愛しい存在

テニスの王子様

保健室から逃げ出した、と言っても過言ではない。
俺はあの愛原 姫奈という存在が気持ち悪い。
葵衣を連れて、廊下の片隅、死角になる場所へと逃げると、心配そうに見つめてくる彼女の眸とぶつかる。

「どうしたの? 変だよ?」

昨日から、と言いたげに伸びてくる手を掴み、彼女の腰を引いた。
葵衣の肩に額を押し付けて、呟いた。

「…………こわ、いんだ…」

「何が」なんて彼女は決して問わない。
決して変わらない世界。決まっている世界。結果を知っている「漫画の世界」。
どんなことがあっても主人校たる青学が優勝を修めるハズだ。結果的には変わらなかった。
優勝は、青学。
けれども原作では不二 周助の相手は赤也だったはずだ。赤目になりつつ、無我の境地を発動させていた。
それなのに、何故、俺だったのか。
これでは赤也が無我の境地を発動させられないではないか。
そして、俺はある一つの事を思い出した。
赤也がペナルティーだと言われ、試合に出れなかった原因のリョーマとの野試合の時。
俺たちは部長の見舞いに行く予定であり、その後は解散するはずだった。
テニスをしにコートに行く予定もなかったはずだ。雅治に訊いたが「テニスをする予定はなかった」と言った。
話として、赤也とリョーマの野試合が起こるのを知っているのは俺と葵衣以外いるはずはない。
だけど、あの女は言った。
「でも後でみんなでテニスコートに行くんだし」
何故、あの女はそんなことを言ったんだろう。赤也がテニスグラブにいる事を知っていたんだろうか?
それに、確か跡部にも何か…言ってなかったか……?
ぐるぐると頭を悩ませていると、ふわり…と鼻腔をつく薫りがした。
さらり、と頬に髪が触れた。そこから匂っているらしい。
そして、今更ながらよしよしと言わんかりに頭を撫でられていた。
肩からそっと顔を離してみると、葵衣と眸があった。

「落ちついた?」

「……あ、あぁ……なんか、悪ぃ…」

どことなく気まずく感じて、謝ると葵衣はふっと微苦笑をした。

「しょうがないよ、色々と。…………考えさせられたし…」

「…………」

「……清雅だって疲れてるんだし、今はゆっくり休んだらいいよ」

「……ありがと、な」

「まぁ、落ち着いたら色々言いたいことはあるけど?」

笑みがギロッと変わり、ハハッと渇いた笑いが出た。ぽすっとまた肩に頭を乗せた。
鼻腔をつく、シャンプーの匂いか何かがモヤモヤとした気持ちを凪いでいく。

(葵衣がいてくれて、良かった…)

思いが込み上げて、抱きしめている力を少しだけ強めた。

(愛しくて…大切な存在……)


◇◇◇◇◇


ぎゅっと力を込められて、ぐえっ!と声を上げれば、清雅は顔を上げて、こちらをまじまじと見てきた。途端、吹き出した。

「ちょ、…お前、その声っ…」

ぷるぷると笑い出す清雅にムッときて、グーパンしてやれば、清雅こそ「ぐえっ」と声を出して、離れた。

「なにすんだよ…」

「力を込められるとそうなるって分かったでしょ!」

「……だからってグーパンは止めろ!グーパンは!」

「先に手を出した清雅が悪い!」

ジトっと見つめれば、ポリポリと頭を掻きながら誤魔化す様に明後日な方を見ている。
そんな姿に、小さくため息を吐いて歩き出した。

「葵衣? ドコ行くんだよ」

「……職員室でしょ? 保健の先生!」

「あぁ!忘れてた」

「…忘れ……はぁ、まぁいいから呼びに行こう」

思わず手を出せば、清雅は眼を瞬かせた。あ、男子にするもんじゃないか、と手を戻そうとすれば、ぐっと掴まれた。

「ちょ、清雅!」

「いーじゃねーか、別に」

「…………変なの」

昨日から様子がおかしかったのは、多分、情緒不安定なんだろう。とは思いながら、二人は手を繋いだまま、職員室へと向かった。
そんな二人を背後からじっと見つめる人影があった。

(何? なんなの、あの二人!)

桜色した爪が壁にキリリと立てられていた。

(本当に付き合っているの?)

仁王 清雅。原作には出てこないけれど、雅治に弟がいるのは公式ファンブックで知っていた。
どんな人物か、年齢かは詳しくは知らないけど、公式でいる以上は『彼』が弟なんだろう。
だけど……蓮二に姉はいても『妹』なんて存在はなかった。
何なの? 誰なの? あの女は!
…………もしかして、彼女も、そうなの?───私と同じ……?
なら、邪魔はさせない。
ギロリ……冷めた目付きで彼女は彼らを、否、葵衣を睨み付けていたのだった。


◇◇◇◇◇


先生を連れて戻ると保健室には切原しかいなかった。
しかもベッドに寝ながら。

「あらあら……こらっ!切原くん!勝手にベッドに寝ないの!」

「痛っ?! イデデデデデ!!」

先生の怒号と共に、切原の耳をひっ掴んで起こすというとんでもない起こし方にそっと眼を逸らした。
彼は驚愕し、尚且つ涙目になっていたのは言うまでもない……あれ?

「あれ? 姫奈先輩は?」

そう愛原先輩の姿が見当たらない。
確か、保健室に用があって来たんだよね?

「? ここにいないのか?」

「お前らが行ってから、やっぱり私も行ってくるねって行ったハズだぜ?」

「……来てないよ?」

「え、マジかよ? 俺、探して」

「いーから、切原は教室に戻んなさい!柳さんも戻っていいわよ。仁王くんは一先ず休んでなさい」

清雅に体温計を渡し、ノートにメモをしながら先生が言うと、切原は「えー」と文句を言い、清雅は「葵衣が戻るなら俺も」とか言っている。
いいから休んでろ!と清雅を見ると

「あらあら、仁王くんと柳さんが付き合ってるって話、本当なのね」

「……はい?」

「ほら、昨日の放課後だっけ? テニスコートで柳くんに交際の許しを得にいったとか」

「……はぁ?!」

「あら? 違うの?」

「ち、違います! あれはっ」

先生のくせに何を言って?!というか、なんだか話が違っている!

「センセー、こいつら朝からすげーイチャついてんだぜ」

しかも切原が余計な事を!

「あらあら、若いっていいわね〜」

その後、うきうきとした先生に私が何を言っても信じてもらえなかった。

もうやだ! 私こそ休みたい!

こうなった原因を睨むと、清雅は飄々とした態度で、口端を上げて笑っていた。




To be Continued

act.21
2015/02/23


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