愚者の恋
志保は大層頭を痛めていた。
それは決して病気とかではなく、精神的なものであるのは目の前に繰り広げられる光景のせいだからか。
「愛莉〜〜、着替えた? やっぱり可愛いなぁ〜」
そう話すのは世良真純。私の従妹にあたる。
「ふむ、やはり愛莉にはこちらの服が似合うな」
そう話すのは赤井秀一。真純の一番上の兄である。志保の従兄であり、今は亡き姉──明美の元恋人である。(それも最初は演技であったらしいが、後々本気で愛しているそうだ)
「赤井ぃぃ〜! 愛莉ちゃんにはさっきの服が似合っているに決まっているだろう!!」
そう話すのは降谷零。以前は安室透と語っていた、亡き母──エレーナの教え子だそうだ。
仕事から帰宅すれば出迎えたのはメアリーだけで、いつも真っ先に出迎えてくれる愛娘の姿がない事に疑問を抱けば、メアリーに顎で示されたリビングに来てみた。そして、この通りの有り様である。
真純や赤井がいるのはまだ分かる。ここは彼らの母親の家だからだ。それに真純は初めて愛莉を見た時から、赤井も愛莉と自己紹介した時から猫可愛がりのように長期の休みとなると会いに来る。赤井に至っては両手に持ちきれないプレゼントを抱えて、だ。
そして一番の疑問は、何故 降谷零がここにいるのだろうか、ということである。
「あ、ママぁ〜。おかえりっ!!」
呆然としていると、愛莉が志保に気づき走りよって抱きついてきた。
「た、ただいま。愛莉………このお洋服は?」
「しゅうおじちゃんとますみちゃんと、あと、れいくんがくれたの……」
にぱっと笑顔を向けてくれる娘にただいまのキスをしてから、問いかければ、まぁ想像通りの返事が返ってきた。
「志保、おかえり」「おかえり、志保」「志保さん、おかえりなさい!お久しぶりです」
三人同時に言うもののだから、志保も苦笑いを浮かべながら「………ただいま」と応えた。
「………あむ、降谷さんはどうしてここに?」
「志保さんにお子さんがいると聞きましたので会いに来ました」
あまりにも爽やかに言うから、顔がひきつったが無表情の冷めた目で真純や赤井を見れば、「久々に見たな」などと言っている。
そんな事はどうでも良い。何故、彼が知っているのかと目で問えば答えたのは目の前てにこにこと笑みを浮かべている降谷だ。
「工藤新一くんが、言っていたんですよ。志保さんに子供がいる、と」
「…………………何故、彼が知っているのかしら?」
博士には口止めをしているし、白馬や真純には前からずっと黙ってもらっている。
赤井たちもそんなことをベラベラ喋るとは思えない。結婚式の写真か何かを見て気づいた………?
確かに愛莉は私に似ているがあんなに笑顔を振りまいていたのだから、そうそう気付かれる事も……。
そういえば、博士が私が日本に来た訳を推理までとは言わないが、予想をしていたのだから、出来なくはないだろうが、私が子供を産んだなんて発想があのラブコメ探偵に出来るのだろうか?
思考に耽っていると、おずおずといった形で真純が話しかけてきた。
「………あー、志保……」
「どうかした、真純ちゃん?」
「あー、うん。ちょっと言いづらいんだけど…」
「えぇ」
「志保に子供がいるって話したのは黒羽なんだよ」
「……黒羽くんが何故?」
「それは知らないけど、服部くんや白馬くんと工藤くんの家で呑んでる時に話したみたいだ」
「───そう」
頭が痛くなる気がしたが、切り替えた。
ここで彼には知られなくなかったといえば、愛莉の父親が彼だと言っているようなものだ。まぁ、メアリーを始め真純も赤井も気づいている事だろうが、私はそれを認める訳にはいかない。
「子供を産んだなんて恥ずかしいから秘密にしておきたかったけど、そうよね、博士が知ってしまった以上は彼にだけ話さないのも不自然よね」
突如、雰囲気が変わった志保に対し、真純も赤井もそれに降谷もどうしたのかと顔を見合わせた。
彼が父親だと認めるのだろうか、と。
しかし、真純には腑に落ちないのが多々あった。
志保に子供がいると知った工藤新一の態度だ。
あれは、自分には関係がないという態度なのだ。多少拗ねてはいたが、それは教えてもらえなかったという疎外感だけでそれ以外は「アイツが母親なんて信じらんねぇな」などという位で、後ろめたさなどなにもないのだ。
「ママ? ドクターがどうしたの?」
博士という言葉に反応したのか、愛莉が服の裾を引っ張りながら聞いてきた。
「ドクターのお家のお隣さんがね、愛莉の事を知らなくて拗ねてたんですって」
「ふーん」
拗ねてって…。と真純たちは思いながらも、確かにあの様子は自分だけ知らなかった事に拗ねていたのかもしれない。
しかし、そんな事は愛莉には関係はないようで、首を傾げて志保に訊いていた。
「ドクターはいつくるの?」
「ふふ、明日来るそうよ。愛莉にお土産持って来るって言ってたわ」
「ほんと?! いっしょにねれる?」
「博士……あぁ、ドクターはホテルに泊まるのよ?」
「えー、」
ぷぅと頬を膨らませる愛莉に志保は困ったように笑った。
「白馬くんも来るそうよ?」
「パパが?!」
「えぇ、ドクターと一緒に来るって」
「わあ!!メアリー!パパが来るんだって!!」
「そうか、良かったな」
「うん!!」
真純も赤井も白馬がパパと呼ばれているのは知っているし、それを見たこともある。だが、降谷は話では聞いてはいたが、あんなに嬉しそうにパパ、パパと連呼するとは思ってもみなかった。
てっきり、彼がそう呼ばせているのかと思っていたが、と愛莉を凝視してしまった。
それに気づいたのか、愛莉は「れいくんはパパをしってる?」はコテンと首を傾げた。
「……あ、ああ……知っているよ」
「パパかっこいいよねー」
「そ、そうだね」
きゃっきゃっとはしゃぐ愛莉に戸惑いながら、志保を見ると、肩を竦められた。
「愛莉〜、今日は一緒にお風呂入ろうなぁ〜」
真純が彼らの様子を察したのか、愛莉を抱き上げて夕食の支度をしているメアリーの元へ連れていった。
リビングに残されたのは志保と赤井と降谷の三人だ。
「で? 真純ちゃんはともかくあなたたちが揃って来るなんてどういう事?」
「志保、俺は真純と共に愛莉に会いに来ただけだ」
「志保さん、僕も真純さんと一緒に会いに来ただけで、コイツとは一緒に来た訳じゃありませんよ」
「…あなた、さっき工藤くんに言われて来たって言わなかった?」
「工藤くんから志保さんにお子さんがいるとは聞きましたが、真純さんが会いに行くと言ったので是非お供にと頼んだだけです」
「あなたが会いに来る理由はあまりないと思うけど?」
「エレーナ先生のお孫さんですよ!会っておきたいじゃないですか!」
「あなたにとって、母がとても偉大だという事が分かったわ」
にこにこと話す降谷に志保はこめかみを揉んだ。
そして、リビングに溢れる子供服について聞くと、赤井も降谷も揃って「愛莉に似合うと思ったから買ってきた」としれっと話したのだった。
明美の姪だから、俺にとっての姪になる。ならば可愛がるに決まっているだろうという赤井、エレーナ先生にはお世話になったので差し上げたいと思ったという降谷。もはや、何を競っているのか分からない。
「……程々にして欲しいわね……」
そう言い残して、ギャーギャーと騒ぐ二人(強いて言えば一方的に)を置いてリビングから去ったのだった。
真純が両手を合わせながら「ごめんよ」と謝る事に肩を竦めるだけにすれば、八重歯を見せてニカッと笑ったのだった。
それから驚愕する話を聞かされたが、それはまた別の話である。
夜、傍らに寝ている愛莉の髪を撫でながら志保はため息を吐いた。
「……………………工藤、くん」
私に子供がいる事を知ってしまったのね──。
それでも、それが自分の子だとは微塵にも思っていないというところに、救われているのか、哀しいのか。
知らないでいいとは思っている。
彼は蘭さんの隣にいるべき人だから、幸せになって欲しいから、だから、知らなくていいのだ。
「……………………………」
バカ、ね。今でも、彼を好きだなんて……。
乾いた頬に涙が伝うのを感じて、志保は嘲笑った。愚かな自身を嘲笑うしかなかった。
2017/06/06