苦しさに痛む胸

テニスの王子様

結果は知っていた。
電話越しでテニス部の事を教えてくれる友人の話に耳を傾けながら、ため息を吐いた。

「やっぱり残念だよねぇ」

ため息の意味を、負けた結果にだと受け取った相手をそのままに彼女の話を聞いていた。
知っていたのに、知っていたからこそ、帰ってくる兄になんて言えばいいのか分からない。
落ち込んでいるであろう兄を思うと、胸が痛まない程、私は薄情ではない。

『全力で、情に流されずに、戦え』

そう伝えていれば、兄は乾さんに負けることはなかったのかもしれない。
だが、言った所で、立海の負けは変わらない。
清雅だって言っていた。変わらない。変えられない。
だからこそ、電話から聞こえた内容に私は思わず声をあげた。

「えっ?! せ、仁王くんがシングルス2?」

「そうだよ? 珍しいね、葵衣がテニス部の話に乗るなんて」

「え、と……、シングルス2は切原くんじゃなくて…?」

「切原はねぇ、真田先輩にペナルティだとかで試合禁止になったんだって。何してんだろうね」

笑う友人の言葉に「さぁ…」と苦笑いするしかなかった。
変わらないはず、なのに、どうして?
ドクドクと動揺している胸に手を当てて、友人の話を聞いていた。

「清雅くんの相手、青学の不二さんっていうんだけど、跳ね上がったボールが当たって、目が見えなくなってたみたいなの! 目が見えないのに勝てるなんてすごくない?!」

わざとではない事にホッとしながら、話を聞いていた。

夜──兄が帰ってきた。
どうだった?なんて聞くべきか悩んでいると、お母さんが訊いていた。

「そう…………。蓮二、お疲れ様…………残念だったわね」

「……あぁ…」

そんな会話を聞いて、私は気まずさと罪悪感に苛まれる。
知っている事が苦しい。
でも、もっと苦しいのは清雅だろう。
電話をしようかと思ったが、それこそ何を話したらいいのか分からない。
シングルス2が切原だったのなら、私はいつもみたいにメールでも電話でもしただろう。
だけど、携帯の画面を、通話ボタンを押せなくて、呟いた。

「…………ごめんね…」

苦しんでいるのを助けてあげられなくて、何も出来なくて……楽になりたくて、謝るしかなかった。


◇◇◇◇◇


翌日、学校ではテニス部に対して『残念だったね』『惜しかったな』という言葉もあれば、『常勝の名が泣くな』『弱くなったんじゃね』等と誹謗中傷があった。
ただそれに対して、真田先輩がただ一言『全国では王者を奪還する!』と力強く宣言していた。
テニス部が揃っている中、清雅の表情が曇っていたのが心配になった。
教室で清雅と何度か目が合ったが、悔しそうに、傷付いたように顔をしかめて逸らされた。
近寄ることはおろか、なんとなくメールも送れずにいた。
放課後、近づく事を拒んでいたテニスコートへと来ていた。
用件は、担任に頼まれた切原へのプリント。主に補習の事が書いてある。
日程を見て、驚きを通して呆れてしまった。どうやったらこんな点数を取れるんだろう?
私立なのに、よく二年生になれたな。なんて思いながらコートを見渡す。
見えたコート内では真田先輩が仁王先輩に殴られていた。
…………イジメ、じゃないよね?
ケジメとかなんだろうか、怖いとしか思えない。
呆けていると、横から声を掛けられた。

「どうしましたか?」

「え、あっ……」

あのマネージャー先輩だった。

「ごめんね、今、テニス部の見学は控えてもらっているんだけど」

「(だから見学者いないのか)えと、」

「誰かに用なら伝えておくよ?」

フフッと笑う姿に、何か分からないけどゾワッとした。

「……これ、切原、くんの担任に持っていく様に頼まれたので渡して貰えますか?」

「赤也くんに? うん、分かった。私から渡しておくね」

「……よろしくお願いします」

頭を下げて、その場から去ろうとして、もう一度コートを見たのは間違いだった。
兄も、清雅も、他のレギュラーがこちらを見ていた。
お兄ちゃんなんて開眼していた。こちらに背を向けていた真田先輩の肩がビクッと揺れたのが分かった。多分、お兄ちゃんを見たからだろう。
私はそそくさとその場を離れることにした。
中庭を通り、校門へと向かっていたが足を止めた。
キョロリと周りを見てから、校舎に陰へと向かって、死角になる場所へと移動した。

暫くして足音が聞こえた。振り向いた瞬間に、視界には芥子色が広がる。

「……葵衣…」

「………清雅…?」

「……」

「…清雅?」

「………………少しだけ、」

こうさせて。と呟く声はくぐもっていたけれど、切羽詰まっていて、胸が痛くなる。
そっと背中に手をまわした。

「……清雅が気がすむまでいいよ」

背中を撫でると、ギュッと強い力で抱きしめられた。
私にはそう返すことしか出来ないから。
責めることも許すことも何もない。
彼だってこんな事になるなんて思っていなかった。
“負ける”事を知っていても、それでも、負けるという事は苦しいことなんだろう。
胸が締め付けられる様な気分だった。
ただ、ただ…清雅の背中を撫でてあげることしか出来ない私は、何もしてあげられなくて、悲しくなった。

だけど、そこに第三者の声が入る。

「葵衣っ!」

振り向いた先には見たことがないくらい、眼を見開いた兄の姿があった。





To be Continued



2014/11/03


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