幸福を願う者たち
「パパぁ〜! おじいちゃ〜ん!!」
白馬と阿笠博士がゲートを潜って現れたのを見つけると傍らにいた愛莉が直ぐ様小さな身体を使って、手を振った。
それに気づいた二人はカートを押しながら、顔を綻ばせていた。
「愛莉くん!」「愛莉さん!」
近寄る二人に、手を繋いでいた志保の手を離れ二人へ走りよっていく。
「おじいちゃーん! パパぁ!」
両手を広げて待っていた博士のお腹に向かってジャンプした愛莉をよたよたしながらも抱きしめた博士と隣で笑う白馬たちの姿は、久々に再会した家族と謂わんばかりの光景である。
そこにクスクスと笑いながら近づく志保の姿も加わり、仲良し一家が出来上がり、道行く人々が微笑ましく見ている。
それを眺めていた真純と赤井も和やかに見ているが、降谷は初めて見る光景に少しだけ唖然としていた。
(まるで、本物の家族じゃないか…)などと視界に入れると、彼らに近づく人影に目を見開いた。それは傍らにいた真純と赤井も同様で(何故ここに?)という思いでその人物を見る。
それに気づいたのだろう、幸せそうに笑っていた志保も身体を強張らせ、人影を凝視した。
「志保ちゃぁぁん!会いたかったわぁ!」
押していたカートを隣にいた工藤優作に任せ、幸せ家族の中に飛び込んできた女性──工藤有希子に志保は思いきり抱きしめられていた。
「──、ゆ、有希子さんっ?!」
「志保ちゃん!あらぁ、見ない間にますます綺麗になって!」
「あ、あの、「まぁ!この子が愛莉ちゃん?!いやーん、哀ちゃんそっくり!可愛いわぁ!!」」
抱きしめていた志保から博士の腕にいる愛莉へと目を向けて、有希子は歓喜をあげて愛莉を見つめた。
ぷっくりとした頬にシミひとつない真っ白な卵のようなお肌、髪は志保よりも薄い茶髪に、くりくりとした綺麗な、蒼い眸。
可愛いと美しいを混ぜ合わせた、綺麗な子供に有希子が気に入らない訳がない。
いきなりの出来事にきょとんとしている愛莉もまた可愛いが、真純たちは慌てて志保たちへと走り寄った。
何故、ここに工藤夫妻がいるのか、聞いていなかったからだ。
「こら、有希子。少し落ち着きなさい、志保くんが驚いているよ。久しぶりだね、志保くん」
「ぇ、あ、は、はい。ご無沙汰しております」
バッと頭を下げる志保に工藤優作は笑いながら「そんなに畏まらなくてもいいんだよ」と伝えた。
愛莉を抱っこしたまま阿笠博士は申し訳なさそうに「急遽、優作くんたちも来る事になってのう」と話し、白馬も申し訳なさそうに眉を下げていた。
「ママ、どうしたの?」
そんな志保の様子に床へと降りた愛莉が志保の服を掴みながら、訊いてくると、工藤優作はその彼女に対し、膝を付きながら話しかけた。
「初めまして、小さなレディ。君のママの知り合いの工藤優作だよ」
「初めまして、愛莉ちゃん。博士の友人でもあるのよ」
「ママとおじいちゃんの、しってるひと?」
「「そうだよ/なの」」
そうなの?と見上げてくる愛莉に志保は躊躇し、傍らにいた白馬が愛莉を抱き上げると「そうですよ、愛莉さん」と頷いた。
「え、えぇ、そうよ」
志保は頷きながらも、すごく動揺していた。
まさか、彼らがイギリスに、まして愛莉と会うことになるんて、とあまりの展開に頭が追いつかない。
そこへ、赤井が話しかけた。
「優作さん、有希子さん、どうしてイギリスに?」
「おぉ、赤井くんに降谷くんじゃないか」
「あらぁ、秀ちゃんに、零ちゃんも来ていたのね。真純ちゃんは新ちゃんから聞いてたけど。久しぶりねぇ」
にこにこと笑う工藤夫妻に皆は呆気に取られながらも、とりあえずは移動しましょうという白馬の言葉に揃ってホテルへと移動することにした。
志保は愛莉と白馬、阿笠博士と共にタクシーに乗り込み、工藤夫妻、赤井、降谷、真純は別のタクシーへと乗り込んだ。
無言で座る志保に、愛莉はどうしたのかて見上げていたが、彼女に反応はなく、黙ったままだ。
愛莉は隣に座る白馬を見上げて、少し悲しそうな顔をしていたので宥めるように白馬は笑いかけた。そして、愛莉を通して、志保の手に触れると握りしめた。
ハッとして、白馬に顔を向けると彼が微笑んでいる事に目を見開いた。
「志保さん、大丈夫です。僕が、います」
はっきりとそう話す白馬に志保は目を泳がせていた。握られた手を引こうとしたが、ぐっと掴まれたままに口を開いた。
「僕が、あなたと愛莉さんを守ります」
真摯な眼差しに、志保はどきりとしながら白馬を見つめた。
その眸は揺るがないと言わんばかりに真っ直ぐ志保を見つめている。
「……、白馬くん…?」
「ママとパパ、らーぶらぶ」
「こ、これ愛莉くん!」
二人の間にいた愛莉の言葉に博士が嗜めるが、愛莉は志保と白馬を見上げてニコニコと嬉しそうにして、両腕に組んだ。
タクシードライバーも『仲良し家族だな』なんて軽口を助手席の博士に言って笑っていた。
「日本には言霊というのがあります」
チラリと愛莉を見て微笑む白馬に志保は見つめていれば、志保に視線を向けた白馬はニコリと笑った。
声にせずとも、愛莉さんの父親は僕ですよ、と言っているのが分かった。
「で、でも…」
「いいんですよ」
きっぱりと話す白馬に志保は何も言えずに、ただ愛莉と話す白馬を見ているだけだった。
ホテルにチェックインしてから、志保は案の定工藤夫妻に掴まった。
「志保ちゃん!水くさいわ」
「あ、あの……」
「もうこんなに可愛い女の子産んだなら教えてくれても良かったのに!!」
新ちゃんから聞いてびっくりしたのよ!と可愛らしく頬を膨らませる有希子に、志保は何と言えばいいのか分からなくていた。
博士も申し訳ないとばかりに、頭をかいているが別に博士のせいだなんて思ってはいない。
「有希子、落ち着きなさい。志保くんも、愛莉くんも驚いているよ」
見れば愛莉は恐々といった様子で、志保の太ももあたりから顔を覗かせて有希子を窺っている。
叱られていると思ったのか、心配そうに何度も志保を見上げていた。
志保は直ぐ様、愛莉と視線を合わせるようにしゃがみ込むと「大丈夫よ」と声をかけた。
「あら、あららら。やだわ!愛莉ちゃん、ママをいじめてる訳じゃないのよ?」
にこーっと笑いながら有希子が話しかけると「ほんと…?」と小さく声をあげた。
「ほんとよ?ごめんなさいね、びっくりさせちゃって。私ね、愛莉ちゃんに色々お洋服を買ってきたのよ〜」
「おようふく?」
「ええ、博士から愛莉ちゃんの写真を見せて貰ってね。似合いそうなのいっぱい買ってきたのよ〜」
愛莉は博士と有希子を交互に見て、博士が嬉しげに笑うとようやく、有希子にも笑ってみせた。
「ワシも愛莉ちゃんにお土産いっぱい持ってきたぞ」
「ほんと?おじいちゃん!」
「あぁ、白馬くんにも手伝ってもらったぞ。絵本じゃよ」
「パパに?」
博士が大きい袋を手渡すと愛莉は楽しそうにそれを受け取った。「ママ、あけていい?」と訊ね、頷くと博士の横にちょこんと座り、袋から絵本を出した。
アルファベットしか見たことがない愛莉にとって、平仮名は不思議に見えたらしく、首を傾げた。
おじいちゃん、これなに?と聞く愛莉の横に有希子も腰を下ろした。
「ひらがなという文字じゃよ。日本語で書かれておるんじゃ」
「ふーん」
「あら、愛莉ちゃんは文字読めるの?」
有希子が首を傾げるので、志保は苦笑いをしながら口に出した。
「日本語はなんとか喋れるんですが、まだ文字までは分からないので、とりあえず絵本からと思って博士に頼んだんです」
なるほどと有希子は頷いた。そこで優作が志保に話しかけた。
「さすが、志保くんの子供といった所だね。頭が良いようだ」
「お世話になっている教授が愛莉を可愛がっていて、色々と教えているのもあると思いますが」
「いやいや、それでも2歳であの吸収力はすごいよ。喋るのだけでも、二か国語も話せているようだし」
「日本語は私とメアリーがいますし、周りが英語ばかりですから」
「周りに恵まれて育っているようだね」
「そうですね、恵まれています。あの子も、私も」
ふふ、と愛莉を見つめて笑う志保を見て、優作は驚いた。随分、柔らかく笑うようになったものだと。
「志保さん、」
「白馬くん、どうだった?」
「あ、パパぁ〜、ますみちゃーん」
声を掛けてきた白馬と、一緒に部屋に戻ったに真純に愛莉が絵本を持って走り寄った。食事の予約の為に席を外していたのだ。
「みてみておじいちゃんにもらったよ」
「良かったじゃないか、お礼は言ったのかい?」
「あ!」
「言っておいで」
「はーい、おじいちゃーん…」
ぱたぱたと走り戻ってくる愛莉の姿に、博士も有希子も笑顔で対応している。
可愛らしく「おじいちゃん、ありがとう」なんて言われた博士はもう顔が緩みっぱなしだ。
「それで、予約は大丈夫だった?」
「はい、滞りなく」
「なら良かったわ」
「すまないね、白馬くん」
「いえ、工藤優作さんとご相伴出来るなんてこちらこそ願ってもない事ですから」
白馬と優作が会話している隣で、真純が呆れながら志保に話しかけた。
「秀兄たちが愛莉に何を着せようかと昨日の服を取りに戻ったよ」
「……また、あの人たちは…」
昨日の事を思い出し、志保は頭が痛くなるような気がした。
「あらやだ!私も愛莉ちゃんにお洋服沢山持ってきたのにー」
「おっと!ここにもまだいたんだね、愛莉のスポンサーが」
「そうみたいね」
肩を竦める志保に真純はどこかホッとした。
空港で彼らを見た時は随分と硬くなっていたが、今は大分落ち着いているようだ。
驚いたのは自分たちもだが、彼女の場合それだけではないのだろう。愛莉を頻りに気にしていたし、それは工藤夫妻もだ。
彼らも何かを察しているのか、しかし肝心な事は分からないままだ。それは彼女もだし、日本にいる彼もだ。無関係という訳ではないだろう、でも、彼の言動、行動からは何もないのだから、分からなすぎる。
だが、そんなものどうでも良いと思えてきた。
彼女─志保が自分だけの子だという愛莉を見ていると、それでいいじゃないか。と思えてくる。
彼らに何があったのかなんて、どうでもよくなってきたのは愛莉の存在が、志保を柔らかく幸せにし、周りにも微笑みをくれるからだ。
父親が誰か、なんてそんなのは白馬でいいじゃないか、とも思っている。
日の浅い、秀兄や零さん、阿笠博士、工藤夫妻は気にするかもしれないが、少なくともボクやママ、志保のところのプロフェッサーたちは愛莉のパパは白馬でいい、白馬だ、と思っている。
愛莉の事を知ってから、認識されるようになってから白馬は愛莉を慈しみ、大事にしてきた。それは志保に対してもだ。慈しみ、大切に扱っている。それは最早『愛』と呼ぶしかない。
だから──だから、もし、どんなことがあろうと、志保が嘆くことがあるとしたら、誰であろうと志保も愛莉も守ってやろうと思っている。
例え、それが愛莉の血の繋がった人達であろうと。
2017/06/08