中編
彼女がマネージャーになって早2週間。
何度か注意らしき事は言ってみたりはしたが「分かってるよぉ」と言うだけで理解してもらえてはいない。
はぁ、とため息を吐いて、私は今日も全員のドリンクを作っていた。
彼女は、始めのうちは作っていたが、次第に呼ばれたから、といってはコートへと居着いているようになった。
しかも、作っておいたレギュラー用のドリンクを先に持っていくようになった。タオルも然り。
なんというか、彼女は人のやった事をさも自分がやりました、というように振舞い始めている。
昨日、私は真田くんから注意を受けてしまった。
「夢野ばかりに仕事をさせるとはたるんどる!」
言われた瞬間、彼が何を言っているのか、分からなくなった。
私は意味もなく「ご、ごめんなさい」と言ってしまい、あれじゃあ、認めたことになる!とテニス部の同級生や友人が教えてくれた。
でも、流石に1年生の頃から付き合いがあるのだから、大丈夫だろうと楽観視していたのかもしれない。
いくらなんでも、彼らは信じてくれる、分かっているだろう、と。
はぁ…とため息が出るのもやたらと増えた。
前からしていたとはいえ、ドリンクに洗濯、掃除に備品のチェック、柳くんがいるから部誌や記録は任せているが……。
夢野さんが仕事をしてくれていたのは1週間ちょっと。
後は私が用意したドリンクとタオルを持っていくだけになった。
はぁ…、ため息がまた溢れた。
「まどかちゃん」
「ゆ、夢野さん…?!」
ニコニコと笑みを浮かべながら彼女が近寄ってきた。
どうしたんだろう、いつもならレギュラーのコートにいるはずなのに。
「あれ? なんか、おどかしちゃった? ごめんね」
胸元で両手を合わせて、でも全然謝罪しているとは思えない口調で話してくる彼女になんとなく嫌な感じがした。
彼女はドリンクの袋をひとつ持ち、口を開いた。
「ねぇ、まどかちゃん。私ね、レギュラーのみんなが大好きなんだぁ〜」
「へ、へぇ、……そうなんだ…」
分かりきった事を話す彼女に頑張って笑顔を向けた。
「でもね〜、マネージャーしてても〜、みんなが、まどかちゃんの事を信用してるみたいなんだよね〜」
「………え?」
思いがけない言葉に驚いてしまった。
信用されてる?本当に?
なんだが、嬉しい……。
そう思った瞬間、夢野さんが呟いた。
「だから、すげぇ、ムカつくから、嫌われてよ」
さっきまでの声音とは違う、低い声音に顔を上げれば、彼女は悲鳴をあげていた。
「きゃあああぁぁ!」
「え、ちょっと!?」
何を!?と思った時には、彼女は持っていたドリンクの袋をぶちまけ、作ってあったドリンクを被り、他のものも地面にぶちまけた。
訳が分からない、意味が分からない、と見つめていると複数の足音がこちらに向かってきていた。
「どうしたんだよぃ!」
「美知先輩の声っスよね、何が……美知先輩っ?!」
「────何があった?」
走ってきたレギュラーたちが水道場までやってきた。
惨状をみて、ジッとこちらを見ているのが分かる。
「ひ、ひどい……よ、……まどかちゃん……」
手を目元に当て、泣いているふりをする彼女に、嵌められたと理解した。
「びしょ濡れじゃねーか! おい、ジャッカル、タオル持って来いよ!」
「大丈夫っスか、美知先輩!」
「どういう事だ、毛利!」
「ち、違うの……まどかちゃんは、悪くないの…。わ、私、私が、最近、みんなと仲良くしてるから…まどかちゃん、怒っちゃって……」
「だからと言ってドリンクを掛けるなんて」
「なっ、私じゃないわ!夢野さんが勝手にっ!」
「ウソッ! まどかちゃん言ってたじゃない! レギュラーは私のモノだって、近づくな!って……マネ、辞めろって……グスッ…」
ぐすぐすと泣き真似をする彼女のいい様に、レギュラーの視線が冷たいモノになる。
「毛利、貴様、そんなことを」
「アンタこそ、マネージャー辞めたらいんじゃないスか?」
「最近は美知ばっか、働いてたみてぇだし?」
「辞めた方がいいかもしれませんね」
「そんな、辞めるなら、私だよ。まどかちゃんの気持ちを考えない私が悪いんだよ」
「貴女が辞める事なんてないですよ」
「でも……」
そうだ、辞めんな!と慰める丸井くんと切原くん。
こちらを睨みつけてくる真田くんと柳生くん
仁王くんはよく分からないし、柳くんも微妙だ。
ジャッカルくんは丸井くんに言われて部室にタオルを取りに行っている。
ジロリと見てくるレギュラーたち。
私はため息を吐くしかなかった。
……なんだろう、この茶番劇は…。
「毛利。貴様の事は1年の頃から同じ志を持つ者だと信じていたが、夢野を貶めるとは赦せんっ!」
「マネージャー、アンタが辞めればいいっスよ。いてもいなくても同じなんスから」
「まて、弦一郎、赤也。ここは精「マネージャー、辞めます」」
「「「「は?」」」」
「え?」
「辞めない」とでも言うと思ったのだろうか。
私の発言にレギュラーたちは眼を見開いた。
普段、瞑っているかのように見える柳くんまで。綺麗な切れ長な眸なんだな、と思ってしまった。
夢野さんに関しては本気で「え?」という感じだ。なんなの?追い出したいんでしょ?
「元々入りたくて入った訳じゃないですし、1年の時の部長に頼まれたからだし、もういる意味はないですから。それに前から辞めたいって幸村くんには話していたので、辞めます。退部届は顧問の方に出しておきます。長い間、お世話になりました。全国三連覇、頑張って下さい」
ペコリと頭を下げると、焦った様に夢野さんが声を上げた。
「そ、そんな!辞めるだなんて無責任だよ!」
彼女にしてみれば仕事が増えるのが嫌なんだろう。だが、もういい。辞めたかったのは事実。
何度も幸村くんに頼んだのに了承してもらえなかったのだ。
「いいえ、これ以上私がいても不快になるようだし、良い機会なので辞めます」
「ちょっと待て、そんな勝手な事、許されると思っているのか」
珍しく焦っているような柳くんがいた。どうしたんだろうか?
「……退部届は顧問印と部長印が必要だけど、幸村くんは入院中だし、今は顧問印だけでもいいはずだよね?」
真田くんに訊けば「ああ」と答えた。
幸村くんが入院している間にも退部した人もいる。本来なら必要な印も顧問印だけでよくなっていた。
それは柳くんもよく知っている。
私は水道場から部室へと向かった。
動き出した私に、夢野さんは身体を震わせ、レギュラーの大半は彼女を守ろうとしていた。
部室へ向かう最中、心配そうに見てくる部員たちが目に入る。なんだか申し訳ない。
ギャーギャーと後ろが煩いが無視だ。
部室に入り、自分の荷物を纏めた。といっても鞄以外何も置いてはいない。外へ出ると、レギュラーがいた。
さっきまでと違い、なんだか困惑しているが、望んだのはそちらだ。
「今日のドリンクはレギュラー以外のは出来てますので。タオルもカゴに入ってますから。ああ、柳くん」
「なんだ…」
「不足している物です。では、今までお世話になりました。失礼します」
再度、頭を下げた。
他の部員たちには本当に申し訳ないが、ありがとうな、と同級生たちが言い出すと、2年、1年と頭を下げてくれた。
頭を下げてもらうのは心苦しくて堪らないが、苦笑いするしかなかった。
ずっと前から鞄に忍ばせておいた退部届を持って、いるかいないか七不思議のひとつになりそうな顧問の所へ向かった。
(……幸村くんは何て言うだろうか?)
今は入院している部長を思いながら。
中編
2015/01/14
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