胸の中でざわつくモノ

名探偵コナン

「それ本当?!」

久しぶりに息子に掛けた電話から思いもよらない事を聞かされた有希子は驚くしかなかった。
既に二十歳だった息子が成人式を迎えてから数日、お正月も一緒に過ごせなかった事もあって、珍しく帰国する事を伝えたのだ。

『あぁ、宮野に子供がいるんだってよ』

「ちょっと、新ちゃん!そういう事は早く言ってくれないと!お祝いすら出来なかったじゃない!!」

『俺に文句言うなよ、俺だって知らなかったんだぜ?』

ついでに言うと、博士が知ったのもつい最近だと話す息子が『アイツも薄情だよな』などと話している。
だが、彼女が結婚したという言葉がない以上、その子供は誰の子なのか気になるのも仕方がない。

「それで? 志保ちゃんの相手は誰なの?」

『んなの、俺が知る訳ねーだろ。アイツとはずっと連絡取ってなかったんだぜ?』

「なんで連絡取り合ってないのよー」

『………特に話す事もなかった、し?』

新一の言葉に有希子はこめかみが痛くなる気がした。なんだ、それは。である。
散々、コナンの頃からお世話になりっぱなしだったというのに。

「新ちゃん、あなたね、」

『新一ぃ〜待った?、あ、ごめん、電話中?』

通話の向こうから聞こえてきた聞き覚えのある声は親友の一人娘であり、息子の幼なじみの蘭だ。

『あぁ。母さん、悪いけどそろそろ』

『え、新一のお母さんなの?代わってもらえる?』

『え、あ、あぁ』

こちらが何も言わない内に通話口は息子から蘭へと変わっていた。

『明けましておめでとうございます、新一のお母さん』

「あ、明けましておめでとう、蘭ちゃん。元気にしてた?」

『はい、元気です』

「そう良かったわ。今から二人で出掛けるの?いいわね、デートかしら?」

『い、いえそんなんじゃ!園子や世良さんたちも一緒ですし』

「あらー、照れちゃって。かわいいわね、蘭ちゃん」

『そ、そんな……あ、ちょっと新一!『母さん、そろそろ切るから。またな』』

ブツっと切れたスマホを見て、有希子はため息を吐いた。今のはなんだったのだろうか、と思わず言いたくなる。
それにしても、

「志保ちゃんに子供……」

下世話といってしまえば、気になる。
あの志保ちゃんが、聡明な彼女が母親になっているだなんて、しかも2歳の女の子。
一時は身内がいない彼女を出来るなら養女にしたいと思い「うちの子になって」とお願いしたものだ。
博士に阻止されたが、女の子のママになってみたかったのだ。
ましてやあんなに知的なクール美女であれば、着飾る楽しみもあるし、なにより料理も上手い。
新一の事が心配で組織関連が大詰めの時は日本に滞在し、彼女の作る食事に、まだこんなに小さい(肉体的に)というのにこんな食事を作れるなんて、あぁ!一緒に料理をしたい!!と思って言ったくらいだ。
新一に(当時はコナン)止められたのだ。
「そんなのは組織をぶっ潰してからにしろよ!」
それに対し、当時は哀ちゃんだった彼女は「落ち着いた時にでも」と言ってくれたのだ。
新一は目付きの悪いあくび娘なんて言っていたが、彼女は礼儀正しく顕著な娘である。
あくびにしたって、解毒剤の研究を寝る間も惜しみ机に向かっていたのだろう。
優作も彼女においては、冷静で洞察力も持ち合わせている聡明で優しい子だと認識しているようだ。
彼女との高度な会話に実は楽しんでいるのを知っている。あの年で科学の知識が優れているのはやはり天才科学者だと認めざるおえない。

彼女が日本を離れると知った時は驚いた。彼女が新一の事を、それこそコナンであった時から見つめていたのを見て知っていた。
新一の事が好き──なんだと。
無論、本人に確認した訳ではない。聞いてもはぐらかされるだけだろう。
しかし、自分を含め周りの大人は気づいていた。
そしてそれはとてつもなく切ない想いだということも。
息子である新一は、幼い頃から、幼稚園で蘭ちゃんに出会った頃から彼女を気にしていた。
いつでも、蘭が、蘭がと言っていたし、幼児化してコナンになった時も心配で心配で、アメリカに連れて行こうとしたのを拒否するくらい、彼は親よりも蘭の傍を取ったのだ。
無論、組織への手掛かりを掴み、元に戻る術を見つけて潰滅してやるという思いはあったにせよ、優作がICPOの知り合いに頼むと言っても、彼は日本に残る事を決めたのだ。
真っ直ぐに誰かを好きになるのはとても素敵な事だと思っている。
それは配役が息子と息子の思い人、そして見守る友人たちに自分たちや博士しかいなかった頃。
けれども配役さえない群衆の中から知った顔が覗き、その彼女は哀しげな顔をして主役たる二人を見ているのだ。
切なくて胸が苦しくなったのは言うまでもない。
主役たる息子に引っ張り出された舞台でも、彼女の役割は探偵たる息子の頼りになる相棒。そこに恋情はないのだ。それでも彼女は息子を想っていた。その想いは決して知られてはならない悟られてはならない、影からそっと想うだけの恋心で、周りが知っていても主役とヒロインだけは知らない。

特に蘭が嫌いという訳ではない。
つい最近まではお嫁さん筆頭候補であったし、親友の一人娘であったし、なにより新一が惚れている相手である。
幼い頃から知っているだけに気安い関係でもあった。他人というよりは親類の娘と言っても良い関係だった。
でも、志保の存在を知った時、果たしてどうしたらいいのかと思った。よくも息子を、と思えばいいのか。博士から根は優しい子なんだと聞かされた。
優作にどうしたらいいのかと相談すれば、彼女がいて良かったと言ったのだ。
彼女は組織から命令されて薬の研究をしていたに違いはないが、それを良い事か悪い事かは使う人次第なのだと。
それに彼女の作った薬でなければ、新一は違う方法で殺されていたに違いないと言われた時は眼を見開いた。
好奇心旺盛で犯罪を許さない、それは結構な事だと話す優作であったが、新一─彼は物事を軽く見ている事がある。自信過剰な目立ちたがり屋でもあるし、推理ショーをするというのも些かどうかという。自分だってそうじゃない、と言えば「私は小説家だがね、」と苦笑いをした。

「そう、イレギュラーな作用が起きたとはいえ、ほぼ死に至らしめる薬が新一には幼児化という作用で命を救ったのだよ」

「………」

「結果論ではあるがね。でも薬を作った彼女もまた幼児化という作用で命を繋げたんだ。その二人が出会ったのは運命と言ってもいいんじゃないか?」

「……運命って…新ちゃんには蘭ちゃんが」

「運命と言っても恋人とかではないよ。ただ、博士や新一から話を聞く上で、その彼女はとても頭がよく、非常に冷静さを持っているようだ。事件だと聞くと一直線に走っていくあの新一を嗜めるにはちょうど良いと思っているんだが?」

「…………」

あの頃はまだそれを認めることは出来なかった。
彼女は組織の人間であった。それは変わらない事実であったが、新一や博士の話では信用出来るみたいでもあった。
そして優作から聞かされた事に気づいたのだ。
そう、新一がコナンとなっても、生きているからこそ嘆かずに済んだのだ。
薬を飲まされたのではなく、それこそ銃で射たれていたかもしれない、撲殺されていたかもしれない、刺殺されていたかも……考えれば考える程 他の可能性はあり、薬だったからこそ彼は生きてられたのだ。
偶然の産物だとしても、新一は生きているし、彼女は研究に研究を重ねて副作用の解毒剤を作り出したのだ。ヘロヘロのぼろぼろになってまで研究に明け暮れて作り出された解毒剤。
無事に身体を取り戻した新一はそれでも彼女の世話になっていた。
安定するまでの食事や体調管理、復学する為の勉強まで見てもらっていたという。進級することも決定した後は、イギリスへと渡ってしまったという。
何故かは分からないが、多分、新一と蘭の姿を、二人の姿を見ていられなかったからかもしれない。
それを思うと有希子の胸が痛くなった。こんな切ない思いは辛い。

新一の為に身を引いたとしても、2歳になるという志保ちゃんの子供の父親は彼女が新たに好きになった人との子供なんだろうか?

「…………………まさか、ね」

過った考えに有希子は頭を振った。
でも、と否定しづらいのは彼女が本当に新一を好きだったからだ。
彼らの絆は浅くはなかったはずだ。
同じ幼児化した同士の運命共同体、対等な立場の相棒、彼らの絆は浅くはなかったはずだ。
それを簡単に忘れらる相手が現れたとして、あの志保ちゃんがそう容易く身体を許すのだろうか。

思考の坩堝に嵌まり、有希子はこめかみを揉んだ。
とにかく、誰の子などと考えるのは止そう。
大分、遅れたけれどお祝いを届けよう。
新一曰く、哀ちゃんをもっと小さくして素直に笑う事が出来るという。
あぁ、そうだ、阿笠博士にその写真を見せて貰おう。デレデレになっていたというし、きっと、絶対に可愛いに決まっている。
有希子はそれを頼む為に直ぐに博士へと連絡をした。
志保ちゃんが子供を産んだ事を恥ずかしいからあまり言わないで欲しいと言っていたそうで、渋る博士を説得し、ならば日本に戻った時に見せて欲しいと頼み込んだ。
そこから、博士の孫自慢を聞かされた。すごくすごく可愛いようで、若いおばあちゃんに憧れている身としては羨ましく思った。



2017/06/05


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