いつからか軋んでいた

名探偵コナン

大学を卒業し、探偵事務所を立ち上げ、ネームバリューもそこそこだったお陰か順調に依頼はあるし、警察からの協力要請もある。
友人たちはそれぞれ忙しそうだ。服部と白馬は警察学校に通い、黒羽は海外へと若手マジシャンとして活躍している。
そんな秋の日、事務所を閉め、新一は祝儀袋をスーツの内側に入れて、身支度をしていた。


大学の卒業式、世良から金屏風で封された封書を渡された。
照れながらも「来てくれよな」と明るく言った世良の相手が降谷さんだと知り、驚愕したのだった。
服部も驚いていたが、黒羽と白馬はそんなに驚いておらず「知っていたのか?」と訊けば、なんとなく知ってた、2年前から交際されていましたよ、とさらりと言われたのだった。
しみじみと黒羽に『東西探偵くんたちは恋愛事に鈍いね』と言われてしまった。
園子も渡されたらしく『世良ちゃんに先越されるとは思ってもみなかったわー』と嘆いていた。
世良は『相手が相手だからね、出来るうちにしておこうってなっただけだよ』と八重歯を見せながら笑っていたが、女らしく幸せそうであった。
あれ、こんなに可愛かったか?と見ていると、傍らにいた黒羽が『真純ちゃん、幸せオーラで可愛くなってるねー』とおどけていた。
なるほど、幸せがこうして世良を笑顔にさせていくのか、と思ったくらいだ。
式は色々準備があるから10月なんだ、と言っていた。
みんな忙しいと思うだろうけどよろしく頼むなーと言って、迎えに来た降谷さんの車に乗って帰っていく。
卒業式は迎えの車でごった返していた。園子も『真さんが迎えに来てくれたわー』と嬉しそうに笑いながら、卒業の余韻もなく『じゃあ、アンタたちまたねーー!!』と元気に帰っていった。
なんだかんだと園子とは幼稚園から大学まで一緒だったという稀有な関係だったせいか、またいつでも会えるだろうと思うと、笑えてくる。
どうせ夜は我が家で卒業パーティーと称した飲み会があるのだからと服部や黒羽に買い出しを頼んだ。白馬も珍しく手伝いますよ、といい、夜は蘭や園子、京極さん、世良や中森さんを交えての飲み会となった。
蘭が和葉ちゃんは来ないのかと服部に訊けば、さすがに大阪から卒業式終わって早々に呼ばれへんし、あっちも友人で卒業パーティーするやろ、と笑って言った。蘭は残念がっていたが、和葉には和葉の付き合いというものがある。
寧ろ、蘭は大学の友人とかとは良いのか?と訊ねれば『こっちには園子も世良さんもいるじゃない』とよく分からない回答をされた。
女性陣たちは世良を囲み、いつからなのか、プロポーズはどうだったか、式はどんなのにするのかと騒いでいた。
男性は男性で、女性陣には聞こえないように大学卒業してすぐに結婚は無理だろと話している。
仕事を始めるとしていてもまだまだ安定すらしていないのに、家庭を持つなんて無謀である。
世良の場合は相手が降谷さんだから出来る事だ。
そんな事を話していると、女性陣が騒いでいる。といっても一番騒いでいるのは園子だ。
見れば、チラチラと蘭がこちらを伺っているのが分かる。蘭とは一応付き合っている。
二十歳のバレンタインに毎年恒例のチョコを渡された。『いい加減、はっきりしてよ。私はずっと新一が好きなのに』と涙ながらに訴えられた。
互いに忙しく、なかなか会えないのもあったし、この距離感が居心地良くていたのに、とうとう言われてしまった。
『俺も、蘭が好きだよ』と言えば泣きながら抱きついて『もっと早く言ってよ!待ってたんだから!!』と責められた。
そんな事を言われてもなぁ、と内心思ったのは秘密だ。お付き合いが始まっても、相変わらず出かける先々で事件が起こったりしては『またデートが潰れた』と嘆く蘭に『悪かったって!』と平謝りをするが、別に自分が事件を起こしている訳ではない。
幼なじみという気安さがあるせいか、蘭も『大馬鹿推理之介』『ホームズオタク』と相変わらず軽口を叩いてくる。
服部が居候しているせいか、突然家に来る事はないが、一人暮らしをしていた時のように食事や家事を手伝いに来ることもあった。
『どうせ、新一たちのことだから、ロクなの食べてないんでしょう』
そんな事を毎度言うが、服部が居候してから黒羽や白馬も訪れることが多くなったせいか、それほど食生活に乱れはない。なんたって黒羽が作ってくれたのだ。
掃除も白馬が散らかってますよ!と怒鳴るので片付けるようにもなった。
敢えて言うまでもなく、そのままでいたら変な方向に受け取ったのか、『服部くんと揃って浮気してるんじゃないでしょうね』と言われる始末だった。
誤解は解けたものの、そんなに信用がないのかとがっかりしたのは自分だけの秘密だ。
蘭が自分の両親のように二十歳で結婚したがっていたのは知っていたが、それを叶えようとは思えなかった。母さんも煩いがいつの間にか言わなくなっていた。
前は、蘭の願いを叶えたい、叶えてやろうとは思っていたが、コナンから新一に戻ってからはどんな願いも叶えやるのは無理だった。
復学の為の勉強が終わっても、受験生である事、大学に入ってからはすれ違いもあったし、互いに忙しかったのだ。園子から散々せっつかれたし、怒鳴られたりもした。
『蘭が優しい子だからって甘えてるんじゃないわよ、新一くんっ!!』
どちらかと言えば、甘えているのは蘭だろう、とひねくれた考えが過った時は自分自身に驚いた。
そもそも、ロンドンでの告白から結局蘭からはちゃんとした返事は寄越されないまま、ずっと隣で笑っていたのだ。
『私の気持ち知っていたでしょう!』と二十歳の時に言われた時は、言われなきゃ分からねぇよ、と思った。コナンとしては知っていたが、工藤新一としては言葉にしてもらえていなかったのだか。だったら、お前から言えよとも思った。
なんでもかんでも男側からやるものだと思っているのだろうか、と。一見、男を立てているとも思えなくもないが、それは違うだろう。
だから、二十歳を過ぎて、付き合い始めてからも蘭は待っていたようだ、俺から『結婚しよう』と言われるのを。
きっと今も、園子あたりから『蘭たちもそろそろなんでしょう』と言われて、満更でもないくこちらを様子見しているのだろうとありありと分かったが、素知らぬふりをした。
当の園子は京極さんとは婚約はしているが、鈴木財閥の後継者としては実績はないのに結婚だなんて出来なかったそうだ。
いずれは代表になるとはいえ、株主や役員、そして社員に認められるようにと父親やあの叔父からまずは一社員として働けと言われ、その意向に従うようだ。まぁ、順当に地位を上げて、早々に役員になるのだろう。それからでも遅くはないと京極さんと話し合ったそうだ。
京極さんも鈴木財閥から後押しされ、世界大会などに出ているが、園子の父親に頭を下げて経営学を学んでいるらしく、園子を支え、頼れる人間になりたいと言ったそうだ。
その時の園子が嬉しそうに『真さん、私の事を考えてくれてるのよぅ』と全力でノロケていた。
なんとなく、園子と京極さんの関係が羨ましくなったが、蘭が『私も新一の為に頑張るからね』と言っていた。しかし何を頑張るのかよく分からなかった。でも蘭が笑っていればそれでいいと思えたのだ。



今日の結婚式には、赤井さんたちは勿論、公安の人々も来るという。その中には宮野もいるという。
結局、彼女は留学ではなく仕事としてイギリスに滞在したまま、帰って来なかった。
会えなくなって、もう五年も経過している。
博士たちの話では元気にしているらしく、娘とメアリーさんと仲良く暮らしていると聞いた。

なんで──話してもらえなかったのだろう。
博士は、父親代わりだったから当たり前だが、世良も白馬も知っていて、相棒である自分は教えてさえもらえずにいた。

「おお、新一、準備は出来たかのぅ? 蘭くんも乗せて行くんじゃろ?」

阿笠邸に入れば、博士はしっかりと正装をしてデカイバッグを持っていた。

「何、入ってんだ? そのバッグ」

「これか? 今日は愛莉ちゃんがベールガールをすると言っていたからのぅ。カメラでしっかり撮るんじゃよ」

「…………へー」

そろそろ行くか、とカメラが入ったバッグを車に載せる博士を見て(そうか、来てるんだったな)と思った。

「博士、運転は俺がするって」

「ん、そうか?」

運転席に乗り込もうとした博士を制止、自分が運転席に座ると博士が助手席に乗った。
毛利探偵事務所前まで行くと、パーティドレスを着た蘭が手を振っていた。

「おぉ、蘭くん。着飾ったのぅ、似合っとるぞ」

「ありがとう、博士。新一が運転なの?」

「あぁ、たまに運転してみたくなるんだよ、ビートル。いいから、早く乗れよ」

「うん、分かった」

博士が一回降りてから、後部座席に蘭が座り、博士も再び乗り込んでから車は発進した。
蘭は結婚式楽しみ、世良のドレスがどんなのかと話している。博士も昨日から日本に来ている宮野の娘のドレス選びで大変だったと笑っていた。
なんでもその娘が着るドレスを降谷さんが用意したにも関わらず、赤井さんが用意したと聞きつけ、少女を真ん中に「「どちらを着る?」」と迫ったそうだ。
まだ4、5歳の女の子を前に何をしているんだろうと思わず笑ってしまった。
結局、宮野の執りなしで降谷さんの結婚式なのだから彼に花を持たす形になり、花嫁である世良はケタケタと笑っていたらしい。

「愛莉ちゃんは天使のように可愛いんじゃあ〜」

ジジバカである博士はニコニコと笑い、蘭もそんなに可愛い子がいるんだ、と笑っていた。
博士とどんな関係があるの?と訊けば、宮野は娘のような存在で、その娘は自分の孫だという博士に、そんな人がいたんだねー、と話していた。
新一も知ってる人?と聞かれ、ああ、とだけ答えた。
知ってるに決まってるだろう、アイツは俺の相棒なんだから、と心の中で答えた。
アイツとの付き合いはたった1年弱だが、とても密接で濃厚だったのだから。
そんな事を考えているうちに式を挙げるホテルへとたどり着いた。
なんでも園子が世良に対し、良かったらサービスするわよ!といって直営のベルツリーホテルを紹介したらしい。中庭はガーデンパーティも出来るし、ホテル内にも、そして外にもチャペルが併設されているらしい。

「あ、らーん!こっちこっち!!」

「園子!和葉ちゃんも!」

「世良ちゃんの控え室行きましょうよ」

「待っててくれたの?ありがとう!新一は?どうする?」

「俺は別にいいよ、降谷さんの所に行ってくる」

「えー」

「いいよ、いいよ、世良ちゃんのウェディングドレス姿は安室さんが見るべきなんだから」

「園子、降谷さんだよ」

「あ、間違っちゃうのよね。じゃあ、新一くん、後でね」

「あ、平次も降谷さんとこおるから、工藤くん」

「ああ、分かった。ありがとうな、遠山さん」

蘭や毛利のおっちゃん、園子には降谷さんは捜査の一環で安室零という偽名を使っていたことは話したが、それ以上の事は話していない。
無論、二人は理由を聞きたがったが、守秘義務がありますからと有無を言わせない笑顔で黙らせたのだ。毛利のおっちゃんは元刑事というのもあったから、大人しくそれを了承した。
毛利のおっちゃんは降谷さん側の招待客として呼ばれているらしく、妃弁護士も一緒にいるのだろう。
博士は着いて早々に世良側の控え室へ向かったようだ。
控え室の案内を見ながら、歩いていくと丁度トイレから出てきた服部と黒羽に会った。

「おー、工藤。今着いたんか?」

「あぁ、オメーらもか?」

「ああ。先に世良のねーちゃんトコ行ったろ思ったんやけど、和葉と鈴木のねーちゃんに止められてな、そしたら丁度黒羽に会うて降谷さんトコに顔出そうと思ったんや」

「俺は志保ちゃんに会いたかったんだけどねー」

「アイツ、もう来てるのか?」

「でもちょうど席外してるみたいでさー」

見当たらないんだよねー、と口を尖らせる黒羽に「へー」と返しながら、三人で控え室へと向かった。

「あー、あそこやな」

服部が『降谷家 控え室』という立看板を指差した時に、その扉が開いた。
出てきた幼女に三人揃って立ち止まった。
くるりとこちらを向いたその幼女は石灰のような真っ白な肌、さらさらとした薄い茶色の髪、そして、聡明さを滲ませる蒼い眸。

───ドクン、

心臓が大きな音を出した。
あれは、あの女の子は、

「は、灰ば「パパ!!」ぇ、」

灰原そっくりの女の子は嬉しそうに笑いながら、走ってきた。


2017/06/16


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