いい加減にして下さい。
清雅の調子がおかしかった理由も大体予想はついていた。予想外の事が起きて、ちょっと不安定だった。
言葉にしてみればなんてことない感じだが、だからといって嘘をばらまいていいという訳ではない。
昨日のテニスコートの事だけでなく、教室での事も次第に広まっていったようだ。
でなければ、入学してから一度も私の教室に来たことがない兄が、ここにいる筈がない。
「葵衣、保健室と聞いたが大丈夫か?」
「…………保健室に用があったのはせ、じゃなくて仁王くんだから…」
「だから大丈夫かと聞いている。何もされなかったか?」
「…………………別に、何も…」
兄に言われて、先程の事を思い出す。
もしもさっきの事がバレたら大変なんじゃないだろうか?
「本当か?」
「う、うん……」
そんなやり取りの中、教室内はヒソヒソと小声で話しているが聞こえてるってば!やめて、本当に!
「わぁ、生柳先輩だぁ〜」
「やっぱり格好いい〜」
「ねぇねぇ、朝の仁王くんの事を言った方がいいのかな?」
「知りたがってるよね、話すチャンス?」
「もしかして連絡先教えてくれるかもよ?」
「っていうか、柳先輩って妹を大事にする人なんだね、羨ましい!柳さん」
好き勝手言って!というか友人も何気に入っているから切なくなる。
確かに言わなかったけどさ、聞かれなかったから言わなかったまでなんだけど?
つか、睨むなよ、友人たちよ。
ここで思いきって友人を紹介して、話題を変えてみる?
いや、兄の事だから紹介したら、様子の報告をさせそうな気がする。ん?でも実際付き合ってはいないんだから、別に…………。
いやいやいや、勘違いしているのもアレだが、それを肯定してしまった挙げ句にお化けよろしくくっついている清雅がいる以上、無理だろう。
「話を聞いているのか、葵衣? 後、清雅。いい加減葵衣から離れろ」
「いやっス。葵衣って抱き心地抜群だから離れたくないです」
清雅の一言に、ザワッと教室が騒がしくなった。
つか、なんつー事を言っ
「清雅? いいか、離れるんだ」
低い声が教室内に響いた。
その声音に私ですらゾクッとして肩が揺れたのを察した清雅がますます私を抱きしめる。
「清雅?」
「ちょっ、いい加減離れなさいよ!」
「葵衣が怯えるからだろ?」
「いや、アンタが離れれば済むことだから、本当、マジやめて」
本気でやめて欲しいのだと分かってくれたのか、清雅はしぶしぶといった感じで離れてくれた。
いや、本当、やめて。
するとすかさず兄が近寄り、清雅と私を離した。
「大丈夫か、葵衣」
「……あ、はい。大丈夫です…」
別に怪我をさせられている訳でもないので、そんな本気にならずとも……といったところだろうか。
「赤也」
「なんスか? 柳先輩」
「これから清雅が葵衣に近づかないように見張るんだ、いいな」
「は?」
切原の名前を呼んだかと思えば、訳の分からない事を言い出した兄に切原がポカンとしている。
いや、切原だけでなくクラスメイトもだ。
何を言い出してるの?お兄さま?
「いやいやいや無理っスよ。朝からキヨ、ソイツにずっと付きっきりなんスもん」
「ばっ「…………付きっきり、だと?」
切原の発言に「馬鹿か!」と言いたくなったのは私だけではない。
クラスメイトたちもあーぁ、といった感じで額に手を当てている。
馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたけど、空気読もうか? ky切原くん。
清雅もあー…と頬を指先で掻くしかないようだ。
ゴゴゴゴゴと効果音が付きそうな兄の無表情さに、ヤバい怒っていると感じ取れる。
「おーおー、参謀も妹を取られて怒るとは大人げないのう」
思いがけない人物の声が響いた。
「……仁王か」
「雅治」
「きよもなかなかやるのう。参謀の妹に手を出すなんてな」
「雅治には関係ないだろ」
仁王先輩の登場にますますクラスの女子の熱気が高まっているようだ。
「清雅くんと仁王先輩のツーショット!」「凄い、並ぶと凄い!」「はぁ〜、カッコ良すぎ〜」
確かに美形な兄弟だ、別次元な感じがする。
「参謀、今日はそのへんにするきに。次の時間が始まるぜよ」
「時間まで2分35秒だ。赤也、くれぐれも清雅を見張るのだぞ。葵衣、いいか、清雅に変な事をされたらすぐに呼ぶんだぞ」
「されないし。いいから早く教室に戻りなよ」
兄の背後に回り、追い出すように背中を押したら「フッ」と笑う兄に、なんだと見上げたら笑っていた。なんなの?と首を傾げると「お前が可愛いからだ」と頭を撫でられた。
ひくっ、と顔を引きつらせば「フッ」とまた笑う。
もうやめてください。
なんとか追い出した兄たちが去ってから、私は机に突っ伏すしかなかった。
疲れた……マジで。もう帰っちゃダメかな?
まだ二時間目だというのにそんなことを思うしかなかったのだった。
三時間目、四時間目と意外にも現れる様子はなかったが、切原の携帯がやたら鳴っていてはこちらを見てくるから、きっと兄だろうと察しがついた。
だが、清雅はべったりではないにしろ、近くにいるから切原が何か言おうとすれば、ぶんぶん首を横に振って「余計な事は言うな!」とノートにでかでかと書いてみせた。
但し、クラスメイトや友人たちは「柳先輩紹介しなさいよ!」と言ってくる始末。
あの人を恋人にしたら大変だぞ、なんせデータデータだ。と言えば「格好いいからいいの!」「そこがいいの!」と盲目的なお言葉を頂いた。
データデータでもいいなら青学のデータマンを紹介してやるぞ?と言おうとしたが、あまり話を聞かない彼女たちだ、きっと青学の手塚だの不二だのを紹介しろと言ってくるはずだ。
繋がりはないっての!
ふと思った。ここで氷帝のテニス部員である日吉くんの事が知られたら……あの人を紹介しろと言ってくるに違いない!
絶対、知られてはいけない!と携帯をバッグの奥にしまってやった。
そこに切原が現れた。いや、清雅もいるけど。
お弁当を食べようと友人たちと集まっていたらの紹介しろコール中だったが、何事かと訊ねた。
「……どうかした?」
「あー、柳先輩が連れて来いっていうから」
「はぃ?」
「悪ぃけど来い!」
「はあ?」
ガッと腕を掴まれ、しまいには持っていた弁当を清雅に取られた。
ぐんぐん歩く切原に対して「ちょっ、は?」なんて声を掛けたが反応せず、友人らに助けを求めようとすれば清雅が「葵衣、ちょっと借りるね」なんて言っている。
友人らは「どうぞどうぞ」なんて軽く言ってるが、私は簡単に貸し借り出来る消しゴムじゃないぞ?!
私のお弁当を持った清雅も追い付き、声を荒げた。
「ちょっと、いきなりなんなのよ?!」
「柳先輩が呼んでるんだよ」
「このまま一緒に屋上行こうぜ。葵衣がいてくれると俺嬉しいし」
「だー、キヨ!いちゃつくなよ!放っておいたのバレたら俺が怒られんだぞ!」
「知らないよ、そんなの!」
だが、清雅が屋上で食べたくない理由は知っている。別に清雅とてテニス部と食べるのは嫌ではない。
あの女マネージャーが一緒にいるのが嫌らしい。
理由を知っているからこそ、なんとなく強く出れないでいる。
それに彼女は確かにおかしい、感じがする。
日常のピースに嵌まっていない。どこが違う気がする。なんでだろうか?
切原に引っ張られながら、屋上へと階段を昇り、ギィ、と少し錆びた音を立てながら金属の扉が開いた。
眩しい光に目を細めていると声が響いた。
「やっと来たのかよ。待ちくたびれたぜぃ」
「俺だって早く来たかったっスよ。だけど柳先輩に頼まれて、コイツ連れて来たんス!」
「おや、彼女は確か……柳くんの妹さんでしたね」
「え、蓮二の妹、さん?」
「ああ、赤也ご苦労だった。葵衣、こちらにおいで」
にこやかに笑みを浮かべる兄に素直に応じる訳もなく
「いや、教室戻るし。何か御用ですか?」
「え、いーじゃん。一緒に食おうぜ?」
「ちょっ、いーからアンタは黙ってて!」
清雅が後ろから手を回し、話してくるが、それに離せ!と葵衣はもがいた。
「えっと……妹さんもここで食べるの?」
「いえも「ああ、そうだ」ちょっ、お兄ちゃん?!」
「ほらほら葵衣、俺の膝の上空いてるぜ?」
「だから、なに?! 座る訳ないでしょ!」
「葵衣、俺の膝の上も空いてるが」
「止めて、本当に止めて」
清雅に引き続き、お兄ちゃんまで訳の分からない事を言い出す始末。なんなのよ?
清雅からお弁当を引ったくって屋上から出ようと思ったが、何故かお弁当の袋を仁王先輩が掴んでいる。なんなの?本当に。
「諦めてここで食べるぜよ、参謀の妹さん」
「雅治ー、葵衣に手を出すなよ? 出したらお前の恥ずかしい〜事、放送室から、話してやるからな」
「………………ピヨ」
にこやかに笑いながら話す清雅だが、眸は一切笑っていない顔をしているせいか、あの仁王先輩が黙った。
「仁王って、キヨには負けるよな」
「黒歴史だらけですからね、雅治は」
「や、やめるぜよ!」
ちょっと焦る仁王先輩を見てびっくりするしかなかった。ただ清雅がフッと笑いを溢したのを見て、だてに年はとってないなぁと思う自分にため息を吐くしかなかった。
仕方ないので、清雅の隣に座り込んだ。
ジロリと見てくる兄にゲンナリしていると、あのマネージャーと目があった。
目があったんだけど、物凄く睨まれていたのに恐怖を抱くしかない。恨んでいる、そんな顔だった。
To be continued
act.22
2015/03/30
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