壱
ふと、温かい何かが触れたような気がしたと同時に自分の神気が身体に巡る。鶴丸国永は意識を浮上しながら、ゆるゆると目を開いた。
「お、目が覚めたかい?」
そこには鶴丸国永がいた。同位体だとわかったが何かがおかしい。顔立ちも感じる神気も鶴丸国永であるのだが、男士ではなく、女士であった。
「き、み、は………」
混乱と同時に辺りを見た。知らない部屋にいたのだ。
「ここは、どこ、だ……?」
「ここはウチの本丸だ。覚えているかい?」
そう話す同位体に鶴丸はハッとした。
勢いよく起き上がれば、目の前の彼女はおおっと仰け反ったが、鶴丸は自分の身体に手を這わせた。あんなに傷だらけだったのに綺麗になっているのと同時に、感じる事が出来ない事に慄いた。
「これは、どういう……」
「手入れはある程度ウチの主がしてくれた、あくまで応急処置というのだが……」
彼女が言い渋るのを見て、鶴丸は口を開いた。
「……俺がここに来てから、どれくらいだ…」
「一週間だ」
その答えにひゅっと喉がなる。
「……な、ぜ、顕現が解かれてない……」
俺の問いに彼女は「あ〜……分かるよなぁ」と呟きながら、こちらを見た。
「私がきみに神気を与えていたからだ」
ダンっと彼女を掴むと押し倒した。
「余計な、ことを……!」
女士だからか、細い首に手をかければ片手で足りてしまうが、彼女はそれにひと回り小さな手を乗せてきた。
「……ほんとうに?」
「……」
「本当に余計な事だったかい?」
「……っ…」
「君はあの時、言ったんだ」
まだ折れる訳にはいかない、と。
「だから、主に頼み込んで連れてきたって訳だ」
笑う同位体に鶴丸国永は瞠目した。たったそれだけの理由で?
「まぁ、とりあえずは、っと」
油断した訳ではないが、くるりと視界が回って、先程とは逆転した。
「まだ横になっててくれ。厨にいって何か貰ってこよう」
「……厨…?」
表現するならば、にこーっという感じに笑みを浮かべる彼女を怪訝に見つめた。何かとはなんだ?そんな態度に彼女は「………まさか…」と呟いた。
「時に訊くが、君が最後に食事をしたのはいつだい?」
「食事……? それは審神者がするものだろう? 俺達“道具”には必要ないだろう」
「あー……やはり…な。うん、では君にも驚きを与えようじゃないか」
考え込むように声を出した後はすっくと立ち上がり、鶴丸国永らしい科白を述べて彼女は出ていった。
部屋に残された鶴丸国永は混乱するも、もう一度己と主の繋がりを確かめようとするが彼女の言った通りに繋がりがないのを理解していた。この身体がまだ保てられているのも溢れるような神気のおかげだというのも、理解している。が、あの本丸はどうなったのだろうか、と思った時にバタバタと誰かが走ってくるのが分かった、それが誰かとも。同時にスパンっと障子が開いた。
「鶴丸っ!」
「薬研っ!」
そうだ、何故、忘れていたのか。あの本丸から出されたのは自分一人ではなかったことを。そうだ、託されたのだ。
「……よ、かった……目を覚ましたんだな…」
恐る恐るといったように手を握ってくる薬研に鶴丸はあぁ、と手を握り返した。どうやら薬研も同位体である“薬研”に神気を分けてもらっていたようだ。
「お、鶴丸の旦那も目が覚めたようだな」
自分が知っている薬研の声よりも低い声に、白衣を着た薬研藤四郎の姿があった。邪魔するぜ、と一声掛けてから部屋に入ってきた彼に警戒するも隣の薬研に「大丈夫だ」と声をかけられる。
「ちょっとばかり診るだけだ。……あぁ、うん。鶴の姐さんがヘマはしないのは分かっているが神気も充分だな」
「誰がヘマをするって?薬研」
声をする方を見れば、先程出ていった彼女と、貞坊と伽羅坊が立っていた。大倶利伽羅は手に何か持っている。
「鶴さん!目を覚ましたって、大丈夫か?」
心配そうに入ってきた貞坊に鶴丸はハッとした主から隠さなくては!と貞坊の腕を掴んだが、隣にいた薬研の手がそこに触れた。
「鶴丸……大丈夫だ、ここは、本丸とは違うんだ……」
「……薬研…」
「まずはこれを食え」
横からずいっと寄越された器に瞬くも、そこにいた伽羅坊に目を遣る。それをほらと言わんばかりにぐいぐいを押された。
「伽羅坊、そこの私にはまず君から食べさせてやってくれ」
「「は?」」
「貞坊でも良いぜ」
「お!なら俺が食べさせてやるぜ、鶴さん!」
「頼んだ」
その間、俺と伽羅坊は固まったままだったが、口元に匙のようなものが押し付けられた。
「鶴さん、あーん、だぜ」
「さ、貞坊……」
抵抗しようとしたが、口に熱いのが入り込む。熱いが、口の中に広がる不思議なモノに驚きながら、貞坊が「ゴックンってするんだぜ、鶴さん」なんて言うから、ゴクリと嚥下すれば、また「あーん」と口元に匙を寄せられる。
されるがままにその粥を食めば、いつの間にいたのか光坊は嬉しそうに顔を綻ばせていたし、薬研もホッとしていた。その子もこの本丸の薬研と笑むを交わしている。
「お、全部食べたな、エライエライ」
いつの間にか全部食べてしまったようで、白く細い手が俺の頭を撫でてきた。そこから流れる神気は“鶴丸国永”のモノで、心地が良い。
「食べたなら、次は風呂だな」
「は?」
「君は一週間も寝ていたんだぜ?」
「そうだぜ、汗は流さないとな!」
「お風呂の準備はしてあるからすぐに入れるよ」
「………行くぞ」
ポンポンと繰り出される会話に唖然とする間もなく、連れて来られたのは湯殿だった。あの本丸とは違い、光が射してきていてなんというか心地が良い。
そもそも本丸には湯殿なんてあったところで使える訳がなかったのだが。
「ほら、行こうぜ、鶴さん!」
「走ったら危ないよ、貞ちゃん!」
「へへ、大丈夫だって!」
貞坊に連れられるまま、洗い場に腰を落とされた。シャワー(というらしい)からお湯を浴びせられ、驚いた。
何故か分からないが、光坊が涙ぐみながら背中を手拭いみたいなので、ゴシゴシと擦るから痛がってしまい、伽羅坊が止めてくれた。
湯船(デカいタライのような)に身を沈められ、五振りで並んだ。
勢いに流されるままで、熱い湯が身体中に行き渡り、はぁ…と言葉が洩れてしまった。
「疲れてねぇか、鶴の旦那」
「え、疲れちゃったのかよ、鶴さん」
「大方、貞のせいだろう」
「僕が背中擦り過ぎたからかな…ごめんね、鶴さん」
気遣いながら見てくる薬研(男)に、心配そうな貞坊と光坊、呆れている伽羅坊がこちらを見てくる。
先程からずっと、なんでだ??と混乱していたが、なんだかそんな四振りを見ていたら、ハハハと笑いが出た。
「お、鶴の旦那が笑ったぞ」
「は?」
「いや、眠っている時から険しい顔をしていたりしてな、鶴の姐さんが心配していたんだ」
「薬研ちゃんもね」
「だから、鶴さん…あ、うちの鶴さんが笑わせてやりたいって言ってたんだぜ?」
「………」
「付きっきりでお世話してたもんね、鶴さん」
「………おかげでこの一週間は静かだったな」
なんで、そんな言葉が頭の中を駆け巡った。重傷であったであろう俺と練度がほとんどない亜種である薬研を連れ帰り、手入れを頼み込んで、神気まで与えてくれたあの“鶴丸国永”は何を考えているのだろうか。
俯いていると、隣にいた伽羅坊が「そろそろ上がるぞ」と促し、風呂から出る事にした。