああ。丸井に教えてもらって作ったんだけど、ケーキ作りとかって大変なんだね。いつも美味しいのをありがとう、彩香」

「ええ? なんで精市くんがお礼を言うの? お礼を言うのは私の方だよ、すっごく嬉しい! ありがとう、精市くん」

満面の笑みを浮かべる彩香に俺は顔を近付けた。

「……好きだよ、彩香」

「私も大好き」

息がかかる距離で言葉を交わし、また口唇を重ねたのだった。

まさか、蓮二が物陰にいるなんて思わなかったけど、今回だけは許してあげる。
蓮二には酷な思いをさせてしまっているからね。
でも彩香を譲るなんてことないから、そこは諦めてね。



END



あとがき

なんだかしっくりこない終わり方になってしまいました。
少し、ほんの少しだけ『君ヲ想ウ』にリンクする感じです。名前呼びあたりが。
最早WD番外編でもないという……すみません。長くなったしね(苦笑)


柳の姉の名前や、幸村の妹の名前は勝手につけてしまいました。
柳姉なんて安易すぎてすみませんでした。


感想頂けたら嬉しいです。


2011/04/25


-76-

青空 top