他人は知らなくていい幸福

名探偵コナン

昨日は赤井家(というべきか)と志保と愛莉のみのまさに血縁だけの夕食を取った。
羽田秀𠮷はメアリーが『領域外の妹』であった事を知っていた為に、宮野志保=灰原哀だったということもすんなりと理解した。

「まさか、あの時の君が俺の従妹だったとはなぁ」

「仕方ないわ、私も血縁者がいるんなんて知らなかったもの」

「そうだね。でも今は血縁者だ、改めてよろしくね、志保ちゃん」

「ええ、よろしく。羽田名人」

「秀𠮷でいいよ、流石に身内から名人と呼ばれるのはなー」

「めーじんってなに?」

「名人って言うのは…その道を極めた人なんだけどあなたに分かるかしら…?」

「みちをきわめたひと?」

秀𠮷との会話に愛莉が入ってきたが、いざ名人という意味を教えるのに、流石に難しすぎるのではないかと志保は困っていた。

「プロフェッサーみたいなひと?」

「………ま、まぁそうね、そうかもね」

「きちおじちゃんすごいんだね」

「はは、ありがとう。愛莉ちゃん」

大きな手で撫でられて、愛莉は照れていた。
元々、愛莉は賢い子だと志保もメアリーも理解していた。同年代の子よりはるかに頭の理解力はいい。
真純もそれは感じていたし、今日会った秀一も秀𠮷もどことなく感じていた。
流石、志保の子といえばそうなのだろう。
ただし、それは父親の血も入っているからだというのも分かる。この子は紛れもなく知能指数は高い。
だが、2歳の割りにしゃべることは出来ても、まだ字を書くことも読むことも出来ない、はずである。
お絵かきしてるのは見たことはあるし、一緒に描いたりもしている。だがまだ○とか△とかである。
あの組織は殲滅したが、あのような組織はなかなか絶えないものだ。善悪関係なしに、なにかしらの秘密機関は場合によっては小さい子どもの内から色々と教えて育てていく。
現に志保とて自覚はあったにせよ、あの組織から教育を受けさせられていたのだ。
秀一は顎に手をやり、考え込んだ。
今はあの「黒の組織」程の巨大な組織はないが、いずれまた台頭してこないという保証はない。
その場合、この子が狙われたりしないだろうか、と心配してしまうのである。

「愛莉は頭いんだなぁ〜志保に似たのかな?」

「教授があれこれと愛莉に教え込んでいるんですもの」

苦笑いをする志保に愛莉は「プロフェッサーがおしえてくれるよ」と笑顔で答えていた。
その笑顔に誰もが戸惑いながらも、可愛さに勝てずに頷いていたのだった。


今日は、お昼に由美さんを迎えての簡単な家族紹介であった。彼女もまた灰原哀を見知っていた人だったからか、愛莉の顔を見て「どこかで会ったことがある顔だわ」と呟いた。
しかし、愛莉の満面の笑みだけは、灰原哀が決してしなかったこともあり「気のせいかしら」と言っていたくらいだ。
志保にしても哀にしても、複雑な環境下であった為に心の底から無邪気に笑うことなんてしなかったし、出来なかったのだ。
まだ、本当にまだ幼い頃、明美といた頃ならばいざ知れず、組織の意向でアメリカに留学させられた時点で彼女は無邪気に笑うということはあり得なかった。
由美も愛莉の可愛さに負けたのか、式の時のフラワーガールをお願いしたくらいだ。
愛莉に合わせて急遽ドレスを見立てるにあたり、ホテルのプライダルブティックに行き、あれこれと子供用のドレスを合わせていく。
無論、張り切ったのは真純と由美、そして秀一である。あーだこーだと騒ぎ、しまいには愛莉とブラックカードを片手に秀一が銀座へと飛び出していったのだ。
戻ってきた秀一をメアリーが怒鳴り散らしたのはいうまでもなく、彼が愛莉と買ってきたドレスをみて、志保は頭を痛めたくらいだった。

「わぁ!めちゃくちゃ愛莉に似合いそうだなー」

「真純ちゃん……流石にこれは明日は着れないわよ」

キラキラとした真っ白い天使を思わせるようなドレスを片手に真純は目を輝かせていた。

「え、なんで?」

「明日の主役は由美さんなのよ!彼女のドレスに合わせるとかしないと」

「ま、まぁまぁ志保さん? 大丈夫よ、愛莉ちゃん可愛いし、これを着せたくなるお義兄さんの気持ち分からなくないわ」

「……すみません、由美さん」

「いいのよう。こーんな可愛い子が式の間傍にいてくれて、ましてや親戚になるのよー。嬉しくて自慢したいくらいよー」

ぎゅうっと抱きしめられて愛莉はきゃーと楽しげに声をあげている。

「マーマ? ママにもしゅうおじちゃんがドレスかったよ、アイリがえらんだのー」

「こっちの袋かな? わぁ、志保に似合いそうだね」

「私にまで?」

白い肌に映えるようなワインレッドのドレスに真純も由美も似合う似合うと騒いでいた。
メアリーも「お前にしては上出来だな」と呟いているし、秀一は「愛莉がママにはこれだと言っていたからな」と肩を竦めてみせた。
持ってきたドレスは味気無い普通のものだったが、メアリーも「たまには着飾るのもいいじゃないか」と薦めてくる。
花嫁に気を遣って、由美を見れば「独身男性が志保ちゃんばかりに目が行きそうね」とニヤニヤしている。いいのかしら?と思いながら、愛莉からの「ママ、きてね」の一言に負けたのだった。


夜、ホテルのレストランで阿笠博士と待ち合わせをしていた。
予約はしていたし、レストラン前の椅子に座ってまっていると、恰幅のいい姿が目に入る。

「志保くん」

「博士っ!」

あまりに久しぶりすぎて、泣きたくなった。博士も目が潤んでいるのが分かる。志保は思わず抱きついてしまった。

「いやぁ、久しぶりじゃのう。本当に、志保くんに会えるなんてのぅ」

「博士、泣かないで」

うんうんと頷きながら、最早泣き出してしまった博士に志保も涙が溜まっていくのを感じた。
抱きしめた身体は相変わらずメタボっているようで、メニューを魚メインにして正解だなんて思っていると、クイクイとスカートの裾を引っ張られた。

「ママぁ、ないてる?」

「ママ?」

予期せぬ声に、博士が目線を下げるとそこには見覚えのある顔の小さな女の子がいたことにギョッとしたようだ。

「大丈夫よ、愛莉。これは嬉し涙だから」

「ほんと? ママ いたくない?」

「ええ、痛くないわ」

「し、しししししし志保くん?! こ、ここここここの子はいったい………」

驚く博士をよそに志保は愛莉の耳元で何かを囁くと愛莉はにっこりと笑って挨拶をした。

「はじめまして、おじいちゃん。アイリです」

「おおおおおおお、おじいちゃんっっっっっ?!」

「ふふ、博士、よろしくね」

涙が引き込むような大声を出した博士に、志保はおかしそうに笑ったのだった。
レストランに入り、次々とコースが流れてくる中で、志保は博士と話をしていた。

「しかしまぁ、本当に哀く……あ、いや志保くんにそっくりじゃのぅ」

「メアリーや真純ちゃんもそう言うわ」

「?」

「あぁ、ほら口に付いてるわよ」

愛莉の口元をハンカチで拭いてあげている姿をみて、母親なんじゃなぁと感心しながら、博士は無邪気に笑う愛莉を見つめていた。

「志保くんが結婚しとったとはなぁ。幸せそうでなによりじゃが、教えて欲しかったのぅ」

母親であること、イコール結婚したと思っている博士にまさか未婚の母であるとは言えずにいた。
言ったらきっと彼に話がいくだろう。
それは避けたい事態である。

「おじいちゃんはドクターなの?」

「ん?そうじゃ、博士じゃのう」

「イギリスのおじいちゃんはプロフェッサーだよ」

「ほぅ、そうかそうか」

うふふ〜と機嫌良く笑う愛莉に阿笠博士もデレデレと顔を緩めている。

「こーんな可愛い孫が出来るとは、まだまだ長生きせんといかんのう」

「やーね、博士ったら。前は年寄り扱いするなっていってたじゃない」

「そうじゃったかのぅ。日本にはいつまでおるんじゃ? 良かったら愛莉ちゃんにワシの発明を見て貰いたいし、家に遊びに来たらどうじゃ? 新一も志保くんの事心配しとったからのう」

「おじいちゃんのおうち?」

「そうじゃ、面白いものが沢山あるぞ?」

「えー!ママ、アイリいきたい!!」

「……愛莉…。でもイギリスでも教授が待っているわよ? 愛莉、お土産買うって言ってたでしょう?」

「あ、そっか。おばあちゃんもまってる…」

「お祖父さんとお祖母さんが待っとるのか、そうじゃのう、こんなに可愛いと離れてるのはツラいからのぅ」

しょぼんとする愛莉と博士に申し訳ないと思いながら、志保は苦笑いをした。
まだ、まだ彼と会う勇気はないのだ。

「一応、帰国予定は明後日なのよ。明日の羽田名人、ああ、秀𠮷さんの結婚を終えてからなの」

「おぉ、やはり羽田名人と由美さんの結婚式だったのじゃな。ふむふむ、めでたいめでたい」

「どうして博士が知っているの?」

「なーに、新一が言っておったんじゃよ」

「…………流石、工藤くんね」

そう、私が日本にいる事を知っているのね。

「………工藤くんは、元気?」

「ああ、毎日元気にしとるようじゃよ」

「────ら「新一の家に服部くんが居候しとってな、なかなか顔を見せんが、毎日騒がしくしとるようじゃて」そ、そうなの…」

そういえば、白馬くんが言っていたような気がする。服部くんが住んでたアパートを引き払って工藤くんの家に転がり込んだと。

「おや、愛莉ちゃんが眠そうじゃのう」

博士の言葉に隣に座る愛莉を見れば、うつらうつらと舟を漕いでいた。

「昼間、明日のドレスの事で赤井さんがヒートアップしちゃってね。疲れたんだわ」

「明日は大役らしいしのぅ。あまり遅くなる訳にはいかんな」

そう言って残りの料理を口にすると、デザートはテイクアウトにしてもらった。
抱っこされている愛莉の顔を見て、博士は「本当に可愛いのぅ」「ワシもおじいちゃんなんじゃのぅ」と顔を緩めていた。
じゃあ、明後日は見送りにという博士に、志保は決意したように話を切り出した。

「博士、あの、何も知らせなくて本当に、ごめんなさい」

「……志保くん」

「っ、わたし、私は幸せだから!この子がいれば幸せだから、もうそんなに心配しなくても大丈夫だからっ!」

「……あぁ、志保くんの顔を見れば分かる。今まで見たことがないくらいの優しい、慈しむような眸で愛莉くんを見つめて、笑う志保くんが不幸な筈がない。本当に良かったと思ってるんじゃよ、ワシは」

「……博士」

「───だがのう、言ってはダメかのう」

博士の言葉に志保は目を見開いた。
ああ、彼は何を言いたいのか、分かっていたのだ。
言わなくても解るなんて、本当の親子のようだ。

「えぇ、言わないで。恥ずかしいじゃない、私が子供を産んでるなんて知られたら。それに極一部の人しか知らないトップシークレットなのよ、」

だから、言わないでね。と志保は笑ってみせた。
彼はこの子とは関係ない。
博士は娘の言いたい事が伝わったらしく、頷いてみせた。

「今度はワシがイギリスに会いに行くとしよう」

「そうね、イギリスにいるおじいちゃんばかり大好きになってしまうからね」

「それはいかんな!よしよし、その時はオモチャを沢山買ってやるからのぅ」

寝てる愛莉の頭を撫でながら、早くも孫バカを見せる阿笠に志保は「オモチャじゃなくて、絵本とかにして欲しいわね」と呟いた。
日本の文字を教えるのにちょうどいいから、というと「そうかそうか」と彼は頷いた。
ロビーまで愛莉を抱っこして阿笠を見送ろうとすると、赤井が待っていた。

「おぉ、赤井くん」

「お久しぶりです、阿笠博士。送っていきますよ」

「いや、ワシよりも志保くんを。愛莉ちゃんが寝てしまったからのう」

「私は大丈夫よ、博士。赤井さん、お願いね」

「志保には真純を呼びますから」

「そ、そうかね……ではお言葉に甘えるとするかのう」

「博士、またね」

「あぁ、見送りには行くからのぅ」

阿笠と赤井がホテルから出るのを見送ると同時にエレベーターから真純が出てきた。

「愛莉、眠っちゃったんだって?」

「えぇ、デザートも食べないうちにね」

「はは、明日の朝は忙しいから食べる暇がなくて怒るかもな」

「そうね、早起きしたら食べさせてもいいかもね」

真純が愛莉を抱っこして、志保は荷物を持ち直すと二人は部屋へと戻ったのだった。
赤井と阿笠を少し気がかりにしながら。



2017/05/27


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