06
「差し入れなの、良かったら食べて」
試合後の青学のみんながいる場所へ赴いて、お弁当の袋を掲げた。
「やった〜、倉橋ちゃんの手作りだにゃあ!」
「やっべぇ、止まんねーなぁ、止まんねーよ」
「うん、美味しいよ。倉橋さん」
「こんなにいっぱい、スゴいね」
「……美味いっス」
勢いよく色々なおにぎりにがっつく姿を見て、苦笑しつつ、彩香は別にしておいた弁当箱を国光に渡した。
「はい、お弁当」
「あぁ、すまない」
「食べれる?」
「あぁ、右手で食べる」
「「「「………………」」」」
彩香と手塚のやり取りを見て、誰もが思った事は同じだった。
((((………夫婦…?))))
「……つか、その人誰なんスか? 俺、知らないんスけど」
「リョ、リョーマくん! さっき話してたじゃない、手塚部長の従兄妹さんだって!」
「そだっけ? まぁ、いーけど」
リョーマはそんなこと言いながら、差し入れの炊き込みご飯のおにぎりを口にした。
「(……美味い…じゃん)」
でもなんかどっかで会ったことがあるような気がするんだけど……ジーッと見てしまっていた。
視線に気づいたのか、こちらを見てきた。
(……あれ、この人って……)
正面から初めて見れば、何処かで会ったような記憶が蘇る。──あれ、は……。
「…………」
「あ、あの……どうかした? えっと…「越前だ」越前くん?」
ジッと見つめてくる視線に彩香は訊こうとしたが、名前が出てこない。だけどそれを察した手塚が名を教えていた。
「おにぎり、美味しくなかったのかな…?」
「そんな事ないっス! おい、越前、どうしたんだよ?」
「そーだぞ、おチビー。倉橋ちゃんがどうかしたのかよー? あ、まさか惚れちゃったとか…」
「越前?」
「───アンタの名前、なんて言うんだっけ?」
「えっ…? な、名前? 倉橋だけど……?」
「苗字じゃなくて、名前の方教えてよ」
「……彩香、だけど…」
いきなり名前を訊かけるのも意味が分からずに名前を名乗ると、その越前くんは呟いた。
「(やっぱり)俺のこと、忘れちゃったわけ?──彩姉ちゃん」
「えっ?」
「「「「……っはぁ!?」」」」
「やっぱ忘れてる、彩姉」
ジッと猫のような大きな目が見つめてくる。
そう背が変わらない越前くんを見つめて、必死に思い出そうとしている。
『──まってよぉ、彩姉ちゃあん』
不意にそんな言葉が頭を過る。そう呼んだのは誰だった?
幼い頃を思い出して、名前が洩れた。アレは小学4年生の時の──
「──リョーくん?」
「彩香?」
「倉橋さん、越前と知り合いだったの?」
「久しぶりだね、彩姉」
ニッと笑う顔は、あの頃と似てないようで少し似ている。
「えっ、なんで日本にいるの?」
「今年帰って来たんだよ。彩姉も変わってないね」
「そ、そう? そうかな?」
手塚以外の男が倉橋さんの名前を呼ぶのは初めてだった。
(……一体、どういうことだ?)
不二は、いや周りも二人のやり取りをただ眺めていた。
「うっわぁ、本当に久しぶりだね。何年ぶりだっけ?」
「5年ぶりじゃない」
「そっか、そだね。私が小4の時だもんね」
嬉しそうに越前の手を取り、はしゃいでいると、越前はちらりと手塚を見た。
「もしかして、彩姉が言ってたのって部長のこと?」
「ん?」
「わわっ、リョーくん!」
「俺がどうかしたのか?」
「俺が彩姉と会った時、彩姉落ち込んでたんスよ。なんでも仲良しの従兄が旅行に行って淋しいとか言って…」
「リョーくんっ!」
「小4の時……?」
手塚が考えるように手を顎へと持っていく。そして
「……国光、小4の時、スイスに行ったでしょ。伯父さんと登山しに。その時にリョーくんに会ったのよ」
なんでも倉橋さんの両親と越前の母親が友人らしく、日本に一時帰国した際に倉橋さんに会ったらしい。
だけど、越前──彩姉、彩姉とちょっと馴れ馴れしいんじゃないかな。
自分だってまだ名前を呼べないというのに、手塚はともかく(本当はムカつくけど)いきなり現れた君に先を越されるなんて思わなかったよ。
「…そういえば、帰国してから暫くの間お前が言っていた『弟』とは越前の事か」
「うん、そう。まさか、青学に入ってるなんて思わなかった」
嬉しそうにニコニコと笑いながら、彩香は手塚を見た。
手塚はフッと笑うとなでなでと彼女の髪に手が触れていた。
「ほへ〜、なんか世の中狭いね〜」
「そーっスね。まさか越前と倉橋先輩が知り合いなんて思わなかったっスね」
「でも、おチビいいなぁ〜」
「何がっスか?」
「倉橋ちゃんに名前で呼んでもらえてさ〜」
「そういや、なんでなんスか?」
桃が彩香が自分はともかく、英二先輩や不二先輩を名前で呼んでもよさそうなのに、と疑問を抱いていた。
「倉橋は、男子はあまり名前で呼ばないらしいな」
「だからなんでなんスか? 乾先輩!」
「それは──」
「「それは?」」
「恥ずかしいから言えない、と言われたな」
「答えになってないにゃ」
「なんスか、それ」
「でも倉橋さんなりの理由があるんだから、仕方ないだろ。みんな」
「そうだけど、なんか淋しいにゃ」
そう、淋しいけれど、きっとそれは特別な証になるんだろうな。
彼女に名前で呼ばれ、名前を呼ぶ時は。
「あ、みんないっぱい食べてね」
ニコッと笑う笑顔がいつか自分だけのモノになればいいのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、彩香は空港内を駆けていた。国光が九州へと行ってしまうので見送りに来たのだ。
見知った人たちを見つけ、近寄るとやはりというか一番に国光が気づいた。
「──彩香」
「国光っ……はぁっ…間に合っ、た……」
「走って来たのか」
「う、ん……はぁ、疲れ、た…」
息も苦しく、ゼイゼイと肩で息をしながらバックをごそごそと漁った。
そこから小さな巾着袋──匂袋を出し、国光に差し出した。
「これは?」
「おばあちゃんから頼まれたの。疲れた時にリラックスになればって……久々のおばあちゃん配合よ」
「お祖母さんの。それは貴重だな、礼を言っておいてくれ。俺からも連絡する──いい薫りだ」
「私からはこれ。お守りなんだ……きちんと治るように、国光が負けないように」
おばあちゃんからの匂袋を手渡し、そして自分からのお守りを渡すと国光は頭を撫でて来た。
「お前も頑張れよ」
「うん」
「倉橋さん、学校は?」
「不二くん、授業終わってから直ぐに来たの」
「そうなんだ、お疲れ様」
はい、とお茶を渡され、キョトンとしながらもありがとうと礼を言った。
一息ついてから、みんなを見れば竜崎先生、大石くん、不二くん、菊丸くん、乾くん、河村くんの三年生レギュラーしかいない。
「あれ? リョーくんたちは?」
「あ――っ、そう言えばおチビ来てないじゃん?」
「桃と海堂もだ、アイツら〜っ!」
本来は来る予定だったのか、リョーくんたちは来てないようだった。
見れば、国光と大石くんが頷き合っている。
「アイツらがきっと…手塚(おまえ)の穴を埋めてくれるさ!」
「あぁ」
「頼もしいね、国光」
返事の代わりにポンと頭を撫でられた。
出発時刻が迫り、国光は飛行機へと乗り込んでいった。
ゴオォォォ…と飛行機が離陸するのを青学のみんなと一緒に屋上で見送った。
「必ず、帰って来いよ。………手塚」
(…………大丈夫、だよ)
彼は絶対戻って来る。みんなと全国制覇をする為に。
みんなはそのまま学校に戻るらしく、別れを告げてから神奈川へと戻った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街を歩いていると見慣れた制服の集団を見つけ、その中に昨日会った人たちが何人かいた。
そのうちの最後尾を歩いていた一人がこちらを振り返った。
「あれっ、アンタ昨日の」
「どうした、赤也?」
もう一人、帽子を被った人が振り返ったと思えば、目が合った。
「倉橋か、ここでなにをしている」
「(……長田くんだっけ?)えと、空港からの帰り道なんです」
「空港?」
「はい、そうです(……なんとなく、国光の事は話さないでいる方がいいかも)」
ジッと見てくる眼差しに別に恐れるモノはなかった。
「ふむ、そうか。もう暗くなるから気を付けて帰れよ」
「!……ありがとう、優しいですね」
「あっ、ああ当たり前の事を言ったまでだ、気にするな」
思ったことを言ったまでなのに、照れ隠しなのかやや視線を反らす長田くんに苦笑しながら、ちょうど交差点になった。
「じゃあ、私こっちだから。さようなら、長田くん、桐野くん」
手を振って、信号を渡り彩香は自宅へと急いだ。
彩香が彼らと別れた交差点では、テニスバックを持った二人が呆然としていた。
「「…………」」
「……真田副部長、」
「……なんだ、赤也」
「副部長の名前、いつから長田になったんスか?」
「そういう赤也もいつから桐野になった?」
なぜ全く違う名前で呼ばれたのかは、赤也は訳が分からず、真田は前と同じに間違えられ、ややショックを受けたのだった。
二人がなかなか来ないことに気付いた柳とジャッカルは、後に理由を聞いて苦笑したのだった。
「倉橋、たるんどる!」
未だに名前を覚えてもらえなかったせいか、真田はそう叫んでいたのだった。
相変わらずな彩香にジャッカルは、やれやれとため息をついたのだった。
(今度、ちゃんと教えてやらねぇとな…)
To be Continued
あとがき
とりあえず、グダグダな話ですみません。
リョーマくんと絡ませて?みました。でも『弟』ポジションです。
リョーマの母が弁護士の勉強をしにアメリカに行っていたので、ヒロインの両親と弁護士繋がりで知り合いにしました。
リョーマの母が弁護士かは知りませんが、きっと日本で同級生とかだったに違いない!
リョーマと会った時、手塚がいたら邪魔(笑)なので、スイスに行った時に、ヒロインリョーマと会います。ナイスタイミング!(笑)
立海は赤也と真田で。相変わらず名前を間違えているヒロインでした。テニス部で名前を把握してるのはジャッカルのみ。
2009/05/22