恋の重荷は耐えられるはずだった

名探偵コナン

阿笠博士が入院していると聞いたのは、珍しくトレーニングが休みになった日の園子と世良さんとのお茶をしていた時だった。

「え、博士、入院してるの?」

「工藤くんから聞いてないのかい? もう随分前からみたいだよ」

「そ、そうなんだ……知らなかった…」

なんで新一は話してくれなかったんだろう、恋人として付き合いは止めたけれど、幼なじみなんだからそれくらい教えてくれても良かったのに。
少し落ち込む蘭を見ていた世良と園子は「気になるなら今からお見舞いにでも行こうか?」と提案してくれたのだった。

「……私、行っていいのかな?」

「昔からの知り合いなんだもの、ダメって事はないでしょう?」

「そうだよ、それに頻繁に少年探偵団の子たちも行ってるみたいだよ」

「あのガキんちょたちも相変わらずなの?」

「ボクは前に会ったけど、あまり変わりなかったように見えたよ」

「私、彼らに会うの久しぶりかも」

じゃあ、連絡してみようか。と園子が光彦に連絡しているのを横で眺めながら「新一は来てるのかな」と思わず呟いた。
それに答えたのは世良さんで「結構行ってるみたいだよ」と八重歯を見せて笑っていた。
同じ大学だからなのはわかっているが、少しだけ疎外感を感じた。ううん、本当は妬いているのだ、自分が新一のいまを知らないのに、世良さんが知っていることに………彼女なら、新一の役に立つのだろう──と思うと口数が減ってしまう。そばに居たくないなんて酷い事を考えている。
園子がいてくれて、良かった。と思っていると電話を終えたのだろう。

「探偵団の子たちも今日見舞いに行くんだってさ」

「じゃあ、久しぶりに会えるんだ」

気分を変えるように話せば「ケーキ買っていきましょ」と腰を上げたのだった。
タクシーで病院へ向かう途中、ちょうど赤信号で止まった時に少年探偵団たちの姿を見かけた。
彼らが立ち止まり、なにかを見ている。
視線を追えば小さな女の子が母親と思わしき人と手を繋いでいた。よくある光景だが、私たちもきっと少年探偵団も目を向けたのには理由があった。
その小さな女の子が数年前にアメリカの両親の元へ引き取られた女の子──灰原 哀ちゃんに似ていたのだ。他人の空似などよくあるだろうけど、小学生ながらに可愛いというよりは美人と言いたくなる程の美貌を持っていたのだ。
そんな彼女に似ているなんて、驚きしかない。
助手席に座っていた世良さんが「─────」何か呟いたと思ったらいきなりドアを開けた。

「ちょ? お客さん?!」

「悪い!園子くん、蘭くん!ボク用事思い出したからここで!!」

「世良さん?!」

タクシー代と思しきお金を押しつけ、クラクションが鳴る中彼女は駆け出して行った。

「……どうしたのかしら、世良さん」

「うん……あ、少年探偵団たちも驚いてる」

「うん…」

呆気に取られながらもタクシー運転手は病院の玄関に止まり、園子と蘭は降りたのだった。
病室が分からなかったがやがて来るだろう、少年探偵団を待ち、一緒に博士の病室へと移動した。
病室に入ると大人数で押し掛けたにも関わらず、博士はとても嬉しそうに笑っていた。

「……博士、大丈夫?」

「おぉ、蘭くんに園子くん。久しぶりじゃのう、わざわざ来てくれてありがとう」

「博士、なんか今日は元気いいみたいだね」

「うむ、ちょっと嬉しい事があってな」

入院しているにも関わらず、確かにどこか浮かれているようにも見えた。
そこから色々な話をして、元太くんが「そういや、世良のねーちゃんはどうしたんだよ」と言ってきた。

「いきなり横を走って行きましたからね」

「歩美、びっくりしたよ」

「うん?真純くんも来ていたのか?」

「世良さん、急にタクシーを降りて走って行っちゃったのよ、何かあったのかしら……?」

急な出来事に驚きを隠せなかったが、新一もよくしていたから『探偵』と名乗る彼女もそうなのだろう。

「もしかしら、あの哀ちゃんに似てる子を追いかけたのかもしれないね」

「ああ、そうかもしれませんね。博士、もしかして知ってたりしませんか?」

「でもよー、灰原じゃねーだろ、まだ小さかったしよー」

「あー、でも似てたような気もするわ。ね、蘭?」

「う、うん……哀ちゃんに似てた…」

「……哀くん、に似てる子……?」

そんなまさか、と呟く博士に歩美ちゃんが興奮したように声を上げた。

「本当だよ、博士!」

「はい、そっくりだったんです!」

「本当に知らねぇのか、博士〜」

「そうは言われてものう」

困ったように話す博士に、園子が呆れたように声を出した。

「アンタたちの見間違えじゃないの〜」

「園子さんだって似てるって言ってたじゃないですか!」

「そりゃ、遠目で見かけただけだけど。確かにませガールには似てたわよ」

「でも哀ちゃんじゃないでしょう? だってまだまだ小さな女の子だったし」

「髪も黒かったじゃない」

そう、確かに哀ちゃんに似ていたけどそれは顔立ちだけで年齢も髪の色も全然違ったのだ。

「灰原さんの親戚かもしれないじゃないですか」

「もしかして、博士の所にお見舞いに来てたんじゃないの? 哀ちゃんの親戚なら、博士とも親戚になるんだし」

「いやいや誰も来とらんよ」

尚も引き下がらない探偵団に博士が乾いた笑いをしているど、ドアが開いたと同時に聞き慣れた声が耳に入った。

「おい、今の話って!」

「あ、新一お兄さんだ!こんにちはー」

「あ、歩美ちゃん!さっきの話なんだけど!」

歩美ちゃんの挨拶もそこそこに新一は掴み掛かるように彼女の肩を掴んでいた。
流石に元太や光彦、園子、博士も新一の剣幕さに驚いている。

「ど、どうしたのよ、新一?」

久々に会えたというのに、彼はこちらを一度も見ない。
そんな事よりもと歩美ちゃんに詰め寄っている。

「さっきの、灰原に似た女の子がいたのか?!」

「………う、うん……。髪は黒かったんだけどね、顔が哀ちゃんにそっくりだったの!」

「はい、灰原さんも綺麗な顔立ちをしていましたが、その女の子も本当に可愛らしくて」

「一緒にいたかーちゃんみたいな人も髪は黒かったぜ、顔は見えなかったけど」

「あれ、親子だったのかな?」

「あの小さな子、『ママ』って呼んでたよ?」

「じゃあ、親子なんだね」

「新一お兄さん、知ってる人なの? もしかして、哀ちゃんの妹とか?」

「………いや、知らないけど……」

少年探偵団からもたらされる情報に頭をガリガリと掻く仕草に、何か考え事をしているのだと思った。
ようやくこちらに気づいたのか、苦笑いをしていた。

「………あー、つーか、お前ら知ってたのか?博士が入院してたの」

「う、うん。びっくりしたよ。世良さんから博士が入院したって聞いて。早く教えてよね、新一」

「あ、あぁ、悪いな。なんか国際試合とかで忙しいみたいだったからさ、下手に心配させないようにって思ったんだよ」

「そんなの気を遣わなくていいのに。ね、博士」

「 ハハハハ、ありがとうな、蘭くん。園子くんも」

「私は蘭に付き合っただけだから。ケーキ買ってきたのよ、アンタたちも食べなさい」

ケーキケーキと喜ぶ探偵団の姿を見ながら、園子が飲み物がない!と言って「新一くん、買ってきてよ」と命令していた。
「あ、持ちきれないだろうから、蘭も行ってきなよ」と病室から放り出されたのだった。
先に歩いていく新一を追いかけて、病院の通路を歩いていく。ちらり、と横顔を見れば胸がきゅん、と締め付けられる。
本当は別れたくなんてなかった。
新一の傍にいたかった。
なのに、なんであんなこと言ったのだろうと何度も後悔したのだった。
今もまた隣を歩いているのに、思案顔をしている。

「ひ、久しぶりだね、元気だった?」

「ん? あぁ、まぁな。オメーも元気そうだな。相変わらず、園子とつるんでるみてぇだな」

「失礼な言い方!」

ハハハと軽口を言いながら話す新一にどこかホッとしながらも、頬を膨らませた。
次に何を聞こうかと、考えて、口に出た言葉は陳腐だったかもしれない。だけど気になったのだ、誰かイイ人が出来ていないか、と。

「……ご飯、とか大丈夫?」

「ん、あぁ、外食が多いけど、時々自炊してるぜ?服部と一緒に。それに黒羽とか白馬とかも来るしな」

「そ、そっか………。服部くん、なんだかんだいって料理出来るもんね、新一も見習ったら?」

「うるせーよ」

そうだ、服部くんが工藤邸に居候していたんだった。すっかり忘れていた。彼がいたからあまり家にお邪魔するのを避けていたし、大学の友人である二人も新一の家に頻繁に出入りしていたんだった。
服部くんがいるなら、きっと女の影はないように思えたからか、蘭はホッとしたのだった。
飲み物を買い、病室に戻るエレベーターの中で蘭は呟いた。

「…:……私、まだ、新一が…好きなの…」

あんなケンカ別れをしたかった訳じゃない。
ただ、私を見て欲しかったの。
傍にいて欲しかったの。
そんな思いを込めて口にしたにも関わらず、新一には届いていないのか、こちらを向いてはくれなかった。
エレベーターのモーター音だけが耳に入り、チンという音と共にドアが開いた。

「………………」

「……新一…?」

「……早く、戻ろうぜ。博士たちが待ってるしよ」

そう言ってビニール袋を持ち上げた新一は先に歩いていってしまった。
蘭はその姿を見て、自分の想いはもう彼には届かないのだと俯いたのだった。
新一が戻ってきた時はあんなに嬉しかったのに、自分は誰よりも幸せなんだと思えたのに、どうしてあの頃のように想い合っていられなくなったんだろう──。
浮かれていたのは分かっている、捜査協力を世良さんに頼んでいた時に嫉妬したのも良くなかったと今では思える。
新一の事は誰よりも分かっているのに、誰かが間に入るのがイヤだっただけなの。それだけだったのに……女性からの依頼を受けないで欲しいなんて、傲慢な事を思い、しまいにはまだ学生なんだから!と彼の夢である『探偵』の仕事を『探偵ごっこ』とどこかで詰っていたのだ。理解してあげなきゃいけなかったのに。
でも新一は何かに憑かれているかのように、何度か海外まで足を運んでいた。園子が言うには世良さんのいとこが行方不明で探しているとか、詳しいことは教えてくれなくて、世良さんも苦笑いをしていただけだった。

──新一、その人は、新一にとってどんな人なの──

新一が、海外に行ってまで探すその人は……。


その時、病院内だというのにバタバタと足音が通路に響いた。
階段を使ったのか、はぁはぁと息切れしていたのは世良さんで、こちらを見るなり「工藤くん、博士の所に来てるかい?!」と声を張り上げていた。
その剣幕に圧倒され、「う、うん。来てる」と言えば彼女はまた走り出していた。
呆然としてから、蘭も慌てて追いかけたのだった。




END
2017/07/26


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