報われない恋の話
「志保さん」
構内で声を掛けられ、志保が顔を上げれば、そこには片手を上げてにこやかに笑う白馬 探の姿があった。
「あら、白馬くん」
「良かった、見つける事が出来て」
「何かあったかしら?」
「はい、一緒に食事でもと思いまして」
「奢りならいいわよ」
「僕から誘ったのですから、支払わせることなんてしませんよ」
そう言って笑う白馬に、志保も柔らかく微笑んだ。
日本からイギリスへと渡り、早二ヶ月が過ぎた。
白馬に会ったのは本当にたまたまだった。志保が住むアパートの近くで殺人事件が起きたのだ。大学からの帰り道、人混みに何事かと思っていると、地元警察の刑事たちと話している白馬を見掛けたのだった。
見知った姿に、互いに驚いたのは仕方なかった。
そもそも彼に会ったのは日本であり、しかも工藤新一を介してではなく、西の探偵 服部平次を介してだった。
一応、面識がない新一と白馬であったが、同じ探偵とシャーロキアンという共通で話が盛り上がり、何故か志保にまで紹介されたのだ。
そこから、工藤新一に似てる友人がいると、彼が黒羽快斗を連れてきた。
どこか苦笑いをする黒羽に、新一も志保も、もしかしたらあのキザでハートフルな泥棒ではないかと思ったくらいだ。そして、それは多分当たっている。
あまり日本では会話をしなかった白馬だが、志保が新一の助手兼相棒と紹介したせいか、事件について相談されたのだ。
「女性に死体を見せるのもどうかと思ったのですが」と言われた時はどこぞの探偵たちとの差に、目を見張ったものである。
しかし、毒殺だという事件に、あの探偵たちで慣れていたせいか良かったら協力すると言ってしまった。
志保の知識もあってか、犯人を割り出した白馬が彼女に興味を持つのはごく自然なことかもしれない。
「え、留学ではないんですか?」
何故、イギリスに?という疑問に、志保は苦笑いしながら答えた。
そう留学ではないのだ。組織とは全く関係ない、アメリカ留学時の教授の助手として研究を手伝っているのだ。
新一たちに留学だと言ったのは短期間で戻るというウソである。そうでもないとあの場所から離れないと思ったのだ。日本ではなく、海外なのは物理的距離があるから。
あの二人の姿を見たくない──そんな本音を隠したかったのだ。きっと赤井や降谷は気づいているだろう。そして、それを黙って見守ってくれているのだ。
「今日はもう仕事は終わったんですか?」
「いいえ、お昼を済ませてから実験があるのよ」
「それは残念です。ランチの後は一緒に出掛けられたらと思っていたのですが」
「あら、それはごめんなさいね」
「また次回、誘わせて頂きますよ」
「ええ、よろしくね。とりあえずは一緒にランチにしましょう」
「美味しいランチの店を見つけたんです」
「貴方が奨めるなら楽しみね」
白馬にエスコートされながら、志保は自分が笑えている事に安堵していた。
イギリスに来た当初は、新一との事もあって凄く不安定になっていた。
──どうして、その思いだけが強く、夜もなかなか眠れずにいた。
どうしても何も、彼は間違えただけなのだ。
志保と彼女を間違えただけ、それだけ。
でも、それでも、一瞬だけでも幸せだと思った。
彼が、彼を好きだったから、泡沫でも良いと思えたのだ。その後の絶望感はどうしようもなかったが。
そんな落ち込んだりしていた時に白馬に再会したのは、志保にとって良かったのかもしれない。
彼は何も知らない。
不安定な志保に対して、勘違いとはいえ、言ったのだ。
「知らない場所で、知り合いがいるのといないのとでは、かなり違いますよ。少なからず安心するじゃないですか」
自分はこんなに弱かったのかと戸惑っていた志保は、泣きそうになった。
そうか、心細かったのかと。
誰もいないから泣くのかと思っていた。違う、誰かがいるから泣けるのだと。
昔の、宮野志保ならば分からない、分かるはずもないが、灰原哀を経験したからか、ほんの少し、いや、結構分かる気がした。
「僕は志保さんとこうして会えて嬉しいですよ」
「……そうね、私も……貴方がいてくれて、少し心強いかもしれないわ」
それから、白馬は何かと会いに来てくれた。
たまに、本当にたまに、事件について相談されたりもした。それが少しだけ懐かしく思えたりもした。
互いに母親がイギリス人という共通する部分もあってか、日本にいる時とは比べられないくらい親しくなっていた。
連れられたカフェで紅茶を飲みながら、当たり障りのない会話していると、白馬が志保の顔をまじまじと見つめた。
「どうかした? 貴方が顔をじっと見るなんて、何か付いてる?」
「いえ、体調の方は良いようですね」
「え?」
「前は随分と体調を崩されていましたから」
「…あぁ、こっちに来た頃はね。今はもう大丈夫よ」
「なら、良かったです」
一月前は来たばかりに加えて、彼との出来事があったから体調を崩していたのだ。
真っ青な顔を見せたからか、白馬は心配していてくれていたようだ。
「面倒見が良いのね」と言えば「体調を崩している女性を放ってはおけませんから」と笑っていた。
探偵というのは気障じゃないとやれないのかしら?なんて考えたが、あの大阪の探偵さんを思い出したら、そうでもないわね、と笑っていると白馬にどうしたのかと訊かれた。
自分の考えた事を告げれば、互いに笑いあった。
近々、日本に戻るという彼に、私に会った事は秘密にして欲しいと頼んだ。
何故ですか?と問う彼に、心配掛けなくないのよと言って誤魔化した。
そもそも彼らに会うことはないとは思うが、念のためにだ。
彼を想うとまだ胸が痛いが、彼らが幸せになっているだろうと思いながら、紅茶を飲んだのだった。
2017/05/11