後編
男子テニス部のマネージャーを辞めてから早半月。
友人たちには「勿体ない」だのなんだの言われているが、私はそんなことは気にしてなんていなかった。
辞める際に、顧問からは本当に辞めるのか?と言われたが「もうお兄ちゃんいませんでしたし」と言えば、済まなかったな。と謝られてしまった。
此方からすれば「お兄ちゃんがすみません」と言うしかない。
それでも「残念だな」と名残惜し気に言われ、多少なりと部に貢献出来ていたのかと思うと、苦笑せずにいられない。
むしろ今後のテニス部が大丈夫かな、と心配せずにはいられない。
マネージャーを辞めて、さて、どうしようかと悩んでいた。引退はもう目の前まできているので今更違う部に入部しようにも意味がない気がする。
勉強に励もうか、なんて考えていると同じクラスの櫻井くんに声を掛けられた。
「毛利ってテニス部のマネージャーしてたんだよな? もし良かったらさ、夏休みまでうちの部のマネージャーやってくれね?」
両手を合わせてくる彼に、彼は何部だったかと聞けばバレーボール部だという。
立海は何もテニス部ばかりが有名ではない。文武両道を掲げ、スポーツに力を入れているのだから、他の部も大体は全国常連だ。
バレーは授業で習ったくらいしか知識がないよ、と言えばそれでも構わない!マネージャーが欲しいんだ!と懇願された。
そこまで頼まれて断るのも悪い気がして、マネージャーを引き受けた。
途端、サッカー部や野球部、バスケ部などから「うちも言えば良かったー!」と嘆かれた。
櫻井くん曰く、私のマネージャーっぷりに前から感心していてくれていたらしい。
という訳で、私は6月半ばにしてバレー部マネージャーになっている。
授業でルールは分かってはいたし、スコアの書き方を教えて貰ったくらいで後はドリンク、タオルは仕事として変わらない。
ネットの片付けは重いから、と一年生たちがやってくれている。どこの部もネットの片付けは一年生なんだな、としみじみ思った。
バレー部マネージャーもなかなか楽しくやらせてもらっている。
誘ってくれた櫻井くんは副部長だったが、部長もしっかりしているし、ここはこうした方が効率がいいと教えてくれる。失敗は失敗で怒られるが、次回は気を付けようとも言ってるのを見て、凄いな、と感心した。
そういえば、幸村くんはどうなったのだろうか、とふと気になった。
あんなに「部活辞めるなんて言わないよね?」と圧力をかけてきていたけど、入院中に辞めてしまって怒ってはいないだろうか……いや、彼の事だからちょっとは怖いけど大丈夫だろう。
現に真田くんも柳くんも何も言ってこないし。
うん、と頷いていると「マネージャー!」と部長から呼ばれてしまった。「はーい!」と返事をして急いで向かったのだった。
◇◇◇◇◇
夏休みに入る直前、バレー部も関東大会を無事に優勝し、全国への切符を手に入れてホッとしていると、友人から信じられない話を聞かされた。
「まどか!テニス部、準優勝だってよ!」
その一言に驚愕したのは言うまでもない。
あの、テニス部が関東大会準優勝?
話を聞いてみれば、東京の青春学園に負けたらしい。しかも真田くんが一年生に負けたとか。
ええ?!と声が大きくなったのは仕方ない。
テニス部に関わらないようにしていたから、彼らがどうなっていたかはよく知らない。
だけど、練習を見に行っていた子たちの話では、レギュラーたちはいつも夢野さんと話をしていたりと真面目に練習をしていなかったらしい。
友人曰く、なんだか夢野さんの取り合いしているみたいで、応援する気持ちがバカバカしくなった、まで言っていた。
テニス部も終わりだね。なんて話を聞かされ、呆れてテニス部を辞めた身としてはなんとも言えなかった。
それでも全国大会に出る事は決まっていて、真田くんが王者奪還宣言をしたらしく、最近は真面目に練習をしているらしい。
夢野さんは相変わらず、ドリンクやタオルを手渡しているとテニス部の同級生に聞いて、苦笑いしか出なかったが。
後、幸村くんの手術は成功し、回復に向かっているらしい。そういえばあまり見舞いにも行かずに終わったな、と考えていた。
夏休みまでといわれたが、全国大会があるならばと部活を続けている。
体育館での部活は炎天下の中よりはマシかなと思っていたが、体育館自体がまるでサウナのように熱気が籠り、熱中症を起こしそうになる。
工夫したドリンクを渡すと、バレー部のみんなは涙ぐみながら「マネージャー最高」と言ってくれて、恥ずかしかったのは最近のことだ。
大会まで後少しという時に、ざわざわと外が騒がしかった。
今日は部活が休みでもあって、昇降口へと向かっていると誰かが「おい、今、ウチのテニスコートに氷帝学園が乗り込んで来てるらしいぜ!」と騒いでいた。
氷帝って、あ「跡部か」誰かが呟いた声に振り返ってみるとそこには幸村くんの姿があった。
「あ、」と声が出れば、彼はこちらを振り向き目を見開いた。
「毛利……」
「幸村くん…」
何を言ったらいいのか、分からなくて戸惑っていると、ぐいっと腕を掴まれた。
「行くよ」
「え? ゆ、幸村くん?!」
ぐいぐいと歩き出す彼に相変わらず力が強いと思った。それと周りのナースも若干気になるが。
部室まで連れてこられ、「着替える間に逃げないでね」と言われてしまう。
テニスコートからは「立海!立海!」とコールが聞こえる。なんだか懐かしいな、と思いながらテニスコートの方を見ていると「待たせたね」と肩に手を置かれた。
「さぁ行こうか」と手を掴まれた。離してといったが聞き入れて貰えずテニスコートまで来た時、コート内には真田くんと、やはり跡部くんがいた。
だが、真田くんが跡部くんからのボールに反応出来ず、跡部くんは「完成だ!」と高笑いをしていた。
幸村くんはコートに入り、「そこまでだ」と試合を止めた。
跡部くんが走って去っていくのを見つめていると、同級生や後輩から声を掛けられた。
「毛利、久しぶりだな」「毛利先輩!」
意外にも友好的な彼らに「久しぶりだね、頑張ってる?」と聞いていると「毛利、ちょっと来て」と声が響いた。
見れば、幸村くんに真田くん、他のレギュラーと夢野さんがいる。
なんだか怖くて、躊躇していると幸村くんがため息を吐いてこちらに近寄ってきた。
周りの助けを求めようとしたが、みんな「頑張れ」という視線を向けてくるだけだ。
ガシッと腕を掴まれた、またずるずると連れて行かれる。
幸村くんはレギュラー以外の部員に「みんなはそのまま練習を続けてくれ」と告げて、私とレギュラーたちを伴いまた部室へと戻った。
「さて、聞きたい事があるんだけど……まずは毛利の話を聞こうか」
「え?」
意味が分からず、レギュラー陣を見るが何故かみんな下を向いている。いや、真田くんと柳くんはこちらを見ているが、両者の顔は全く別だ。
夢野さんは外で待機させられているのも気になるが。
「毛利、どうして部活を辞めたの? 俺は許可してないよね?」
「え、っと……」
チラリと真田くんたちを見れば、柳くんは困った顔をし、真田くんはさっきまでの勝ち誇った顔とは全く違う青い顔をしている。
そこに切原くんが声を上げた。
「その人が、美知先輩をイジメたから辞めてもらったんスよ!部長!」
「そ、そうだぜぃ!美知にドリンク掛けたりしたんだ!」
「それは聞いた。だから毛利の口から聞こうと思っているんだ、お前たちは口出しするな」
切原くんに続き丸井くんもあの時の事を話すが、幸村くんは聞いていたらしく、彼らに凄んだ。
おずおずと下を向く彼らに、幸村くんは相変わらずなんだと実感する。
「それで、どうなんだい? 俺はその場にいなかったから真意は分からない。本当に毛利は、あのマネージャーにドリンクをかけたの?」
「……私はマネージャーという仕事はきちんとしてるつもりだった。だからドリンクは大切な部員の水分補給のモノだからそれを粗末にするような事はしないよ」
「つまり、」
「そんなことしていないよ」
きっぱりと告げると同時にバタン!と大きな音を立てて扉が開いた。
「ウソ!ウソだからね、精市くん! まどかちゃん、私にドリンク掛けたんだよ!」
「キミは外で待ってるように言ったはずだけど?」
「だ、だって……まどかちゃん、言ったんだよ? レギュラーは私のだから邪魔だって…マネージャー辞めろ!って……」
またそれか、とため息を吐いた。
それをみた幸村くんが聞いてきた。
「毛利、本当なの?」
「私はそんな事言ってない」
「だそうだよ? 仮に毛利がそれを言ったとして証拠は何一つないよ?」
「わ、私が嘘ついてるっていうの?!」
「それは分からないけど……もし毛利がレギュラーを自分のモノだと言っているならば、何故マネージャーを辞めたんだい? 可笑しいだろ?」
自分のモノだと思うならば、意地でもマネージャーを辞める筈がない。
それに、と幸村は言葉を続けた。
「毛利はキミが来る前からマネージャーを辞めたいと何度か俺に言ってきていたんだよ」
辞めたいと思っている人間がレギュラーを自分のモノなんて思うかい?と幸村くんはレギュラーたちを一瞥した。
その話は幸村くんにしか話していなかった為、真田くんや柳くんも驚いていた。
他のレギュラーたちも不思議そうに首を傾げている。
「まぁ、俺としては毛利に自分のモノって言われるのは構わないけどね」
「……ご冗談を」
1年の時から何度か幸村くんには告げられていた。
「付き合って欲しい」と。
残念ながら恋愛感情などないのでその都度断らせてもらってはいるが、彼もなかなかしつこかった。
ただ病気を盾に付き合えとかはなかったのは、それは幸村くんらしいと思う。
「え、」
誰かの声が洩れた。
見れば、レギュラーたちが凝視している。中でも切原くんが指を差してくる。
「ももももしかして、幸村部長は、この人のこと……」
「あぁ、ずっと好きだよ。それこそ1年の時からね」
はっきり言う幸村くんにゲンナリしていると、切原くんが「付き合わないんスか?」と聞いてきたから「興味ないの」と告げた。
顔を引きつらすレギュラーに夢野さん。彼女は真っ青だ。
「そういう事だよ。だから彼女がレギュラーがどうこうでイジメなんてする訳がないんだ」
酷く冷めた視線を夢野さんにぶつけると、彼女は真っ青な顔のままガクガクと震えている。
「ねぇ、夢野さん。本当に、毛利がキミをイジメたの?」
再度問うてくる神の子の声に夢野さんは助けを求めるように周りを見渡した。
だが、疑心なのかレギュラーたちも窺うように彼女を見ている。
途端、ぷつんと糸が切れたように彼女は泣きわめいた。
驚くレギュラーに、呆気になる幸村くん、唖然とする私がいた。
「この、この女が悪いのよっ! み、みんなに信頼されて、て……ムカつくのよっ!」
その言葉に何が真実かが明らかになった。
泣きじゃくる夢野さんをジャッカルくんたちが連れていく。保健室あたりにでも行くのだろう。
ただ、部室にはまだ真田くん、柳くん、柳生くん、仁王くんが残っていた。
「……えーと、私、帰っても、いいかな?」
静かになった部室でそう告げれば、ダンッ!と音がして見れば真田くんが土下座をしていた。
「す、すまなかった、毛利! お、お前がそんな事をするような輩ではないと思ってはいたのだが、あの時は頭に血が上っていたようで」
「私も申し訳ありません。貴方とは同じ月日を共に部活に励んでいたというのに、疑ってしまうとは」
「おまんがそんな女じゃないとは知っとったはずじゃったのに…………スマン」
「俺もだ。毛利はきちんと仕事をしていた、すまない」
「…………はぁ……」
次々に頭を下げられ、どうしたもんかと困惑する。
正直、あの時は怒りというよりは呆れの方が強かった。後々に思い出しても、若干腹が立つものの、呆れの方が優るのだ。
「誤解も解けたようだし、毛利、テニス部に戻ってきてくれないかな?」
幸村くんがにこやかに笑っているようで笑っていない笑みを浮かべている。
いやいやいや、それ怖いから。
「……お断りします。私、今はバレー部のマネージャーですから」
「…………」
「別にテニス部が嫌って訳じゃないです。でもテニス部には戻りません。幸村くん、ありがとう」
「毛利……」
何度か見たことがある、眉を下げる幸村くんはいつもお断りしている時と同じ顔だ。
気持ちはありがたいが、私にはなんとなく無理だ。
「じゃあ、全国三連覇、頑張ってください。応援しています」
頭を下げて、もう二度と入る事はないだろう部室を後にした。
バッグの中から振動が伝わる。メールか着信か分からないがバッグを漁ってスマホを手にした。
見覚えがある名前を見て、私は笑みを浮かべてスマホをタップしたのだった。
終
後編
2015/03/22
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