第4話

テニスの王子様

覚悟を決めるしかない


頻りに「大丈夫?」と聞いてくる左助くんに「う、うん。ごめんね」と謝り、きちんと身支度をする。
浴衣を着る機会はあまりないが、祖母に教えられていたし、簡単な物であるから着ることは出来た。
大声を上げたせいか、あの後志保さんと香織さんがバタバタとやってきて、左助くんが「オジサンが覗いた」といったら連れて行かれたようだ。
だが、そんなことより本当にここは『テニスの王子様』の世界なんだろうか?
“たまたま”神奈川で、“たまたま”真田さんと言う家で、“たまたま”ゲンイチローという人がいるのかもしれない。
原作で彼に甥っ子がいるなんて書かれてはいなかったし、きっとそうに違いない。“たまたま”が重なっているだけだ。

『この世には偶然はない、あるのは必然』

不意に何かの本で読んだ言葉が過る。
違う、偶然だ。偶然。
だってそれならば運命は変わってしまう。
ちょっとしたことで運命は変わるという。それは石ころを蹴った方向が違うだけで、とかいう。

──ぞわり

悪寒が走る。
スリと両腕を擦り合わせると「お姉ちゃん?」と左助くんが訊いてきた。

「うん、大丈夫だよ。浴衣おかしくないかな?」

「平気。似合ってるよ」

「そっか。ありがとう」

にぱっと笑う左助くんが可愛くて、手を繋いで居間へと向かった。
そこで繰り広げられていたのは、なんともびっくりする光景だった。

「あー、オジサンが正座させられてるー」

「さ、左助くん、オジサンでは…」

「だって叔父さんじゃん。ゲンイチロー」

「このっ…「弦一郎! 誰が立っていいと言いました!」…も、申し訳ございません。母さん」

「いいですか、先に優花ちゃんの事を言わなかった私たちも悪かったですが、いきなりドアを開けるなんていけません!」

「は、はい」

「そうだぞ、弦一郎。いくら手を洗いたかったとはいってもだな、そんなお風呂でばったりなんて、羨ま「総一郎さんは黙ってなさい」すみません、お母さん。香織もつねらないでくれ」

わぁわぁとしていて、びっくりするしかなかった。
正座させられてる人を見て、うなだれている『ゲンイチロー』さんはあの『皇帝』と呼ばれている人とはなんだか結びつかない感じがした。
しかし顔を上げ、目があった。
その顔は紙面で見た顔とほぼ同じである。
その時、ガバッと彼は土下座をした。

「先程はすまなかった! 知らぬとはいえ女子の肌を見てしまうとは、真田 弦一郎、一生の不覚」

あまりの事に目が点になるとはこういうことかもしれない。
勢い良すぎて、彼はダンッと畳に額をぶつけている。

「あ、あの……わ、わざとではないのですから、気になさらないで下さい…」

「し、しかし…」

「こ、こちらこそ図々しくも先にお風呂を頂いてしまいましたし、その……お見苦しいモノを見せてしまって……すみません」

友ちゃんみたいにスタイルがいいわけではないので、なんだか変なモノが目に入って潰れていないか心配だ。

「そ、そんなことは……。あ、その、自己紹介が遅れた。俺は真田 弦一郎と言う。立海大附属中学三年だ」

 サナダ ゲンイチロウ
 リッカイダイフゾクチュウガク

彼が発した言葉が頭から離れない。
やはり、ここは『テニスの王子様』の世界──?

「わ、私は…和野 優花です。今日からこちらにお世話になります。よ、よろしくお願い、します…」

呆然としながら名前を告げた。

「優花ちゃん? 顔が真っ青よ、湯冷めでもした?」

「い、いえ……大丈夫、で…」

す。と言おうとして、腕を引っ張られたと思ったら浮遊感。
え?と思った時には彼の──真田 弦一郎の顔があった。

「部屋まで運ぼう。この者の部屋は?」

「弦一郎の部屋の向かいよ。香織ちゃん、とりあえず湯タンポの準備をしておいて」

「はい、お義母さま。左助、優花ちゃんの荷物持ってちょうだい」

「はーい」

下ろして下さいと言おうにも皆さんがテキパキと動き、言いだせなかった。
目の前にある顔を見て、やはり『真田 弦一郎』だと思う。黒帽子は被ってはいないが(家の中だし)、スッと通る鼻筋は漫画の中でも目を引いていた。

「…………」

「…………」

「…………」

「……な、何か、俺の顔についているか?」

「へ?」

「あ、あまりジッと見られるのは……悪いが、慣れておらん」

「す、すみません! ごめんなさい」

ジッと見ていたことが無自覚だったのに気付いて、恥ずかしくなった。
そうだ、これは平面の真田ではなくて、実物の真田 弦一郎なんだ。
それを実感して、私は覚悟を決めなくてはならなかった。
これからどうするべきなのか──。



To be Continued


2012/01/20


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