縁と月日を待つのではなく手を伸ばす
病院だというのにバタバタと足音が響いていた。
一体、誰が走っているんだろうと思いながら、買ってきた飲み物をテーブルの上に置いた。
「蘭は?」と訊いてくる園子に、さっきの事を思い出しながら、「トイレじゃねーか」などと誤魔化した。
その時、バンッと大きな音を発てて、スライド式のドアが目にも止まらぬ速さで開いたのだった。
あまりの出来事にジュースジュースと喜んでいた少年探偵団も、園子も博士も、無論自分も呆気に取られた。
「工藤くんっ!!」
そこにいたのは全力疾走したであろう、世良真純の姿だった。ハァハァと肩で息をしていた。
「ど、どうしたんだよ、世良」
「世良ちゃん……?」
「世良さん!」
パタパタと追いかけてきたのか、蘭も病室に走り込んできた。しかしそんなのはお構い無しに、世良は工藤を見上げた。
「く、工藤、くん……志保が……」
まだ息が整っていないのか、両膝に手を置き、俯きながら話す彼女に新一は直ぐ様世良の肩を掴んだ。
「! あいつ、宮野が見つかったのか?!」
「……ちょ、待ってくれ……」
飲み物、とテーブルに置かれていた缶コーヒーを手に取り飲み干すとはぁ、と息を吐いた。
「………似た人を見たよ。運悪く逃げられてしまったけどね………阿笠博士なら知ってるんじゃないかな?」
世良が博士を一瞥すると、博士は「え、わ、わし…」と狼狽えている。
「わ、わしゃ、なーんも知らんぞ!」
その胡散臭い誤魔化し方は何かを知っているようだ。博士!と詰め寄ろうとしたが、肩を掴まれた。
誰だ!と振り返れば、そこには黒羽が立っていた。
「……だれ?」
いつの間に部屋に入っていたのか、少年探偵団も蘭や園子も驚いているし、面識のない少年探偵団は新一お兄さんに似ている人物に二人を何回も見比べていた。
「黒羽っ!なんでお前、ここにっ!?」
「黒羽くん?」
「まぁ、落ち着けって。今はな」
目配せをされて、病室に少年探偵団や蘭や園子がいる事を思い出した。彼らは、彼女たちは何も知らないのだ。
「こんにちは、工藤の親友の黒羽快斗だよ。よろしく、な!」
言葉と共にポンッと出されたのは風船と花束で少年探偵団─特に歩美はうわぁ!と眼を輝かせていた。
「さぁ、レディ どうぞ」
「ありがとう!お兄さん!!」
差し出された可愛らしい花束に歩美は頬を赤く染めているが、元太と光彦はムスっと顔をしかめている。随分前に見たことがあるような光景だが、新一は早く宮野志保について聞きたかった。
世良もそれは察していた。阿笠博士に聞きたい事もあるが、今病室には関係ない人がいる以上は突き止める事も出来ない。
園子は学部は違うが、同じ大学であり、工藤新一と黒羽快斗が血の繋がらない双子という異名がある事は知っている。なんせ、双子みたい!と言ったのは園子自身だからだ。
それほどに、二人は似ているのだ。声の性質も顔立ちもなにもかもも。違うのは髪型と性格くらいなものだ。
例えるならば、黒羽は太陽のように明るく、工藤は月のように静けさがある。しかし工藤新一と幼なじみである園子からすれば、「はぁ?新一くんが月ぃ?」と笑う程である。
蘭は話には聞いていたが、ほぼ会う事がなかった黒羽快斗の姿に少年探偵団同様驚いている。
園子や服部たちが「似てる」「双子みたい」と聞かされていたし、写メを見せてもらったこともあったが、新一並みの人間なんていないと思っていたし、新一以上の人間なんているはずがないと信じていた。こうも間近で会うのはなかった為に二人の違いがわからなくなりそうだった。
不覚にもドキドキしそうではあるが、園子から幼なじみの彼女がいると聞いていた。
「アンタたちみたいだよ」
でも、彼らはまだ続いているようだが、自分たちは終わってしまっているのだ。
彼らの話がとても引っかかる。
『 宮野 』
その名前の人はどんな人なんだろうか、と思う。
話を聞きたいが、黒羽くんが止めたのだ。
私たちには聞かせられないというのが腹が立つ。
私たちだって役に立つかもしれないのに。
恨めしそうに見つめてくる蘭に黒羽はただ口の端を上げて笑っていたのだった。
時間はもう六時を回り、少年探偵団は小学生ということもあり帰ることにした。外はもう暗いので園子が車を呼び、みんなに乗っていくように提案した。
しかし、新一、黒羽、世良は調べたいことがある、と言って断った。
彼らの様子に少年探偵団は事件か!勘繰っていたが、博士に聞きたい事があるだけだよ。でもプライベートなことだから、君たちはここまでだ。と線を引いたのだった。
ならば私たちも聞かない方がいいだろうと、園子は蘭の手を取った。
蘭自身は「私も」と言いたかったようだが、世良に「また今度な」と手を振られた以上、残れるはずもなく病院から出ていったのだった。
騒がしさが一気になくなった病室ではカチコチと時計の音が響いている。
最初に口火を開いたのは黒羽だった。
「……博士、今日さ、少年探偵団クンたちがくる前に見舞いに来た人いただろ?」
「な、なにを言っているんじゃ? あの子達以外は君たちくらいじゃぞ」
「嘘だね」
黒羽はそう言って、勝手に盗ってきたのかナースステーションに置かれているはずの来院記録簿を差し出した。
「ここに、寺井ちゃんの名前があるじゃん」
「て、寺井くんと知り合いなのかね?」
「あぁ、寺井ちゃんは親父の付き人をしていた人だよ。まぁ色んな資格やら免許持ってるから色々手伝って貰ってたりしてたけどさ……今日、来てるじゃん」
「……た、確かに寺井くんは見舞いに来てくれたっけのう。寝てしまったから忘れてたのかもしれん…」
ハハハと乾いた笑いが室内に木霊する。
「へー、そうなんだ。でもさ、その下に書かれた文字……俺 記憶力良いせいか覚えてるんだよねー、志保ちゃんの綺麗な字をさ」
黒羽の言葉に新一と世良は記録簿を見る。
綺麗な文字は確かにどこかで見たことがあるような気がする。
「………博士…」
どういうことだよ、と三人揃って視線を向ける。
そんな中、コンコンとドアを叩く音がした。黒羽が歩いてドアを開けると老人が一人、立っていた。
「待ってたよ、寺井ちゃん」
「快斗ぼっちゃま……」
戸惑いながらも黒羽に促されて入ってきた人物に博士が「寺井くん」と声をあげた。
世良がその人は?と訊ねれば「親父の元付き人で、KIDの時に色々と手伝ってくれた寺井ちゃんだよ」と紹介していた。なるほどKID時代の仲間か、意外と年いっているんだな、と思った。
「……志保ちゃん、連れてきたの寺井ちゃんだろ」
ソファーに座るように促された寺井さんは黒羽からの質問に「はい」と潔く頷いた。
「本当なのか、寺井くん!」
「阿笠……君が入院したと伝えたのは私です」
「し、知っておったのか、志保くんの居場所を……」
信じられないというように前のめりになる博士に世良が落ち着けって、と声を掛ける。しかし、気になるのは世良も同じだったようだ。
「どうやって志保の居場所を突き止めたんだい?」
寺井さんはぽつりぽつりと口を開いた。
「始めはただの偶然でございました。快斗ぼっちゃまからの依頼でイタリアに渡り、たまたま宮野様を見掛けたのです」
「じゃあ、なんですぐに教えてくれなかったんだよ」
「私もすぐにお知らせしようと思ったのですが、その時 宮野様が、」
黒羽の質問に答えようとしたが、何故か博士を見ていた。博士もハッとしたように寺井さんを見ている。その所作に違和感を覚えるのは決まっていて、新一たち三人は二人の様子を見ていた。
「………宮野様が、ご懐妊なさっていたのを知ってしまったのです」
「「…………は、はああああああああああ??」」
あまりにも突拍子のない話には新一と黒羽は声をあげた。上げなかったのは世良と博士である。
「──さっき、志保に似た人を見掛けたって言っただろ?」
「あ、あぁ」
「──その人、小さな子供を連れていたんだよ。黒髪だったけど、そう『灰原哀』ちゃんをもっと幼くした女の子を連れていたんだ」
「それって、さっき歩美たちが言っていた?!」
「……彼らが言っていたのかい?」
「ああ、灰原そっくりの小さな女の子を見たってな。アイツらは灰原の妹じゃないかとか言っていたけど………寺井さんの話が本当なら、」
新一は寺井を見ると、彼は「その通りでございます」と話し、博士も病室に来たことを明かした。
博士が言うには入院した事は調べて知った事、子供はイタリアで産み育てている事、子供は3歳になり、それはそれは可愛らしいという。
その辺の話は博士が力説しており、寺井さんもうんうんと頷いていた。
宮野の娘とあって大変な美少女らしい。
「志保ちゃんの子供なら可愛いだろうとは思うけど、寺井ちゃんまでそんなに言うからにはすげぇ可愛いんだろうな」
「それはもう、宮野様に生き写しのようですし、なにより笑顔が可愛いくて」
「そうなんじゃ!哀くんにそっくりなんじゃが『おじいちゃん』と笑顔で呼んでくれた時は天使が舞い降りたかと思ったぞ!」
老人二人は互いにうんうん頷きながら話している。
いや、可愛いのは分かったから!そんなの見つけてからだっていいから!
「とりあえずさ、志保は今 日本に来ていることは確かなんだな?」
「……ゴホン。申し訳ございません、取り乱しました。はい、現在は日本に来ております」
「じゃあ、志保が滞在しているホテルに行ってみようか」
世良がそう提案すれば、博士も寺井さんも押し黙った。博士はともかく、寺井さんは申し訳なさそうにしている。
「寺井さん……? 宮野が滞在しているホテル、知っているんですよね?」
「そ、それが………先ほど、宮野様から連絡が着まして、ホテルを移ると。ありがとうとご伝言がありました」
「な、」
「きっと、知り合いに見られた事を察したのでしょう」
「ボクが追いかけた時は既に車に乗り込んでいたけど…」
「ナンバーは?」
「零さんにお願いしたけど、その様子じゃもしかしたら……あ」
零さんからだ、と呟き電話に出た世良だったが、こちらを向いて首を振るだけだった。
どうやら偽造ナンバーか何かだったらしい。
とりあえず、宮野が最初にチェックインしたというホテルに行ってみよう、防犯カメラなどもあるから手掛かりがあるはずだ。
「ぜってぇ、見つけてやる!宮野!!」
新一と黒羽、世良はそのまま病室から出ていった。
寺井は快斗に申し訳ないと思いながらも、1つ言わずにいたことがある。
彼女、志保が誰といるという事を。誰が匿っているということを。
博士は出ていった新一たちを見送りながら、新一が言った言葉を思う。
「……どうするんじゃ、新一……」
見つけて、彼はどうするのだろうかと心配するしかなかった。愛しい娘と、孫を。
まだ彼らに絆はあるのだろうか……。
END
2017/07/29