一線を飛び越えて

テニスの王子様

精市くんと付き合い始めてから暫らく経ち、彼はU-17の合宿に行ってしまった。
話によると国光は先に合宿から戻り、留学先であるドイツに慌ただしく旅立ってしまった。
留学というよりはプロになる為の下準備なんだろうけど。
楓ちゃんがそんなことを話していて、真っ先に教えてくれるのは私ではなく楓ちゃんになったのかと思うと、淋しくて、ちょっぴり複雑だった。
でも二人が結婚すれば楓ちゃんとは従姉妹になれる訳だから、いっかな、とも思う。
精市くんに日課となっているメールを打って、私は眠ることにした。
精市くんの話では、不二くんと四天宝寺の部長、え、と……あぁ、白井くんじゃなくて白石くんと同じ部屋だと言っていた。
なんだか楽しそうだな〜と思う。
早く精市くんに会いたい……そう考えて眠りについた。

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

長い合宿を終えて、帰ってきたというメールを貰ったのは夜も遅くなってからだった。
それでも合宿に行っていた間の補習とかがあるらしく、暫らくはゆっくり出来ないとのこと。
寂しく思いながらも仕方ない、学校では会えるのだからとメールの返信をしようとしたら、携帯が震えると同時に画面には『幸村 精市』の文字。
ドキッとして慌てて通話ボタンを押すと、久々に聞いた精市くんの声。

「も、もしもし…」

『フフ、こんばんは。彩香』

耳に心地よく響く声はまさに幸村の声で、彩香は思わず身体を正した。

「……精市くん」

『そうたよ。あぁ、やっぱり彩香の声を聞くと帰ってきたな、って思うよ。あっちではあまり頻繁に話せなかったから、なんだかホッとするよ』

「……う、うん…」

なんだろう、ドキドキと胸が速く鳴っているのが分かる。
この音が電話を伝って精市くんに聞こえないかと心配してしまうくらいだ。

『彩香? どうかしたのかい』

「う、ううん! なんでもないよ! 明日は学校で会えるんだよね」

『あ、あぁ。もちろんだよ、早く彩香に会いたいな』

「………っ、う、うん…」

精市くんはストレートに物を言うから凄くドキドキさせられる。

『本当は色々話したいけど、それは明日にするよ。これ以上彩香と話していると会いたくなるからね。明日、学校で。寝坊しないでね』

「わ、分かった。明日ね……あ、精市くん」

『なんだい』

「お疲れさま、お帰りなさい」

『…………うん、ただいま』

そのまま、おやすみなさいと電話を切ったものの、彩香は久しぶりの幸村の言葉に胸が高鳴っていた。

(……こんなので明日、会ったら、大丈夫かな…)

会えない間、考えないでいた幸村を想う気持ちが募り、彩香はさっきまで話していた携帯を握りしめ、ベッドに横になったのだった。
明日には会える。そう胸を焦がして。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌朝、いつもよりも早く目を覚ました彩香は、弁当を作り、支度もすぐに出来上がっていた。
幸村に会いたい気持ちが現れたのか、いつも家を出る時間が一時間近くも早い。

(あまり早く行っても、精市くんが来てる訳じゃないし……あぁ、でも早く行けば、精市くんに早く会えるかも……)

色々と十分近く考えて、やはり早く家を出ることにした。
お祖母ちゃんに早いのね、と言われたのが少し恥ずかしく思えたが、笑ってごまかし、行ってきますと家を出た。しかし彩香の足はそこで固まってしまった。
見れば門扉のところに人が──会いたかった、幸村 精市が立っていたのだ。

「おはよう、彩香」

「な、なんで……」

「フフ、彩香に早く会いたくてね。学校で待つのも待ちきれないから迎えに来たんだ」

1ヶ月近く見ていなかった微笑と、その姿に彩香は身体の血液が沸騰するんじゃないかと感じた。
あんなに会いたかったのに、恥ずかしくて隠れたくなった。
こんなにも彼は格好良かっただろうか。いや、前から容姿端麗なのは知っていたが、自分の記憶にある彼より、一層格好良くなっている。
別に容姿に惹かれた訳ではない。幸村 精市という人を好きになったのだ。
ドクンドクンと鳴る心臓を感じながら、「あ、ありがとう」と答えた。

「じゃあ、行こうか」

左手を差し出され、手を繋ぎ、駅までの道を歩く。
繋がれた手が、絡む指が、恥ずかしくて堪らない。でも心地よくて離せない。
精市くんが何かを話しているけど、手が気になって集中出来ずに彩香は相槌をうっていた。
それが気になったのか幸村はジッと彩香を見つめるが、彩香はただただ笑っているだけだった。

いつもより早い電車は通勤・通学ラッシュからズレている為か、混んではいなかった。
二人は並んで流れゆく風景を見ながら、話していた。駅に近づいた時、ブレーキがかかったせいで彩香と幸村の肩が触れた時、恥ずかしさに限界がきていた彩香は身体をビクつかせ、一歩離れた。

「あっ、ご、ごめんね!」

「大丈夫だよ、彩香こそ大丈夫かい?」

「う、うん…」

その行動に幸村は少し顔をしかめた。
電車内のアナウンスで立海の最寄り駅に着いた時、幸村は彩香の腕を引き、電車を降りた。
そのいきなりの行動に彩香はただ驚きながら、構内を出て、通学路へと腕を引かれていく。
コンパスの違い、歩く速度が違う為、彩香は小走りになっていたが、幸村は気にせずに学校へと向かう。

「せ、精市くんっ…」

待って、と言っても速度は緩まずにとうとう学校についてしまった。
時間が早い為に生徒の姿はほとんど見当たらない。
校舎に向かうのかと思えば、ぐいぐいとまた引っ張られてテニスコート脇にあるテニス部の部室まで連れてこられた。
ようやく手を離されたのは部室に入ってからだ。
離されたといっても、彩香は幸村によってロッカーへと追いやられていた。

「せ、精市、くん…? どうか「どうかしたのは彩香の方だろ」え」

「せっかく彩香に会えて、俺は嬉しくてしょうがないのに、彩香は話を聞いてるのかぼーっとしてるし、なんだか怯えてるし……俺、何かした?」

ジッと見つめてくる眼差しに彩香は身動きが取れなくなった。
身体の力が出ない、そんな状態は正に蛇に睨まれた蛙のようだ。
彩香は小さく首を振るが、幸村が触れようとするとビクッと身体を震わせる。

「俺の事、嫌いになった、とか?」

「そんな訳っ!」

「じゃあ、なんで避けるんだい」

幸村の眸が揺れるのを見て、彩香は「あ、」と申し訳ない気持ちになる。
違う、嫌いになんかならないし、なれない。
ただ、恥ずかしくて、ただそれだけだった。
会いたくて、会いたくて、堪らなかった。でも会ったら、胸が高鳴って…………あぁ、そうか

「……違うの…」

何が、と眸に映す幸村に彩香は一回俯いてから、顔を上げた。
その顔は真っ赤に染まっている。

「精市くんに、会えて……その、嬉しくて、ただ、恥ずかしかったの……。なんかまた惚れちゃったみたいで……」

「……っ!」

「惚れ直したっていうか……、うん…」

限界とばかりに真っ赤になっている顔を両手で覆った。
どれだけ恥ずかしいことをいっているんだろう…前に告白した時よりも今の方が恥ずかしい。
恥ずかしさでいっぱいいっぱいになっていると、ぎゅっ、と力いっぱい抱きしめられた。

「〜〜〜〜君は、本当に、可愛すぎるよ!」

「え、ええ!?」

「あ〜〜〜〜、も〜〜、大好きだよ、彩香っ!」

スリスリと小さな女の子がぬいぐるみなどに頬擦りするように、幸村は彩香に頬擦りをする。
合宿に行く前だって二人の仲は良かった。それでもどこか遠慮がちだった彩香に幸村はもっと我が儘言ってくれてもいいと感じていた。
練習で忙しいだろうからと電話もメールも極力しなかった彩香。耐え切れず幸村から連絡はいっぱいしていた。
それが、これだ。
いきなり一線を越えてきた彼女に幸村はただただ嬉しくて堪らない。

「……俺はいつでも君が好きだよ」

耳元で囁くとビクッと身体を固まらせる。
愛しくて、可愛くて、幸村は彩香に口唇を落としたのだった。


これからも、ひとつ、ひとつ、越えていこう



END



あとがき

ツイッターのお題診断をやってみたら「一線を飛び越えて」というのが出たんです。
シリアス恋愛お題なんですが関係なく、ともあって。ただなんとなくでやったお題診断だったんですが(たまに参考にしてる)書いてみました。
でも「一線を飛び越えて」ってどう考えても最初に浮かぶのは(幸村だけに)結婚(妊娠)だったんですよ。
それしか浮かばない〜とありきたりで書かなくてもいいや、なんて思ってたら、昔書いた小説を見つけて、好き過ぎて避けちゃう的なのがあったのでそちらで書いてみました。
あまり避けてないけどね(笑)
それで一線を〜ってのもありかな、と。
どんなカップルでも少しずつ積み重ねて仲良くなっていくと思います。好きになるだけじゃなくて、ここが嫌!とかね。
それでもそこを乗り越えて深まって行くかと…………。
今更ですが『飛び越えて』と『乗り越えて』をごちゃ混ぜにしたかも……す、すみません。アホな管理人で。
ニュアンスが伝わればいいかな、と思います。

ではここまでお読み下さり、ありがとうございました。
感想頂けたら嬉しいです。


2011/12/28


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