幸福の在り処
結婚式は羽田名人の式だとすれば小規模だったが、羽田秀𠮷とすれば充分だといえるのは、身内と友人のみが出席だからであろう。
日本将棋連盟やスポンサーからはもっと大規模なものを望まれていたようたが、何せ実兄がFBIの敏腕スナイパーであり、捜査官というのはあまり顔を晒すものではない。それに志保も出来るならば目立ちたくはないのでもし大規模な式であれば、あっという間にとんぼ返りしていただろう。
式はてっきり神前式かと思えば、チャペルであり、愛莉が少し覚束ない足取りで、愛を誓いあった新郎新婦の前を歩き花を撒いている。
その姿が可愛いようで、愛莉の写真を撮る人が多かったのは気のせいではないし、真純も秀一も秀吉を見るよりは愛莉をばかり見ている。
「し、志保ぉ〜、愛莉が、愛莉が頑張ってるよ!!」
「えぇ、ご褒美をあげてもいいわね」
「ボク、ボクも愛莉にご褒美をあげるよっ!」
「落ち着いて、真純ちゃん。ちゃんと由美さんと秀𠮷さんを見てあげないと」
「𠮷兄なんてどうだっていいよぉ〜」
愛莉が躓かないか心配で仕方ないのか、真純の手はあわあわしていた。
お花を撒き終えたのか、スタッフに誘導され、る前に何故か秀一が愛莉を抱っこして戻ってきた。
「ママぁ〜、アイリがんばった?」
両手を出して、志保を求める愛莉の身体を受け取り、志保は額にキスを落とした。
「えぇ、すごく頑張ったわね。すごいわ、愛莉は」
「エヘヘ」
褒められて嬉しいらしく、頬に両手を添える愛莉に横で見ていた真純が、志保までも巻き込んで抱きついた。
「もう!もう!愛莉、すごいよ!可愛かったよ!!」
「ちょ、ちょっと、真純ちゃんっ…」
「ありがとー、ますみちゃん!」
「………あー、愛莉が可愛くて死ぬ…」
「……真純、気が合うな、俺もだ」
「だよね、萌え死ぬよね!秀兄!!」
「ああ、異論はない」
「貴方たちはなにを言ってるのよ」
ぎゃあぎゃあ騒いでるのをよそに、ブーケトスが行うらしく、志保は真純に促した。
「真純ちゃん、ブーケトスがあるみたいよ」
「お、せっかくだから志保も行こうよ」
「私はいらないわよ」
あまりに綺麗な笑みで返され、真純は戸惑ったが由美が「真純ちゃーん、やるわよー?」と声を掛けた為、慌てて未婚女性の中へと入っていった。
「ますみちゃんは?」
「ブーケトスよ」
「ぶーけとす?」
「花嫁さんが、お花を次のお嫁さんになる人に向かって放るのよ」
「ママは?」
「ママはいらないのよ」
「そうなの?」
「えぇ。愛莉、お花欲しかったの?後で貰えるから大丈夫よ」
「ほんと?」
「えぇ」
それに、あなたには素敵なお花がここにあるでしょ。と髪に飾られている花を差せば、嬉しいのだろう、満面の笑みを溢していた。
花束は由美の同僚である三池苗子が手に入れたようで、真純が残念がっていた。
ガーデンパーティでは花嫁が作ったというケーキを新郎が食べさせてもらったりと堅苦しくない式だからか楽しそうである。
愛莉も新婦側の友人から可愛い可愛いと写真撮影もひっきりなしだ。
由美が可愛いでしょう〜と自慢している時に、佐藤刑事が「哀ちゃんに似ていない?」と言って、傍らの高木刑事も「似てますけど、哀ちゃんはもう小学3、4年くらいですよ」「わかってるわよ」などと話しているのを耳にしながら、スマホにメールが入った。
それを確認すると、志保はふふっと笑みを溢しバッグにスマホをしまった。
傍らにいたメアリーがどうかしたのかと訊いてきたので、グラスを片手に答えた。
「明日のフライトの確認よ。メアリーはまだ滞在予定なのよね?」
「あぁ、羽田家からまだ暫くいて欲しいと言われていてな」
「そう、色々大変ね」
「そうでもないと思うがな。秀吉ももういい大人だしな」
「親にとって子はいつまでも子供だと言ってたのはあなたじゃない」
「そんなこと言ったか?」
「ふふ」
笑ってみせれば、シャンパンをくいっと飲み干すメアリーを眺めてから、真純と一緒にいる愛莉を見つめた。
早く、終わらないかしら──そんな事を考えて、志保は苦笑いをするしかなかった。
愛莉はあんなにも楽しんでいるのだから、そんな事を考えるなんて、ダメね。
しかし、見知った人間が意外と多いことに、灰原哀だった時に関わりが多かった人たちが視界に入ることに、思考が鈍りそうになる。
──酔ったかしら
そんなに飲んだ訳ではないが、テーブルに置かれているワインの銘柄を見てハッとした。
「………メアリー、」
「どうした、志保?」
「少し気分が悪いの、申し訳ないけど愛莉のことお願い出来るかしら」
「あぁ、構わない。1人で大丈夫か? なんなら秀一でも」
「1人でいいから! ごめんなさい、愛莉をよろしくね」
「あぁ、分かった」
志保は酔っているとは思えないような足取りで、室内へと入っていく。
親族用の控え室へと入ると、置かれていた椅子へと身を委ねた。
腕を額に乗せ、眼を瞑る。
(……………参ったわね…)
お祝いの席だというのに、こんな物憂いな気分になるとは。志保は息を大きく吸って吐いた。
呼吸を整えても、気分はどんどん下がっていく。
やはり、まだ日本に来るのは早かったのかもしれない。
(博士に愛莉を見せたかったのは確かだけど……)
博士をイギリスに呼べば良かったわね。
この式に彼に通ずる人たちがいるからだろうか、気だるく顔を横に振る。
気持ちの問題だ、あれほど愛莉の事は誰にも知られないようにしようとしていたのに、知ってしまった人が一気に増えたから。
「ママぁ?!」
「っ、愛莉?」
思考に耽っていれば、娘の大声に志保は身を起こした。
「ママぁ!」
「ど、どうしたの? 愛莉?」
「志保の姿が見えなくなってさ、不安になったみたいだよ」
ぎゅうっと抱きついてくる娘の頭を撫でながら、志保は苦笑した。
あんなに楽しそうにしていたというのに。
「やっぱりママが1番なんだな」
肩を竦める真純に、愛莉が急かしたのか、真純のセットした髪が少し乱れていた。
「ごめんなさい、真純ちゃん。走ったのね」
「 いいよ、いいよ。愛莉も色んな人にひっきりなしに写真とか構われて疲れたんだよ」
ぴったりとくっついて離れない愛莉に、さっきまでの憂鬱さが消えていくようだ。
「志保も疲れてるみたいだし、暫く二人で休んでるといいよ。ママや吉兄たちには言っておくからさ」
「………お言葉に甘えるわ」
「うん、任せておきなよ。じゃあな、愛莉」
「……ますみちゃん、ありがと…」
「夜は一緒にお風呂入ろうな。薔薇風呂だよ」
「うんっ!」
片手をあげて、部屋から出ていく真純を見送ると、志保は愛莉に向き合った。
口を開こうとして、先に口を開いたのは愛莉だった。
「ママ、あたまいたいの? だいじょうぶ?」
「大丈夫よ、どうして?」
「だってまえにおばあちゃんがあたまいたいとくるしいって」
心配して、顔を顰める娘に志保は抱きしめた。
先ほどまでの気落ちした想いは嘘のように消え去った。
「ありがとう、愛莉。あなたのおかげで良くなったわ」
「ほんと? ほんとに?」
「ええ、大好きよ、愛莉」
「アイリもママだいすきー」
小さなぬくもりに頬擦りをしてから、明日の事を伝えれば可愛い娘は飛び上がらんくらいに喜んだのだった。
愛しいあなたがいてくれれば、私は幸せなのよ。
2017/05/28