第5話

テニスの王子様

あれから数日後、やはりここが『テニスの王子様』の世界だということを知った。
皆さんが仕事と学校に行っている間に、志保さんたちに聞いたり、調べたりした。
私が住んでいた地域はなくなっており、住所も存在しない。
持っていたカバンから生徒手帳で学校も調べるがやはりない。
代わりに私の世界には存在することはない、駅名や地域。学校名を見つけた。
それは青春学園、氷帝学園、聖ルドルフ、山吹、不動峰、もちろん立海もそのひとつだ。

真田くん…とは、顔を合わせる機会はあまりない。というか彼は朝練の為に早く家を出て、帰りは7時を過ぎていたりする。
夕食の時くらいしか顔を合わせないのだ。
だからどんな風に接していいのか、分からない。そもそも接していいのかすらも。
ただ顔を合わせると「慣れたか?」と聞いてくる。多分いつまで此処にいるのかさえも分からない私に気を遣っているのだろう。
優花は客間にて寝起きしている。
畳の匂いがする部屋でゴロンと転がっていた。
お手伝いなどをして過ごしているが、料理と掃除くらいしかないのだ。
優花は壁に掛けられているカレンダーを眺めた。
7月、テニスの関東大会はまだ始まっていない。
原作では部長の幸村は入院しているはずだ。そのために真田、くんは不敗の誓いを立てて彼の帰還を待っている。
漫画で読んだ時、そんな彼を凄いと思えた。

(漫画を読んだ時は、中学生?と思ったけど…)

それは手塚を見た時も思ったが、彼はそれ以上のインパクトがあった。
しかし実際に実物を目の当たりすると、格好いいのだ、凛々しくて。
元々憧れていた、だからこそすごくドキドキしたのだ。

「……ちゃん、優花ちゃーん、いる?」

「は、はいっ!」

名前を呼ばれ、慌てて身体を起こし返事をした。
スッと襖か引かれ、そこには志保さんの姿があった。

「返事がないから寝ていたかと思ったわ」

「す、すみません。気がつかなくて…」

「あらあら、気にしないで。責めている訳じゃないから」

「は、はぁ…」

フフッと笑う志保さんを見つめていると、そうだったわ。と両手を合わせた。

「優花ちゃんに頼みたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「は、はい。私に出来ることなら…」

「申し訳ないのだけど、これを弦一郎に届けてもらえないかしら?」

差し出されたのは黒い包み。大きさからしてお弁当(大きい)だろうか。

「弦一郎ったら間違って、朝お兄ちゃんが出した空のお弁当を持っていったみたいなの」

「空の…?」

「ええ。お兄ちゃん、夜勤明けで今朝帰ったきた時に持っていったお弁当を出したみたいなんだけど、同じテーブルにあったせいか、弦一郎が持っていったみたいなの」

「…………重さで、」

気付かなかったのだろうか、と思えば志保さんも苦笑いしながら「何か考え事でもしていたのかもね」と頬に手を当てている。

「本当なら私が届けるのだけど、用事があって……お兄ちゃんは夜勤明けで寝てるし、お祖父様も左助と出掛けていて……香織さんも仕事だし」

「私で良ければ……ただ学校の場所が……」

「それなら地図を書くわ。ごめんなさいね、優花ちゃん」

「いえ、これくらいは大丈夫です」

「一応、弦一郎には連絡入れておくわ。練習中は気付かないかもしれないけど、よろしくね」

「は、はい」

志保さんから電車代とお弁当を預かり、私は立海へと行くことになった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


少しだけ見てみたかった。
本当は会うことなんて叶うことはない彼らに。彼らのテニスを見てみたかった。

(……でもアレをテニスだと思っていいのかな…?)

優花は自分が読んだところまでの話を思い出す。
主人公であるリョーマが繰り出す技も凄いが、真田の『風林火山』、丸井の『綱渡り』『鉄柱当て』、他にも仁王と柳生の入れ替わりとか。
そんなことを考えてながら、地図を片手に優花は『立海大附属中学校』と掲げた門の前に立った。

「勝手に入っても、いいのかな…?」

少し戸惑いながらも優花は施設内へと足を入れた。
志保から貰った地図にはテニスコートへの道順も記されている。
足を向けるとフェンスに囲まれたテニスコートが目に入る。
パァンっ!パァンっ!とボールの打球音と共に目の前に繰り広げられる光景に圧倒する。

(これが、この世界のテニス……)

自分の世界でテニスを見たことがない訳ではない。
しかし見たと言ってもテレビの画面の中だけで、あまりきちんと見たこともない。
だからこそ漫画を見た時、こんなテニスがあるのだろうかと驚いた。

「──ねぇ、アンタこんなトコで何してる訳?」

背後から声を掛けられ、優花はビクッと肩を揺らした。
振り返ればそこには、まるで海藻みたいな髪の男が立っている。
──切原赤也だ。
そう思った時には彼の視線が優花の手元に動く。

「あ、あの、練習中に申し訳ありませんが「誰かに渡すンスか、それ」」

ちょい、とお弁当箱を指で差され、優花は「は、はい」と頷いた。
すると彼はため息を吐き出した。

「あ、あの…」

「いーかげんにしてもらえないかねぇ、そういうことすんの」

「え、」

「ファンだかなんだか知んないけどさ、迷惑だから、そういうの」

「……そ、そんなんじゃなくて、これはっ」

勘違いしていると思って、否定をするとギロリと睨まれた。
スっとラケットがお弁当に向けられる。
え、と思った時には、それはスローモーションの様にゆっくりと振り下ろされた。

──ドサッ

お弁当が地面に落ちた。包みがあったから地面に中身が飛び散らなかったが、蓋は外れたらしく包みにジワリと染みが出来ていく。

「さっさと帰ってもらえませんかね」

急いで拾おうとしてしゃがみ込んだ優花の前に足が見える。
冷たい視線がこちらに注がれていた。

「……っ、」

「赤也、何をしている」

背後から聞き慣れた声がした。

「あ、副部長。なんか部外者がいたんス」

「そうか。おいっ、今は練習中だ、帰っ……和野…?」

名前を呼ばれ、肩を震わせてしまった。
知られたくなかった、こんな情けないことになった姿を。まともにお使いも出来ないなんて。

「なんで、ここに……?」

「副部長、知り合いなんスか?」

「あ、……あの…」

膝元にある包みをぐっと握った。
渡さなければならないのに、渡せない。でもこれがなくては彼は昼抜きになってしまう。だけど……。

「ご、ごめんなさい! これ、頼まれたのですが、落としてしまって……ごめんなさい!」

落としたのは切原くんだが、悪いのは私だ。誤解をさせてしまって、申し訳ない。
謝る優花の姿に赤也は2人を交互に見た。そして重大さに気付く。
彼女が「落とした」といった包みは、正確には赤也が「落とした」のだから。

「これは、俺の弁当?……だが弁当は…」

「な、何かの間違いで空のを持っていったからと、志保さんが…」

「………………。そ、そうか、すまなかった」

「いえ、じゃ、じゃあ」

「まぁ、待て」

弁当を手渡すと優花は傍らにいた赤也に頭を下げて行こうとした。それを止めたのは横から入った声だった。

「蓮二、どうかしたのか?」

「弦一郎、せっかく来たのだから少し休ませてはどうだ? 赤也も詫びを入れなくてはならないしな」

「……う」

「赤也が詫び? な、何かされたのか、和野!?」

「いえっ! な、何も…。わ、私、帰りますから」

「まぁ、そういうな。この暑い中、少しくらい休むといいぞ。──和野さん?」

柳にジッと見つめられ、優花は困った後「はい」と頷くしか出来なかった。
コート近くのベンチに案内され、彼らのテニスを見つめた。やはり凄い。
それは漫画だから故なのだろうか、普通ではありえない状況が目の前にある。
ふと、真田に目が行き、彼の動向を見つめていた。存在感が違う。
だが、すぐに彼を見つけられるのは何故か。一挙一動が気になってしまう。
ドクン、と胸が高鳴るのは何故だろう、彼らの、彼のテニスをする姿を現実として見ているからだろうか──?

ここは漫画の世界だ。だから珍しいのだと、彼と私は違うのだ。世界が、彼は漫画の世界の1人なのだと優花を無理矢理に理由をつける。
それが何なのか知らないように。


どんなに好きでも
――彼はキャラ


To be Continued


2012/02/26


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