恋いた程飽いた にはならないはずだった

名探偵コナン

博士が入院してから一月経過した。
倒れているのを見かけたのは、たまたま阿笠邸に用事があったからだが、あの時は焦ってしまった。
急いで救急車を呼び、命に別状はないと判断されたが、日頃の不摂生が祟ったのだろう、しばらくは休養するようにと年も取っていた為にこの際色々と検査もしようと、入院が長引いたのである。
病院へと入り、博士の病室へと向かうと個室からは何やら賑やかな声がしていた。

「本当だよ、博士!」

「はい、そっくりだったんです!」

「本当に知らねぇのか、博士〜」

「そうは言われてものう」

どうやら少年探偵団の奴らが見舞いに来ていたようで、入ろうとすればまだ他にも人がいたようだ。

「アンタたちの見間違えじゃないの〜」

「園子さんだって似てるって言ってたじゃないですか!」

「そりゃ、遠目で見かけただけだけど。確かにませガールには似てたわよ」

「でも哀ちゃんじゃないでしょう? だってまだまだ小さな女の子だったし」

「髪も黒かったじゃない」

「灰原さんの親戚かもしれないじゃないですか」

「もしかして、博士の所にお見舞いに来てたんじゃないの? 哀ちゃんの親戚なら、博士とも親戚になるんだし」

「いやいや誰も来とらんよ」

ハハハと乾いた笑いをする博士の声を聞きながら、新一は混乱していた。

「おい、今の話って!」

スライドドアを開ければ、そこには少年探偵団と園子と蘭が来ていた。

「あ、新一お兄さんだ!こんにちはー」

「あ、歩美ちゃん!さっきの話なんだけど!」

小学五年生になった彼女は相変わらず元気らしく、笑顔で挨拶してきたが、新一はそれよりも気になることがあった。
元太や光彦、蘭と園子も新一の剣幕さに驚いている。

「ど、どうしたのよ、新一?」

訊いてくる蘭の声など耳に入らないのか、歩美の肩を掴んでいた。

「さっきの、灰原に似た女の子がいたのか?!」

「………う、うん……。髪は黒かったんだけどね、顔が哀ちゃんにそっくりだったの!」

「はい、灰原さんも綺麗な顔立ちをしていましたが、その女の子も本当に可愛らしくて」

「一緒にいたかーちゃんみたいな人も髪は黒かったぜ、顔は見えなかったけど」

「あれ、親子だったのかな?」

「あの小さな子、『ママ』って呼んでたよ?」

「じゃあ、親子なんだね」

「新一お兄さん、知ってる人なの? もしかして、哀ちゃんの妹とか?」

「………いや、知らないけど……」

ちらりと博士を見てみるが、少しだけ戸惑っているようなのは『灰原』について訊かれたからなんだろうか。
アイツが行方を眩ませてから、四年も経つ。
自分もとっくに成人し、大学に通う傍らで探偵事務所の準備をしている。
小さくため息を吐けば、蘭が困ったように眉を下げていた。

「………あー、つーか、お前ら知ってたのか?博士が入院してたの」

「う、うん。びっくりしたよ。世良さんから博士が入院したって聞いて。早く教えてよね、新一」

「あ、あぁ、悪いな。なんか国際試合とかで忙しいみたいだったからさ、下手に心配させないようにって思ったんだよ」

「そんなの気を遣わなくていいのに。ね、博士」

「 ハハハハ、ありがとうな、蘭くん。園子くんも」

「私は蘭に付き合っただけだから。ケーキ買ってきたのよ、アンタたちも食べなさい」

園子の声に元太は相変わらずやったぁ!と喜び、園子が買ってきただけあって普段なかなか食べれそうにないケーキだけに、歩美や光彦も喜んでいた。勿論、博士もだ。
気を利かせたのか、なんなのか分からないが園子に飲み物買ってきなさいよ!と強く言われ、持ちきれないだろうから蘭も行ってあげてと変なお膳立てをされて、病院の廊下を蘭と二人で歩いていく。
さっきの歩美たちが見たという、灰原に似た女の子の事が気になったが、まだ宮野に繋がるとは限らない。後で防犯カメラを見せて貰えたら、と考えていると、隣で歩く蘭が話しかけてきた。

「ひ、久しぶりだね、元気だった?」

「ん? あぁ、まぁな。オメーも元気そうだな」

相変わらず、園子とつるんでるみてぇだな。などと話せば「失礼な言い方」と頬を膨らませていた。

「……ご飯、とか大丈夫?」

「ん、あぁ、外食が多いけど、時々自炊してるぜ?服部と一緒に。それに黒羽とか白馬とかも来るしな」

「そ、そっか………。服部くん、なんだかんだいって料理出来るもんね、新一も見習ったら?」

「うるせーよ」

階下まで降りていき、病院内のコンビニでコーヒーやら紅茶などを買っていく。
ビニール袋を持ちながら、隣で歩く蘭を視界に入れていると一年前を思い出す。
あの頃はまだ手を繋いで歩いていたはずだが、今は繋ぐ理由がない。
エレベーターのボタンを押し、特有の引力で引き上げられる箱で蘭がボソリと呟いた。

「…:……私、まだ、新一が…」

好きなの、と聞こえたがそれを聞こえない振りをしたのは自分の中ではもう終わっていたからである。
そもそも別れを告げてきたのは、蘭の方であるが、原因はほとんど新一 ──自分のせいだろうと理解していた。
高校に復帰して、蘭からイギリスでの告白の返事を貰えた時が一番幸せだったのかもしれない。
待ちに待った蘭からの返事。
『江戸川コナン』として蘭が新一を好きであることは知っていたし、なによりロンドンで告白した時に蘭の態度で分かってはいた。
分かってはいたが、『江戸川コナン』として話を聞くのと、『工藤新一』として直接言われるのとはかなり違った。
喜ぶ蘭の姿はとても可愛いと思えた瞬間だった。
だけど、そこからずっとべったりとくっつく蘭に始めは寂しかったのだろう、待たせて悪かったと思い、好きなようにさせていた。
進級する為に猛勉強をし、なんとか合格ラインにはなったものの、補習やテスト三昧だったのだ。夏休みまでぎっしりと。
そこからは他の生徒同様に大学受験に向けての勉強だった。
ただ、蘭は『新一ならそんなに勉強しなくても余裕でしょ?』『ねぇ、新しいカフェを見つけたの。帰りに寄らない?』『日曜日にトロピカルランドに行こうよ』と新一にくっついては、どこかに行こうと誘ってばかりだった。
蘭は都大会優勝やら関東大会での好成績のお陰か、体育大へと推薦合格が決まっていて、悪くいえば、暇だったのだろう。
園子も世良も一般受験組であるから、少しでも合格する為に勉強をしていたから、夏休み以降遊びに行くことすらなくなったのだ。だから──だから、余裕だろうという、恋人である新一を頻りに誘っていたのだ。
新一だとしても、勉強に余裕はあったものの思いがけない事件が起きたのだ。
イギリスへ留学したという宮野志保の失踪事件だ。
話を聞いた時は組織の残党に連れ去られたりしたのではないか、もしくは殺されたのではないか、と最悪な予感があったものの、赤井さんや降谷さんからそれはないと言われた。
宮野──シェリーの事は末端に知られてはいないはずであり、バーボンとして組織に潜入していた降谷さんが死亡を確認したと報告したのだ。
自分から姿を消した宮野が気になったのは仕方なかったかもしれない。蘭が居ながら、彼女が心配で仕方なかった。どんなことでも情報を集めたく、赤井さんや降谷さん、最後に会ったであろう白馬に色々と聞いたりしていた。
世良には赤井さんから話がいっていたのか、イギリスにはママがいるから調べてみるよと頼もしい言葉が聞けた。
それに対して、蘭が『私だって新一の手伝いくらい出来るわよ』などと簡単に言っていたが、そんな気軽に出来る訳がないと言えば、『なによ、新一のバカ!』と意味もなく怒鳴られたのだった。
後々、園子から話を聞けば「世良ちゃんにヤキモチ妬いたみたいよ。頼られてずるい、私だって新一の役に立ちたい」などと言っていたらしいが、そんな事でヤキモチを妬かれるなんて、なんだか面倒だと感じた。
そういえば、コナンであった頃に『工藤新一の恋人』を名乗った女性に対し、恐ろしいくらいに怒っていたのを思い出した。
探偵をしている以上、女性からの依頼はあるだろう、その度にあんな風に嫉妬されたら堪らないな、と思ったりしたのだ。だが、探偵の娘なんだし、大丈夫だろうと簡単に思ったのだ。
しかし、結局は続かずに終わった。
互いに生活が違ったのだ。すれ違いといえば、簡単だが成長したと思っていた自分だったが、蘭の全てを受け止めるにはまだまだ子供だったと実感した。

『なんで、付き合ってるのに会えないのよ!私たち恋人同士でしょ? なんで私を置いて事件事件って、そんなの警察やお父さんに任せておきなさいよ!新一はまだ学生でしょう!!』

『俺は探偵だよ!』

『───もう、いい! 新一にはついていけない!』

誕生日に送った指輪を投げつけ、走り去った蘭を追いかける気力などこの時はもうなかったのかもしれない。
投げつけられた指輪は弾んでどこかへ行ってしまった。道路の溝に落ちたのか、どうなのかも分からなかった。
こうして、蘭と新一は終わったのだった。
疲れていた新一はどこか晴れ晴れとした気持ちに苦笑したくらいだったのだが──傍らを歩く彼女はまだ終わってなかったのかと思った。

「………………」

「……新一…?」

「……早く、戻ろうぜ」

博士たちが待ってるしよ、とビニール袋を持ち上げて新一は先に病室へと足を向けた。
蘭はただ、それを見つめていたのだった。



END
2017/07/26


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