前編

テニスの王子様

「夢野 美知です、一所懸命頑張ります!」

何時ものように準備をしていたら、柳生くんが呼びに来た。何事かと部室へ向かえば、可愛い女の子がいた。
「誰?」と疑問を抱いていたら、ジャッカル君が新しいマネージャーだと教えてくれた。
そうか、先日柳くんが聞いてきたのはこの事に繋がるのか。
夢野さんは私の方を見て、びっくりしていたが、柳くんに「うちのマネージャーだ」と言われ、私は慌てて自己紹介した。

「毛利 まどかです、よろしくお願いします。…………こういう事だったのね」

「すまないな、お前に相談しなくて」

「ううん、いいよ。人手不足なのはいつもの事だし。部長にはこの事は?」

「幸村部長にはまだ言ってないっスよ!」

「え? 言ってないの?」

「あぁ、美知が来たのは一昨日だし、まだ言ってねぇよ」

切原くんと丸井くんが続けざまに言ってくるが、びっくりするしかない。

「あぁ、今日辺り、見舞いも兼ねて紹介しようと思っている。マネージャーの件については毛利が賛成してくれれば、精市も了承してくれるだろう」

「え、なんで?」

「……で、どうだろうか?」

「……さっきも言ったように部員全員を見るとなると人手不足だし、とても助かるから私はいいんじゃないかな? なにより皆さんが推薦してくるんだったら、大丈夫みたいだし」

「本当かよ! やったな、美知」

「うんっ! ありがとう、私、みんなが頑張れる様にしっかりサポートするよ」

両手を合わせ、パアっと笑顔を見せる夢野さんは本当に可愛い顔をしているな、と見ていた。
因みに部室内にいるレギュラーたちは顔を赤くしている。真田くんなんて真っ赤だ。
(良かった、少しは楽になるかな、)なんて考えながら彼女を見たら、一瞬、冷たい瞳で睨まれたがすぐに笑顔を向けられた。なんだろ、失敗したかも。
その日から夢野さんとマネ業を一緒に始めた。彼女はなかなか覚えが良くて助かる。

「基本的にドリンクは全員分作ったらカゴに入れて、各ベンチに置いておいていいから」

「え?みんなに配らないの?」

「? 一人一人に配ってたら休憩時間終わっちゃうよ? タオルも同様にカゴに入れておけばいいから。その間に洗濯したタオルを干して、備品のチェックをしたり、部室の掃除をしたり、スコアボードに」

「あ、あのっ…レギュ、部員との交流は?」

「……マネージャーだし、そんなに交流はしないよ。あ、でも怪我してる人とかいたら手当てしたりして、多少会話はするかな」

忙しくて部員と話してなんていられないよ、なんて言うと彼女はびっくりしている。なんとなく予想はついてしまった。

「そういえば、夢野さんはどこから引っ越して来たの?」

話題を変えようと思い、聞いてみた。

「え、ああ、千葉の六角中から……知ってる?」

「六角中って……あぁ、佐伯くんがいる所だよね?」

「虎次郎を知ってるの?」

「大会とかで会ったことあるから、と言っても知り合いって訳じゃないの。柳くんに教えてもらった程度だよ」

話ながらドリンクを用意していく。
一応、レギュラーはカゴの色が違くて、先にそっちを埋めた。

「そうなんだ。私、六角テニス部でマネージャーしてたんだ」

「え、マネージャーしてたの? じゃあ、わざわざ教える事なかったかな?」

通りで物覚えがいい筈だ。マネージャーをしていたなら、基本的なことは出来る筈だし。

「ううん、やっぱり学校違うとその学校特有の事があるから、教えてもらえると助かるよ」

「そう? ならいいんだけど」

「うん。あ、これ、タオル? 先に持ってくね」

朝、畳んでカゴに入れておいたタオルを彼女はにっこり笑って持って行ってしまった。……他にもあるんだけど、タオル。
彼女が持っていったのは「レギュラー用」と書かれていたカゴだけだ。

「……すぐに戻ってくる、よね…?」

戻ってきたら、他の部員の分も持っていってもらおう。そう思いながらドリンクを用意していく。
ガコンっと最後のドリンクをカゴに入れたが、まだ彼女は戻って来ない。
「はぁ、」と溜め息が溢れた。
いつも使う台車にまずはドリンクを乗せた。その上にレギュラー以外のタオルのカゴも。
水道場からコートへ移動すると、やはりと言うか、案の定、夢野さんはレギュラーたちの所にいた。
まだ休憩ではないのだか、どうやら丸井くんや切原くんたちと話している様だ。
自然と吐く溜め息と共に、先に他のコートで練習している部員の元へと行った。
1年は素振り、2、3年はコート内で練習。ベンチに1年、2年、3年と書かれたカゴを置いた。
見かねたのか、同級生の一人が手伝ってくれた。

「ありがとう、助かったよ」

「相変わらず大変そうだな。ってか、もう一人のマネージャーは?」

入ったろ?と言ったものの、辺りを見渡してすぐに解ったようだ。
苦笑いをしながら「あっちな訳ね」と肩を竦める。

「ドリンクとタオル置いておくね。休憩終わったら回収するから、いつも通りよろしく」

「あぁ、いつもサンキューな」

「マネージャーですから」

肩を竦めてから、まだ台車にあるドリンクカゴを別のコートへと運ぶ。
姿が見える所で彼女を呼ぶことにした。

「夢野さーん。そろそろ戻ってもらえるー?」

コートに響いたせいか、レギュラーも他の部員もこちらを向いた。
その中で、彼女は口に手をあて、「あっ」と声をあげた。
カゴを持って近づけば、彼女は慌ててこちらに走ってきた。
丸井くんが「サボってんなよぃ」とか言うと、「違うもん!」と頬を膨らませていたが、私からすればサボっていた様にしか見えない。

「ごめんねー、毛利さん! 後は私がやるよ!」

先程と同じように「レギュラー用」のカゴを持つと、トンボ帰りの様に戻っていった。

「みんなー、ドリンクだよー!」

なんて言って、わざわざ一人ずつ配っている。というか、まだ休憩じゃないよね?
それに、私、ベンチに置いておけばいいって言ったよね?
やれやれという気持ちでまた溜め息が出た。
言っておいたし、レギュラーだっていつも通りにするだろうから、回収は休憩が終わってからだ。
とりあえず、備品のチェックをしよう。彼女も六角でマネージャーをしていたのだから、基本的な仕事は分かるだろうし。
部室に戻り、救急箱の中身のチェックと、ドリンクの粉、テーピングなどの在庫を見直した。

「テーピング、減ったみたいだし、リストに加えておこう」

後で柳くんに相談しよう。そうしている内に「休憩、終了!」とよく通る真田くんの声が部室まで聞こえた。
一体、いつの間に休憩に入っていたのか気づかなかった。
さっきの事をメモし、柳くんに渡しておこうとコートへと戻ることにした。

「柳くん!」

「毛利か、どうした?」

「さっき備品見てきたんだけど、テーピングとコールドスプレーが少なくなったみたい」

「あぁ、それなら明日注文しておこう」

「本当? 良かった。あ、タオルとボトル、回収するね」

「あぁ、頼む。……夢野」

「なぁに? 蓮二くん」

ずっとコートにいたのか、夢野さんは柳くんに呼ばれて、嬉しそうに振り向いた。
ただ、一瞬私と目が合ったと思えば、冷たい瞳で一瞥してだけで柳くんを見ている。

「マネージャーなんだ、毛利を手伝ってやれ」

良く言った、柳くん!
彼女は一瞬戸惑ったかのように、私の方を見た。

「ごめんね、毛利さん。毛利さんの姿見えなくてぇ、どうしたらいいのか分からなかったんだ〜」

両手を合わせてくる姿に、悪びれてないなぁと実感しながら、「ううん、こちらこそごめんね」といっておいた。
台車にボトルのカゴとタオルのカゴを乗せていく。

「台車なんてあったんだね」

「さすがに全員分運ぶのは大変だからね。タオルは先に洗濯するから、ボトルは水道の所に持っていって貰えるかな?」

「うん。洗っておけばいいんだよね」

「お願いね。あ、あとあっちのカゴも回収するから」

レギュラー以外の部員が練習しているコートへ向かう。
タオルのカゴは3つ重ねてしまえば、カゴは4つになるが、ボトルは空だし、持てなくはない。

「重そうだね、私に持てるかなぁ〜」

「大丈夫だよ、これくらい」

「わぁ、毛利さんて力持ちなんだねー」

クスッと笑う姿に若干イラッとしたのは仕方ない。

「あ、あのっ! 僕たち、運びますよ?」
1年生が気を遣ったのか、声をかけてきた。しかし、マネージャーとして断ろうとした時「ありがとう、お願いね」なんて言う彼女に呆気に取られた。

「だ、だめだよ! 練習中の彼らの邪魔しちゃ!」

「えー、だって、運んでくれるって言うんだし、いいんじゃない?」

「…………」

呆然としている間に、1年生がカゴを運んでいた。

「毛利先輩、これくらい大丈夫ですから」

「ありがとう、1年生くん。毛利さん、運んでいいよね」

「え、あ、……うん」

ガラガラと台車を押していく彼女の後ろ姿を見て、呆れるしかなかった。
見ていただろう2、3年生たちも唖然としていた。

「マネージャー、頑張れよ…」

同級生の励ましがなんだか虚しかった。
本当にマネージャーをやらせていいんだろうか?





2015/01/11


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