幸福という名のたからもの

名探偵コナン

2年ぶり、正確に言えば2年と9ヶ月ぶりに日本へと行くことになった。
本当はまだ戻りたくはなかったが、メアリーに是非とも出席して欲しいと言われたのは灰原哀の時に会ったことがある羽田秀𠮷さんの挙式があるからだ。
あの時はまさか彼と血縁関係があるなんて思わなかったし、彼と由美さんの恋愛がどうなるかなんて本当はどうでも良かった。
しかし、まさかの招待状を送られ、しまいには愛莉にフラワーガールもしくはベールガールをして欲しいと要望が来た。
まだ小さいんだから!と言ってみれば、真純ちゃんから電話越しで「ボクと一緒にやるから大丈夫だよ」と言われた。

「親戚の子供の役目だ。愛莉ならば出来る」

「アイリ、やれるよ、ママ」

「あぁ、愛莉ならやれるとも。いいな志保」

「………分かったわ。」

「やった! メアリー、アイリ ドレスきれる?」

「あぁ、とびきり可愛いドレスを用意してやろう」

「ありがとう、メアリー」

きゃーと嬉しそうにメアリーに抱きつく娘に、志保は苦笑いをするしかなかった。

「良かったわね、愛莉。でも頑張ることがあるからね」

「うん!アイリ、がんばる!」

頭を撫で、抱き上げるとスリスリと胸元に顔を寄せる愛莉に「腹を括ってみよう」と志保はため息をついた。
そして、愛莉に一言告げた。

「愛莉、日本についたらあなたのおじいちゃんに会いましょう」

「granddad?」

「ええ、ようやくあなたを見せる決心がついたわ」

せっかくの機会に博士には会わせておきたい。
博士の家ではなく、ホテルまで来て貰うしかないけど……。驚くかしら?驚くわよね。
メールで伝えておこう。ただし、彼にはどこで会うとかは秘密にしてもらおう。

「プロフェッサーも行くの?」

愛莉にとって「おじいちゃん」というのは教授のことである。なんせ生まれてから半年間あのお宅にお世話になった上に、ちょくちょく会いにきては、ベビーカーに乗せて散歩まで連れていってくれたし、メアリーがいない時は泊まりに来なさいと有無をいわさない程だったのだ。
志保は肩を竦めると、首を横に振った。

「違うわ。貴方のおじいちゃんはドクターよ」

「ドクター?」

「ええ、とても優しいおじいちゃんよ」

そう告げると頬にキスをした。

「とても、とても、優しい人なのよ」

ずっと帰らないことに何も言わない博士。
プレゼントを送ってはいるけれど「帰ってきておくれ」とは決して言わなかった。

「志保くんのやりたいようにするといい」

そう言って、私を送り出してくれた博士。
博士が一言帰ってきて欲しいと言ったのであれば、私はすぐにでも日本へ戻っていたかもしれない。
しかし、彼はその一言すら言わずに、元気にしているか、こちらは変わりない。とばかりの返事に心配をかけていると思いながらも帰国することはなかった。甘えてしまっていたのだ。
ああ、早く博士に会いたくなった。



正月も過ぎて、日本特有の帰国ラッシュに合わないようにと日時を調整し、久しぶりに日本へ降り立った。
キョロキョロと物珍しさに周りを見る愛莉の手をしっかりと繋ぎ、出口付近でメアリーが電話を掛けているのを耳にしながら、あちらこちらから聞こえてくる日本語に、ああ、日本にいるのだと実感した。

「志保、タクシーでホテルまで来てくれだそうだ」

「タクシーで?」

「大丈夫だ、費用は秀𠮷だからな」

「くるまにのるの?」

「ああ。ほら行くぞ」

「はーい」

元気に返事をする愛莉に手を伸ばして、メアリーは歩いていくのを志保は笑いながら、荷物を運んだ。
日本が珍しいのか窓の外をキョロキョロを眺めている愛莉が「くるま、いっぱい」と呟くのを聞いてから、博士にメールを入れた。
流石に今夜では早すぎるだろうと思い、明日の午後にでもと連絡をした。
ものの5分もしなう内に返信が来て、志保はおかしくて笑っていると、傍らの愛莉が首を傾げた。

「マーマ、わらってる?」

「ん? あなたのおじいちゃんが慌ててるみたいで思わず笑っちゃったのよ」

「ドクター?」

「ええ、ドクターよ」

髪を撫でるとメアリーがもうすぐ着くぞとこちらを見た。志保はそれに頷き、眸を閉じた。
彼は来ていない。来るはずもない。
問題は……


ホテルマンに荷物と案内をしてもらい、部屋に入るとなかなかの眺めであった。
愛莉が「わぁ!」とはしゃぎながらベッドにダイブするにも関わらず、ホテルマンは荷物を中まで運んでにこやかに去っていった。

「こら、愛莉」

「ママ〜ふかふか〜」

「全くあなたは」

トランクを開けて荷物を整理していると、リンゴーンとドアベルがなった。
隣室のメアリーかしらとドアスコープから覗けば、真純の姿があった。

「真純ちゃん、もう来てたの?」

「志保、久しぶりだね。あ、愛莉〜〜」

「ますみちゃん!!」

素早い動きで部屋に入ると、ベッドの上でジャンプしていた愛莉を見つけたようだ。
愛莉も真純が来たことに笑顔で両手を上げている。

「んもぅ!久しぶりだな、元気にしてた?」

「うん!アイリげんき!!」

「そっかそっか。明後日は頑張ろうな〜。きっとアイリのドレス姿にみんな釘付けになるぞ」

「真純ちゃん、主役はあくまでも花嫁さんよ」

グリグリと愛莉を抱っこしながら笑顔で話す真純に、志保は呆れながらも笑っていた。

「分かってるよ、でもでも愛莉の可愛さにはみんな注目するよ」

「ふふ、由美さんが怒らないといいけどね」

「…………」

「……どうかした?」

無言で見つめてくる真純に志保は首を傾げた。
抱っこされている愛莉も不思議そうにして真純を見上げている。

「──いや、志保がいい顔をするようになったな、って思ってさ」

「……」

「日本に、一時的にでも帰国するとはいえ、ツラいんじゃないかと思っていたんだよ……その、」

彼女が何を言いたいかは分かった。
きっと本能で理解しているのだろう、愛莉の父親が誰なのかということを。
だけど、それは認めることはしないし、愛莉は私だけの子であって、父親が誰かなんて関係ないのだ。

「……真純ちゃん」

「ゴメン!前に聞いたよな、」

愛莉は志保だけの子、だって。と見つめてくる真純に志保はキョロキョロと志保と真純の顔を見ている。

「真純ちゃん。明日ね、博士に会う予定なの」

「阿笠博士に?」

「ええ、ドクターに」

そう告げれば、真純の腕の中にいた愛莉が嬉しそうに口を開いた。

「ますみちゃん!ドクターってアイリのおじいちゃんなんだって!!」

「愛莉…」

「プロフェッサーじゃないほうのおじいちゃん」

「志保、」

「博士にはずっと会わせたいと思っていたの。せっかく日本まで来たのだから、会わせようと思ったのよ」

「そっか、じゃあイギリスのプロフェッサーはヤキモチ妬いちゃうかもなー」

「ヤキモチ?」

「愛莉を取られちゃうって心配するんじゃないのか、プロフェッサーは」

「だいじょうぶだよ、プロフェッサーにはおみやげかうもん」

「そっか、そっか」

真純はまたムギューっと愛莉を抱きしめると、愛莉はきゃーと楽しげに声を上げた。
志保はそれを見ては慈しむかのように微笑んだ。
真純はなんだか、胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じたが、志保がいいならいいんだ。と自分に言い聞かせた。
3人で和んでいると、真純のスマホに「どこにいる」と連絡が入った。どうやらメアリーの所に赤井が来たらしい。
志保は思わずぐっと拳を握った。
愛莉に関して、多分一番敏感になるであろう彼に話が通じるかどうか。
秘密にしていたとはいえ、もしかしたら彼らの情報力ならば知っているかもしれない。
そんなことを考えていると、再びドアベルが鳴った。

「ママだ。愛莉、出てごらん」

「メアリー?」

ガチャリと開いたドアの向こうには、メアリーと赤井の姿があった。
思いがけない人物の登場に、赤井も愛莉もキョトンとしている。

「メアリー……?」

「何をボサッとしている、早く入れ。愛莉、怖がらなくてもいいぞ」

「ははっ、秀兄のそんな顔、初めて見るよ」

「ふふ、そうね」

呆然といった顔をしている赤井は声をした方を見ると、志保がいることと今、メアリーに抱き上げられている幼子に目を動かしていた。
真純は驚くのも無理はないと思っている。
何故なら、愛莉の姿はかつての灰原哀を思い出させるのに充分な容姿をしているからだ。
髪の色は母メアリー曰くエレーナさんと同じらしいが、他は灰原哀だと言っていいくらいだ。
まぁまだ2歳というが、これ程の愛らしい美少女はなかなかお目にかけられるものではない。
しかも、あのクールな灰原哀ではなく、すくすくと素直に育っているからか笑顔が眩しいくらいだ。

「久しぶりね、赤井さん」

「あ、あぁ……志保、その子供は……」

「私の子よ。愛莉、ご挨拶なさい」

メアリーに抱っこされていた愛莉は恐る恐る赤井を見た。だがメアリー譲りの眸のせいか、それほど怖がらずに挨拶をした。
床に下ろしてもらい、何を思ったのかスカートの裾を摘まんで腰を屈めた。

「は、はじめまして、みやのあいりです。2さい」

「あ、赤井秀一だ……その、よろしく。小さなレディ」

赤井は片膝をつくと、彼女の頭を撫でたのだが、そんなことよりと志保を見た。
しかし、志保は愛莉を見ていたし、真純もメアリーもだ。
どうした、と口に出そうとした時に、真純の声が響いた。

「愛莉ーーー!!なにそれ、なにそれ、かっわいーー!!」

「あ、愛莉? そんなお辞儀の仕方、誰に教わったの?」

「愛莉、お前はお姫様だな」

「んー? おばあちゃんだよ、プロフェッサーのいえにいったとき」

教授の奥様が犯人でしたか…と志保は苦笑いをした。真純は可愛い可愛いと頬擦りをしている。
なんとも言えない雰囲気に志保は笑うしかなく、それを見た赤井は驚いた。
赤井の視線を感じたからか、志保がそちらに顔を向けるとくいっと顎で指示された。
ため息を吐くと「飲み物を買ってくるから、愛莉を頼むわ」と言って部屋から出たのであった。
非常階段へと出ると、肩に強い力が走った。

「志保、あれは、どういうことだ!?」

「どういう事って?」

「あの子は「私の子よ」なっ、」

「愛莉は私が産んだ子よ。見れば分かるでしょ」

「───父親は」

「そんなのいないわ」

クスっと笑えば、赤井の眉間に皺が寄っている。

「いないわけないだろう」

「……もし、愛莉の父親を調べようとするならば私は二度と貴方には会わないわよ。どんな手を使ってもね」

「しかし、」

「私はね、今はとても幸せなのよ。愛莉がいる、それだけでね。それにさっきのことはメアリーにも真純ちゃんにもそう伝えているわ。愛莉は私の子。私だけの子だって。父親なんてそんなのはいないのよ」

「志保、お前……」

「余計な詮索はしないでね、赤井さん。あ、そうそうあの子がパパと呼ぶ人はいるわよ」

ふふっと微笑すると志保は部屋へと戻っていった。
赤井はどういうことだ?と混乱していた。
2歳だと告げた志保の娘。時期を考えてみればおおよそ検討はつくが、その頃には志保はイギリスにいたはずである。
まさか、どこぞの見知らぬ男に?ならばそいつに制裁を鉄槌をと考えたくなる。
可能性としては、あのボウヤだが……。彼は幼なじみに盲目な程恋していたし、もしそんな関係があったならば普通にしてなどいられないはずだ。
先日も電話で彼女が日本にようやく帰ってくるというのを愚痴っていた。
もし、彼に後ろめたい事があるならば、性格上あまり話題には出さないであろう。
いっそのこと、DNA鑑定でも、と考えて先程の志保のセリフを思い出す。
真純や母でさえ踏み込まないようにしているというのに、俺は……。
真純はともかく、母メアリーが動かないとなると余程の覚悟なのだろう。
ならば、ならばと、見守るしか出来ないのかもしれない。
赤井はタバコを取り出すと、火を着けて一服した。
紫煙が空へと上がっていくのをただ眺めていた。




2017/05/26


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