授けられる愛に戸惑う

名探偵コナン

体調の変化に気づいたのは、イギリスに来て早5ヶ月も過ぎた頃だった。
渡英した時は彼との出来事と環境の変化で体調を崩していたが、白馬と会うことが増えてからは収まっていた。
だが、この頃はやけに眠い。元々夜型だし、熱中すれば飲食を忘れて、研究ばかりしていた。
だからこそ、こんなに眠いことに違和感を感じていたのは確かだ。

「疲れてるのかしら?」

自覚も無しに疲れていて、身体は素直に休むことをを求めているのかもしれない。
幸い、教授から「根を詰め過ぎだよ、休みなさい。シホ」と言われてしまえば反論することは出来なかった。
時間があるとなると、未だに片付けられていない荷物を片すか、それともどこかに出掛けてみようかと考えた。
残念な事に、今 白馬は日本に帰国しているので誘う相手も居らず、志保は家の片付けをすることにした。
そうはいっても元々綺麗に片付けることにしていたから、まだ段ボールに入っているのを本棚に並べる程度であった。
宝物として持ってきた箱を開けると、探偵団のあの子達から貰った手紙やプレゼント、みんなで出掛けた時の写真などが入っている。
もちろん、タブレットにも入ってはいるか、こうして、写真立てに入れ換えるのもまたいい気がしている。
みんなで撮った写真には、大体 灰原哀の隣には江戸川コナンの姿がある。
歩美との写真も多いが、こうして見ると灰原とコナンが一緒に写っているのも意外と多い。
ふっと笑みを溢しながら、スナップ写真を眺めていくと次に現れたのは、解毒薬を飲んで元の身体に戻ってから撮った写真だった。
博士と一緒に写したのから、新一の両親に挟まれている写真。哀と有希子の写真もあったりもした。
多分、組織との戦いを終えて、怪我が治ってからのだ。哀だけが抱きしめられている写真、哀とコナンを両腕に抱いている写真。
続いて、赤井や降谷、ジョディたちとの写真、志保と新一の姿に服部、黒羽、白馬も揃っている謎の5ショット。
面白がって有希子が撮ったのだ。
新一と黒羽が似たような服を着せられてポーズを撮らせられたり、何故か志保に跪く四人の姿。
そして、新一とのツーショットに、志保は眸を細めた。
あの夜の事を未だに思い出すのは、まだ彼に未練があるからなのだろう。
だが、彼は何も覚えてはいなかった。
それは志保にとって良かったのか、なんなのか。
覚えていたら、どうなったのだろう。
きっと、顔を真っ青にして一頻りに謝るのだろう。
だって彼には、エンジェルと云われる彼女がいるのだ。
お姉ちゃんのように、健気で優しく強い存在が。

志保は顔を歪ませながら、写真を宝箱へとしまう。
あれから5ヶ月──博士とは連絡もしているし、たまに黒羽くんからもメールが届く。
赤井や降谷も勿論連絡をくれているし、服部はもとよりそんなに連絡をし合うような関係ではない。
そして、新一からは連絡はない。
忙しくなるから連絡はあまり寄越さなくていいわよ、なんて言ったのを覚えているのか、連絡は来ない。

「所詮、そんなモノだったのよね…」

友達という関係ではなかった。
自分たちは運命共同体で、相棒だった。
今は、なんなのだろう───。
ソファーに寝そべり、顔に腕を乗せた。
ああ、また、眠くなってきた……どうして、こんなに眠いのだろうか……。
昨日もその前もなんだかんだと寝ているというのに。ふぅ、とため息をついてこのまま寝てしまおうかと思った時、ある事に志保は瞑っていた眸を開けた。
ガバッと身を起こし、手帳をバッグから取り出して広げると、確認するように指折り何かを数えた。

「…………そんな…」

いや、そんな筈はない。
そう思い、頭を横に振った。だが、カタカタと手が震えているのが分かる。

「…まさか、そんな訳ないわ」

震える手をギュッと握りしめるが、言葉も震えているのが分かる。
暫く、黙って動かずにいた志保だったが、バッグに財布があるのを確認してから、鍵をもって外に出たのだった。




近くのドラッグストアから帰宅し、紙袋に入れられた箱を取り出す。
それを眺めては、モヤモヤする思いに投げ出してしまいたくなる。
でも、確かめなくてはならない。
志保は覚悟を決めると、それを手にトイレに入った。結果はすぐに分かってしまった。

床に落とされたそれ──妊娠検査薬にはラインが入ってあり、陽性は妊娠していることを表している。

ドアに凭れるようにずるずるとしゃがみこんだ。

──なんて、いうことだろうか──

身に覚えはあった。それでも、あってはならない。
今、このお腹の中には彼との子供が育まれているだなんて。
どうしよう、どうしたら……志保は頭を振り、考えた。
生むの? 堕ろすの?
いえ、待って!今はもう……無理なんじゃ…。
妊娠初期の症状はなかった。
確かに食の好みは若干変わった気がしたが、大したことはないし、環境の変化だと思っていた。
悪阻、という一般的に思われる吐き気なんてのはなかった。
確かに必ずしも悪阻が出るのは限らない。悪阻が酷く、食べることも出来ずに妊娠しているにも関わらず一気に痩せてしまい、入院することもある。逆に食べ過ぎてしまう人もいる。ならばそのような症状に気づかないパターンもある可能性もなくはない。それが自分だと、志保は思った。
あれから、5ヶ月──既に安定期に入っているのは変わらない。多分20週は過ぎているだろう。
堕ろすことなんて無理だ──。
堕ろす?この子を?工藤くんの子供を?
出来る訳がない。だって、間違いだとしても、私は、私は……彼が欲しかったのだ。一度だけでも彼に抱きしめられたかっただから。
まだそれほど膨らみも見せないお腹を撫でる。本当に?本当にいるの?
どうする?どうすればいい?
一度に考えることが大きすぎて、志保は頭が痛くなり、こめかみを押さえた。
しかし、考えなくてはならない。
志保は眼を閉じて、まずすべき事を頭の中で整理していく。
そして、スマホを手に取ったのだった。




志保が頼れる相手は限られている。
ただ、今回だけは博士や赤井、降谷はもちろん除外される。
ならば女性と考えるが、ジョディでは赤井に筒抜けになるだろうし、有希子に関しては問題外だ。きっと一番頼りになる人ではある。しかし、お腹の子の血縁である以上、無理なのだ。
志保は病院へと向かい、妊娠検査薬では陽性だと伝えれば、それなら間違いはないだろうと言われて、すぐにエコーで受診された。

「うん、いるね。おめでとう」

医師の言葉に、志保は眸を瞑るしかなかった。
周期は予想通り20週は越えていた。
今まで気づかなかったの?と問われれば、はい。としか言えなかった。

「初期症状は出なかったという訳か……まぁ、症状は個人個人ですからね。でも既に安定期に入っているとはいえ、気をつけて下さい。子供は神様からの贈り物ですよ、大事になさって下さい」

贈り物、宝物……確かにこの子には何の罪もない。
出来るならば、産みたい。
彼に、誰にも知られなくても構わない。
身を抱えるように歩いていると、カツンとヒールの音が響いた。

「志保、久しぶりだな」

顔を上げるとそこには大人の女性が立っていた。

「………貴方」

「やっほー、志保!久しぶり」

呆然としていると、横から体当たりするように抱きついてきた真純に志保は驚きを隠せずにいた。

「ま、真純ちゃん……なんでイギリスに?」

「んー、ママと一緒に里帰りってトコだよ。志保もいるから会いに来たんだ」

「どうした、志保?元気がないようだが」

「そ、そんなことはないわ」

「…………」

「……志保、どうかしたのかい?」

首を傾げる真純はともかく、メアリーの視線に志保は思わず顔を背けた。
メアリーは、母エレーナの姉妹であるらしく、母似である志保は、メアリーとどことなく似ているのだ。
目元は娘の真純にきちんと遺伝しているが、容姿に関してはメアリーと志保が並んだ方が親子に見えるくらいだ。

「真純、先にホテルに戻っていろ。私は志保と話がある」

「えー、ボクは一緒にいちゃいけないのかよー」

「それはこの子次第だ」

「はーい。じゃ、また後でね。志保」

ぶんぶんと手を振って歩いていってしまった真純を見送っていると、肩を叩かれた。

「さぁ、志保。話を聞こうか」

「……………えぇ」

この人の洞察力はなんなのかと、考えたが、あの赤井秀一と羽田秀𠮷、そして世良真純を生んだ母親なのだ。赤井と羽田名人だけを考えても納得が出来る。
隠しても、無駄だと悟った志保は彼女に促されながらも自分のアパートへと誘った。




「妊娠、だと」

「……………えぇ…」

紅茶を淹れて、何か世間話で誤魔化そうとしたが、すぐに「何があった?」と訊いてくるメアリーに志保はこの人に誤魔化しなんて利かないと、口篭りながら、言葉にした。
チラリとメアリーを見れば、眉間に皺を寄せて無言の圧力を加えてくる。
だが、不用意な事は言えないと志保も負けじと無言を貫いている。

「……相手は」

「………いないわ」

「!? 何を言っている、子供が出来たんだぞ。相手がいない訳でもあるまい」

「いないわ」

「まさか、神が子供をお前に授けたと言うのか」

「それもいいわね」

ふっと笑い、紅茶を啜れば、ダンッ!とテーブルを叩かれた。

「お前にそのような不埒な真似をした輩は誰だ」

「……お願いがあるの…」

「なんだ」

「この事は、誰にも言わないで欲しいの」

「…………………阿笠博士にもか」

「えぇ、誰にも言わないで、下さい」

土下座をしてまで懇願する志保に、メアリーはため息を吐いた。
亡き姉妹の忘れ形見たる志保がここまでするとなると、相手の事は何がなんでも話さないであろう。
メアリーは志保を見つめて、立ち上がると床に座ったままの彼女を立ち上がらせた。

「妊婦が床に座るな、バカ者」

ぐす、と涙を堪える志保にメアリーは失敗した、と思った。不安なのだ彼女は。
ならば、とメアリーは「分かった。誰にも言わない、教えないと約束しよう」と志保の頬を掴んで顔を見た。

「無論、真純にも秀一にも言わないでおこう。だから、何かあったら真っ先に私に言うのだぞ、どんな些細な事でもいいから」

「………な、んで、」

「可愛い姪が子供を生むのだ。エレーナの、母親の代わりとして助けないでどうする」

「……………ぅ…」

身体を震わせながら、小さな声で礼を溢す志保をメアリーは抱きしめたのだった。


2017/05/15


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