足踏み状態の恋

名探偵コナン

「おはよう!新一」

「ふぁあ、はよ、蘭」

「もう朝からあくびなんかして」

「朝だからだろ」

他愛もない会話をしながら、蘭と朝の登校をする事に戻れたと実感して、慣れたのは最近だ。
あの「黒の組織」と決着をつけ、灰原──宮野が寝る間も惜しんで生成した解毒剤を飲んでからもう4ヶ月も経っていた。
元の身体に戻り、嬉しさのあまり検査をするといった宮野の言葉を振り切り、待たせていた幼馴染に真っ先に会いに行った。
ボロボロと涙を溢しながら抱きついてきたのを抱きしめたのは、今思い出しても恥ずかしい。
厄介な事件は解決した、戻ってきた、と言えば、嬉しそうにしていた蘭だったが、その後は待たせ過ぎよ!と空手技をかけられたのはいつも通りだった。
その後は学校に復学する為に、補習やらテストやらど毎日毎日勉強尽くしだった。
それはそうだ、高校2年の授業をほぼ受けていないのだから。蘭にみてもらえば、それを聞きつけたらしい服部が「勉強見てやるで」と現れた。だが使っている教科書が違ったのか、服部は白馬を呼び寄せた。
工藤新一としては面識がないのに、何をいきなり呼んでんだ!と服部を睨みつけたが、白馬もホームズファンだったし、父さんの「闇の男爵」シリーズのファンだという事もあって、服部のようにギスギスとした感じにはならなかった。まぁ、二人の性格もあるのだろうが。
そして、白馬は「工藤くんに似ている友人がいるんです。会ってみませんか?」と黒羽を連れてきた。
黒羽快斗──会った瞬間にあれ?と思ったのは俺だけではなく、これまた服部に連れて来られた灰原──宮野も眉を潜めた。
互いに顔を見合わせ、(怪盗KIDじゃね?)(私もそう思うわ)と目で会話したくらいだ。
似ているとは思っていたが、これほどだとは思わなかった。服部が「まるで双子やな」という位、似ていたのだ。
KIDだけに、マジックの腕前は流石だし、頭の回転も早い黒羽は、騒がしい服部と意気投合していた。
案外似ているのかもしれない、なんて言えば「気障な所は貴方も同じじゃない」と宮野に笑われた。
似ているからかは分からないが、意外なくらいに俺、服部、白馬と黒羽の四人で友人関係が出来上がっていた。
話題も選ばず、知識も互いに高められる相手が一気に増えて、俺も嬉しかったのかもしれない。
その中に宮野も入っているのは当然で、アメリカで既に大学を出て博士号まで取得している彼女に黒羽はよくちょっかいを出していた。
聞けば「あんなに美人で綺麗なのに頭も良いなんて凄いじゃん!」と嬉しそうに話す黒羽に、宮野の顔をまじまじと見てみた。
灰原の時から知っているからか、あまり意識していなかったが、染めてなどいない美しい髪に、真っ白な肌、縁取られているかのような長い睫毛に知的な翠色の眸。一般的に彼女は美しいのである。
外見は冷たい印象を残す美しさだ。それに違わず彼女はクールであるが、実は他人を思いやる優しい人間だという事はコナンの時から知っている。
まあ、その優しさは主に博士と彼女の親友に向けられていて、自分には冷たかったけれども。
それでもテスト勉強に付き合ってくれたのだ。改めて彼女の聡明さを知れたくらいだ。
その上、阿笠邸では食事の面倒を見て貰ったりもしていた。
そんな彼女は今、イギリスへと留学している。
大学なら日本だっていいだろう、と言えば、母親であるエレーナさんの故郷へ行ってみたいらしい。
幼児化した者同士で出発する前夜に飲み会をした。
次の日、いつの間にか寝ていた俺に「酔っぱらいの相手は大変だったわ」と呆れられた。
頭がガンガンする中、どこかスッキリもしていて、「何かしたか?」と問えば、一瞬顔を強張らせたが、「服を脱ぎ始めたのよ、やはり未成年の飲酒は危険よ」と睨まれた。
俺、酔うと服を脱ぐのかよ、と頭を抱えた。
宮野は苦笑いをして、手を差し出してきた。

「なんだ?」

「改めて、お礼を言おうと思って」

「お礼?」

「えぇ。貴方のおかげで私は自由になれた。貴方がいたから、逃げずに頑張れたわ」

「……宮野…」

「本当に、本当にありがとう。貴方に出会えて良かった、工藤くん」

「……俺も、ありがとな。解毒剤の事も、事件で色々サポートしてくれた事も。俺もお前がいて良かったぜ。最高の相棒だよ、オメーは」

ありがとな、と手を握れば、笑ってくれた。
それがどこか切なげに見えたのは、明日からもう日本にいないからなのかもしれない。

「博士や少年探偵団のこと、頼むわね」

「ああ、大丈夫だ」

「……後、いい加減、蘭さんとくっつきなさいよ」

「う、うるせー!」

「…………元気で」

「あぁ、オメーもな。休みの時は戻ってくんだろ?」

「…………そうね、博士のこと、心配だしね」

「だったら、そんな顔すんなって」

「……そうね、」

まるで二度と会うことがないような表情を見せる宮野に少しだけ戸惑った。
メールだって電話だって出来るのだから、それほど寂しがることもないだろう。
隣の阿笠邸は彼女の実家なのだから。
留学が終われば、此処に戻ってくるのだから、何の心配はいらない。
彼女が戻ってくる頃には大学にも通っているだろうし、そうしたら、また色々と協力してもらえる。
それまでは、高校を真面目に通って勉強に集中しなければならない。


「新一?」

「ん、なんだ?」

思い耽っていたからか、傍らの蘭が顔を覗き込んできた。

「今日の放課後、久々にお茶しない?」

「補習終わってからならいいぜ?」

「部活あるから大丈夫よ。じゃあ、約束ね」

「あぁ」

嬉しそうに喜ぶ蘭を見て、思いを告げようとは思っているが、やはりなかなか言い出せずにいた。
格好つけようとしている、と言われたがやはり情けない姿は見せられない。せめて補習が終わってから、なんて考えていた。
それに、既にずっと一緒にいるのだから不満なんてなかった。以前と変わらない生活に、戻ってこられたんだと俺は思っていたのだ。

それが進んでないということに気付かずに。


2017/05/13


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