恋は思案の外 だと実感する

名探偵コナン

「ねぇ、ママ? どこに行くの?」

ホテルに戻り、すぐに荷物を片付け始めた志保に愛莉は話しかけた。

「レベッカが日本にいるなら、ウチのホテルに泊まりなさいって連絡が来たのよ」

「レベッカのホテル?」

「ええ、日本にもあるのよ?」

「レベッカは来る?」

「ふふ、彼女のことだから来てるかもね」

わーい、と喜ぶ娘を見つめながら、志保は急いで荷物を片付けた。まだ一泊だけしかしていないからそれほど荷物を広げておらず、すぐに済んだ。これ以上長居は無用だ。

先ほど、病院からの帰りにちらりと見掛けたのは少年探偵団だった。あー、と聞こえた声にこちらを向いていることに気づく。
相変わらず、他人に対して指を指すなどマナーがなっていないが彼らが愛莉を見て 何を思ったのかは容易に想像ついた。
ルパンたちが乗る車に乗り込み、走り出すと同時に『志保っ!!』と声が聞こえた。
後ろを振り向かないように鏡を使って見れば、髪が伸びていたがあれは世良真純の姿だ。
まずい、彼女ならば気づいたのかもしれない。
前の座席に座るルパンと次元が「おやおや」「志保に気づいたのか?」とミラーを視ている。
愛莉は五ェ門と話していたからか気づかなかったようだ。

「志保ちゃーん、ヤバいんでないの?」

「アイツの仲間だろ?」

「……えぇ、そうね」

どうしよう、このままだとすぐに居場所を知られてしまうと思案していると、ポンと頭に何かが乗った。見れば五ェ門も「大丈夫でござる」とこちらを見ていた。
思いがけず見つめ合うと、顔を赤くしていた。照れるくらいならしなければいいのに、と思いながら、それほど自分が焦っていたように見えたのかもしれない。

「ん」

前の座席からいきなり寄越された携帯に顔をあげると、ルパンが「レベッカだ」と寄越してきた。

「も、もしもし? レベッカ?」

「シホ! 見つかりそうになったんだって? ホテルは?」

「レベッカ? え、ええ……変えないといけないと思うわ」

「OK。今、日本のホテルにいるわ。エグゼクティブフロアの部屋を取ったからそこに移動して」

「は?」

「じゃあ またね」

「ちょ、レベッカ!」

呼んでみたものの通話は既に切られていた。
だが、あの破天荒な友人にはすごく助けられているのは確かだ。

「ホテル、移動するのか?」

「えぇ、手配は済んでるみたいだから急いで支度するわ」


そう話したのは一時間前だ。
荷物を持ち、テレビを見ていた愛莉を呼ぶと次元がドアをノックした。

「お嬢さんたち、準備は出来たか?」

「じぃじ!」

「だー!じぃじって呼ぶな!」

「じぃじ、抱っこぉ」

「じぃじと呼ばないならしてやる」

「次元おじちゃん、抱っこ!」

「へいへい。行くぞ、志保、笑うな!」

「ふふ、ごめんなさいね」

キャリーケースを引き、そのままロビーへと降りる。そこにはルパンもいれば何故かロブソンもいた。

「レベッカはホテル?」

「はい、あちらでお待ちです」

志保と愛莉の足がつかないように、と用意された車に乗り込んだ。
サクラサクホテル──直にここに誰がいたかバレるであろうが、彼らに、彼と顔を合わせる気はないのだ。

「ママ どうかしたの?」

「……なんでもないわ」

観光は出来ないだろう。そもそも不法入国をしているのだから、あまりおおっぴらに出歩けないし、一緒にいるのは国際指名手配されているルパンたちなのだ。
どこでも普通に出歩いているのに捕まらないが。
ホテルで支配人自ら出迎えられ、彼の案内でレベッカが待つ部屋へと案内された。
「レベッカ〜」と抱きつく愛莉に、彼女も「アイリ!今日もキュートね」とキスを送っているのを眺めながら、隣にルパンが立つのが分かった。

「あんのくそ探偵の事だからいずれここを嗅ぎ付けるぜ?」

「でしょうね。でも彼がそこまでするかしら?」

考えてみれば、なぜ彼らは自分をそれほどに探しているのだろうか。
あの組織より厄介なのだ。今はこうして絶大な加護のもと、守られているが彼が自分を探すなんて必要ないのではないか、この二年 そう考えていた。

「………報われないねぇ、あのくそガキも」

「え?」

「いんやぁ? まぁ、俺らは志保ちゃんと愛莉ちゃんが大切だから、君が彼らから逃げたいならいくらでも逃がしてやるさ」

無骨な手が志保の赤みかがった髪をぐしゃぐしゃとなでた。

「ちょっと、ルパン!止めてよ」

ふいっと隣から離れ、乱された髪を手梳しで直す志保を見ながら、恋愛に疎いんだなぁと笑う。
まぁ、幼い頃 犯罪組織で育ち、まして初めて恋心を寄せた奴には惚れている女がいたのだから、考えもしないのだろう。
調べたアイツの様子から、既にあの幼なじみとは別れているし、何度かイギリスやイタリアにも来ていたようだ。調べでは 人を探しているという。それが誰かなど皆無だ、決まっている。
ただの義務感だけでは、そこまでしないはずだ。
それに気づいているのだろうか、あの探偵くんも志保ちゃんも。

ルパンはそんな事を考えながら、ガシガシと頭を掻き、俺様の考えることじゃねーやとタバコをふかしたのだった。










サクラサクホテル──といえば、何回か来た事があった。それはまだ『江戸川コナン』としてのことだったが。
新一は志保の手掛かりを求める為に、降谷に連絡を取り、彼の権限で防犯カメラのチェックと宿泊客の名簿を見せてもらった。
名簿には確かに『宮野志保』と名前が書かれており、もう1人 名前が書かれていた。『宮野愛莉』──これが、博士が言っていた彼女の娘だろう。
防犯カメラを前日からのを見せてもらい、確かに寺井と宮野がロビーを歩いている姿、エレベーターに乗る姿、ホテル内を歩く姿が映し出されている。
そしてある事に気づいた。それは黒羽も同じだったようだ。

「………まさか、アイツらと一緒にいるとはな…」

「見つからない訳だよ……」

「……ルパンが関わっているとはね」

志保たちが歩いていく姿の近くに、次元大介とルパン三世の姿が映し出されているし、ホテルをチェックアウトする際には宮野の娘は次元に抱き上げられた上に、防犯カメラに目線を向けて口の端をあげていたくらいだ。
彼らは自分たちがこの記録を見ると確信していたのだろう。ニヤニヤと嗤っているのが分かる。

「………コイツ、誰だ?」

ロビーで宮野に近寄る外人の姿があった。
彼女となにかを話した後に、促すように仕えている。まるで執事か何かのようだ。
降谷もホテルに現れ、同じようにビデオに映る志保を見つめていた。
生きていた事に安心をした降谷は、彼女が接触した相手を調べていく。しかし何の情報も出てこない。
ならば、ルパン一味から調べていくことにした。
ルパンを調べるとイタリアの女性と婚姻している事が分かり、相手を調べた。
レベッカ・ロッセリーニ。
イタリア サンマリノの9大名家の一つであるロッセリーニ家の若き女当主にして、イタリア最大のホテルチェーンの総帥、さらにモデルやデザイナーや作家や女優をも掛け持つスーパーセレブでゴシップクィーン。『ルパン夫人』と名乗っている。
イタリア、ルパンと繋がるのは簡単だった。
そのレベッカ・ロッセリーニが手掛けるホテルは日本にもある。セレブしか泊まれないというそのホテルは宿泊客ではない限り、なかなか入り込めないらしい。

「……くそ、」

ここまできて 彼女に会えないのか、と拳を握る。
今、この日本に彼女がいるというのに。
この時を逃す訳にはと、焦りが生まれる。
一か八かでホテルに当たってみたが、答えはノーだった。どのような理由があろうとお客様の情報を与える訳にはいかない、まして今はオーナーたるレベッカ・ロッセリーニが来日しているというのだ。
ホテルの前まで来たが、入ることすら出来ずに新一は上を見上げ、睨み付けた。
場所を移動し、ホテルを見ていると、傍らの二人が話しかけてきた。

「なぁ、工藤……聞きたい事があるんだけど…」

「ボクもだよ、工藤くん…」

新一はなんだ?と二人を見た。同じように降谷も新一を見ている。
二人、いや三人がきっと同じ事を思っている。
世良は志保が血縁関係である事を母親であるメアリー・世良や赤井秀一から伝えたいと思っていたし、降谷は恩師であるエレーナの忘れ形見を助けたい、見守りたいと思っていた。黒羽は一緒に闘った仲間意識は勿論、彼女に多少なりと好意を持っていた。
それぞれがそれなりに理由があった。
ただ、新一は何故 彼女を探しているのだろうと思った。同じ幼児化した仲間だから、相棒だから、仲間だったから、理由はそれぞれあるだろうが、その域を越えていたように思えてならない。
『江戸川コナン』だった時にあれほど幼なじみに対し、執着していたにも関わらず付き合ったものの、特になにもなく、別れたという。そして、何度も海外まで彼女を探しに行っていた行動に違和感があった。

── 工藤新一は宮野志保をどう思っているのだろうか ──

残念ながら宮野志保が工藤を好いていた事は、彼以外周知の事実であったが、彼女が彼を想う為に何も云わず、ひたすらに生きていたのを知っている。
彼女が米花町を離れたのだって、二人を見たくなかったのだろうと想像は容易だった。
なのに、期待を持たせるかのような執着に問い質したくなった。

「………なんだよ?」

鈍い彼は気づかないのか、どれだけ自分が彼女を求めているという事に。

「……新一、お前さ「志保ちゃんの事 どう思ってるんだ、工藤新一?」」

思いがけない第三者の声と共に、ガチャリと新一以外の三人に銃と剣先が向けられる。

「………っ、ルパン!!」

黒羽と世良に次元が、降谷の背後には五ェ門が、そして、新一にはルパンが銃を突きつけていたのだった。

「ワリィけど、ただ単に仲間だとか、なんだとかて志保ちゃんを追いかけるのはやめてくんねぇかな?」

「何言ってんだ!ルパン!!」

「んー? そのまんまだよ。志保ちゃん、イタリアでそれはそれは毎日楽しくやってんのによー、誰かさんたちが探しまくってるから 少しストレスになってるみたいなんだよなー」

「嘘つけ!大体、なんでアイツが逃げてんだよ!」

「おーおー、相変わらず元気なこった。そんなのお前らと一緒に居たくないからだろ?」

ルパンの発言に流石に世良が怒鳴った。

「志保はそんな事 思うはずがない!」

「でも彼女が身を隠したのは事実だよ、お嬢ちゃん」

「それは、なにか事情が……」

「なら そっとしといてやれよ? 時期が来たらあの阿笠博士だっけ?彼に会いにいったように 志保ちゃん自ら会いに行くかもしれねーじゃん?」

「俺たちは志保ちゃんが心配で…」

「それが余計だって言ってんだよ」

次元がカチリとトリガーに手を掛ける。
どうにか隙をついてなんとかしようにも、彼らに隙なんてない。

「名探偵くん? もう一度訊くぜ? 志保ちゃんを追いかけ回すのはなんでだ?」

「………そんなの…そんなの、アイツに会いたいからに決まってんだろ!」

ギッと睨む新一に黒羽や世良、降谷は驚いた。組織と闘った時よりも闘志を感じる。
だが、ルパンはそれを聞いてただにやにや笑っていた。

「へぇ? 志保ちゃんはお前に会いたくはないみたいだけどな」

「うるせーよ!アイツを返しやがれ!!」

「だーかーらー、志保ちゃんはお前に会いたくはないんだっつーの」

「そんなもん、関係ねぇって言ってんだろ!俺が、俺はアイツに、宮野に会いてぇって言ってんだよ!!」

「それはどんな気持ちで言ってんだ?」

「だから、「だーかーらー、なんでそこまでして志保ちゃんを探して どうしたいんだよ、名探偵?」は?」

「無自覚かよ、あのガキ」

「工藤は鈍いから」

次元の言葉に黒羽が返せば、世良も降谷も頷いた。
ただ会いたいからって、恋人を蔑ろにして、何度も海外に行って探したりまではしない。
無意識で無自覚で 質が悪い。

「どうしたいって……近くに、目の届く場所にいて、傍に……傍にいて欲しい……傍にいたい……アイツの、宮野の傍に………」

そこまで言っておいて何故 気づかないのか、気づけないのか、馬鹿なのか、馬鹿なんだなと六人は思う。どこまで恋愛に鈍いのか。

「───もう知ってると思うけど、志保ちゃん、人妻だぜ? 子供もいるんだぜ?」

「そんなの嫌だ! 何 勝手に結婚して、子供なんているんだよ!!相手誰だよ!!」

ぐっと首もとを掴まれ、ルパンはあれ?と思う。
同時に次元も思い当たり、二人は顔を合わせた。

(コイツ、もしかして、知らねぇの?)

(……そうみたいだな…)

志保の相手が、愛莉の父親が誰か、をまさかの本人が知らないなんて思うだろうか。

「………あー、名探偵?」

「なんだよ!」

「オメー、志保ちゃんの「そこまでよ、ルパン」し」

「宮野っ!!」「志保!」「志保ちゃん!!」「志保さん!」

ルパンが何かを言う前にまさかの人物が現れた。
新一を始め、世良、黒羽、降谷も声をあげた。

「……久しぶりね、あなたたち。元気だったかしら?」

「宮野、オメー、ずっと何してたんだよ!!」

駆け寄ろうとする新一に志保は手を前に出して、これ以上近寄るなと制止した。

「別に、新たな人生を歩む為に、今までの人生とは違うことをしたくなっただけよ」

見つめてくる翡翠色の眸に新一は驚いていた。
こんなにも会いたくて会いたくて堪らなかった相手が目の前にいる。
嬉しいのに、切望していたのに、触れられない、近寄れない事が悲しくて辛い。
そして、ある感情が膨れ上がる。
今まで見えないでいた、まるで薄い垂れ帷で遮断されていたのが斬って落とされたように理解した。
その様に周りは気づいたのか、最早三人に突きつけるモノはなかった。

「宮野、俺………」

「なに?」

怪訝そうな顔をする彼女にも関わらず、新一は顔を綻ばせて近寄っていく。

「今、気づいた。ずっと、お前を探してたのは、お前を、お前の事が……好きだからだ」

「………………な、」

驚く志保をぐいっと引っ張り、抱き寄せた。
あまりの展開にルパンたちは呆れながらも、ヒューと声をあげる。なんだか今までのやり取りが馬鹿馬鹿しくなったのは言うまでもない。
しかし、ドスッと音がしたと思えば、新一が鳩尾を押さえて崩れていた。

「………何を馬鹿な事を言ってるの? ふざけないで」

絶対零度のような顔をして、志保は新一を一瞥すると、踵を返し、ホテルへと戻っていく。

「ちょ、宮野……」

「じゃあね、世良さん、黒羽くん、降谷さん」

見事に新一を無視し、ホテルへと入っていった。
ルパンたちは笑うしかなく、腹を押さえて蹲る新一の肩を叩いて、まぁ、頑張れよと声を掛け、黒羽たちにじゃーな、と軽く手を振り、同じようにホテルへと入っていったのだった。





END

2017/07/30


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