世界を越えた異端者たち

テニスの王子様

乾と別れ、清雅に会いたくなったがあのマネージャーがいる立海の場所には行きたくなかった。否、あのマネージャーを見たら、何を思えばいいのか分からない。
「テニプリ」という単語。それをどう処理したらいいのだろうか?
清雅に……。しかし、清雅とて、補欠とはいえ選手登録されている以上試合があるかもしれない。
今日はもう終わったんだっけ……?ああ、頭が働かない。なんて言っていたっけ?
ぐるぐると考えていたせいか、頭が重く感じる。
あ、これは座った方がいい──脳が、そう言っている……。

「………ベンチ…」

「ベンチはこっちや」

ぐいっと腕を取られ、顔を上げるとそこには綺麗なミルクティ色の髪が見えた。

「大丈夫や」

「……は、ぁ…」

近くにベンチはなかったせいか、肩に手を回されようやく座れる場所へと連れて行かれた。
ドスン、と鈍い音と地味にお尻が痛い……。

「大丈夫か? 姉ちゃん」

「あ、はい……多分、大丈夫です……」

大丈夫じゃないからこそ、頭がぐらぐらした訳だが、人というのはついつい「大丈夫です」と答えてしまう。

「全然、大丈夫じゃあらへんやろ」

「………すみません…」

「ああ、謝らんでええ。落ち着くまで大人しくしてる方がええ」

「………ありがと、ございます…」

前から掛かる声に葵衣は頭も上げられず、顔すらきちんと見なかった。否、見えなかったというべきだろうか。
多分、目を開けていたらグラグラと視界が揺さぶられるような気がしてならないからだ。
だから、目の前の人が誰かなんて知るよしもない。
しかし、先ほど目に入ったミルクティ色の髪はただのモブではないと思った。
(………ああ、面倒だな……)
お世話になっているのにも関わらず、浮かんだのはそんなことだなんてら相手に大変失礼である。
だが「テニプリ」に関わる人とは出来れば関わりたくないのだ。
兄として一緒に暮らしている蓮二はともかく、乾や日吉は仕方ない。この際、同じクラスである切原も目を瞑って仕方ないと考える。
だが、立海テニス部の彼らや氷帝の連中、無論青学なんて論外である。
なのに…何故、出会ってしまうのか分からない。
深呼吸をし、グラグラと回る感覚が遠のいていくのを感じて葵衣はゆっくりと瞼を開けていく。
その様子を見ていたのか、いつの間にか隣に腰を下ろしている白石 蔵ノ介がホッとしたような顔をしていた。

「……あー、大丈夫か?」

「……立ちくらみだと思いますから、大丈夫だと思います」

「よくなるん? 立ちくらみ」

「……あ、いえ、今日はたまたま。天気もいいですし、………ちょっと考え事もしていたから……。本当にありがとうございました」

頭を下げて、早くここから立ち去りたい。しかし、暫くはここにいた方が良いとは自覚している。
出来れば、目の前の人に早く立ち去ってもらいたい。

「熱中症かいな? 待っとれ、今、水持って来る」

「ああ! 大丈夫です! あ、兄に連絡しますから」

「ならええんやけど…」

「……………はい」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………掛けへんの?」

ああ、やっぱり待ってるのか、連絡するのを。
内心さっさと行ってくれないかな?と思っていたのに、そうはうまくいかないようだ。
「……掛けます」と呟き、携帯を手をした。
兄の蓮二へ──ではなく、清雅に電話をすれば、今すぐ行く。と即答された。
これで大丈夫だから、さっさと行って。と彼を見上げれば「すぐ来てくれるみたいで良かったな」と笑顔を返された。
良い人なんだな……と思い、改めて礼をすれば「気にせんでええよ」と何故か頭を撫でられた。
呆然としてれば、「ああ、すまん。俺にも妹がいてな、つい」と言われたが、ついってなんだ?意味が分からない。
まだ動かない彼に、大丈夫です。と言えば空気を読んだのか「ほな、また機会があれば」とようやくここから去ってくれた。
なんとなく疲れて、前屈みでいれば「葵衣!」と声を掛けられた。
見上げれば走ってくる清雅の姿に葵衣はホッと息を吐いた。
同時に乾が言っていた事を話すチャンスだと思い、それを口にしたのだった。


◇◇◇◇◇


葵衣からの連絡でその場から抜け出し、待っている場所へと足を向けた。
ベンチに座っているのを見つけると、持って来たポカリを渡せば、ありがとうと笑みを浮かべてくれた。
「大丈夫か?」と声を掛ければ、力無く「大丈夫」と言ったが信用出来る訳もなかった。
熱中症か、日射病かと見ていると葵衣は片手を上げて「違うの」と呟いた。

「何が違うんだ?」

「…………さっきね、貞治くん──乾 貞治に会ったの」

乾、の名前にそういえば柳先輩が東京にいた時のダブルスを組んでいた相手であるのを思い出した。
そうか、知らない相手ではないのだったと思いながら彼に何かされたのかと考えていると、葵衣が口を開いた。

「──テニプリ」

「は?」

「貞治くんが言ってたの」

「はぁ!?」

なんでその言葉が出てくるのだ。こちらの世界に来てから「テニプリ」なんて言葉は聞いたことはない。
驚いている清雅に葵衣は言葉を続けた。

「あの、あの、立海のマネージャーが言ってたのを聞いたんだって!」

「───っ!」

「ねぇ、もしかして、彼女も同じなの?」

縋るように見つめてくる葵衣に清雅は彼女の手を握った。

「……………もし、そうだとしても、俺たちには関係ねぇよ」

そんなことを言いながら、どこか、ああ、そうか。と納得出来た。
俺たちと同じと言えば、同じなのかもしれない。
この世界が、マンガの世界だというのを知っているというのは。だが、彼女は違う。清雅と葵衣とは違う。
俺たちはこの世界で生まれたのを知っている。
記憶を思い出したのはまだ小さな頃だが、なんとなく覚えているのだ、生まれて間もない自分を慈しんでくれる手を、ぬくもりを、愛情を、家族を。
だからこそ、この世界に荒波をたてたくなくて、ひっそりと生きてきた。それは葵衣も同じてまある。
だが、あの女──愛原姫奈は違う。
テニス部をかき回し、テニプリのキャラとだけ親しくなろうとしている。
自分たちに偽りはあるが、彼女は異端者だ。
それを思い知り、清雅はため息を吐いた。
心配そうに見つめてくる葵衣の頭を撫で、ただ大丈夫だ。と伝えた。

あの女が何をする気かは分からないが、葵衣に何かしたら唯では済まさないと誓ったのだった。


To be Continued

act.30
2017/04/19


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