縁は切らせないし 子で繋いでやる
「………私、いつから人妻になったのかしら?」
工藤新一や黒羽快斗、世良真純に降谷零たちを振り切って、ホテルに戻り、エレベーターの中で志保は腕を組んでルパンたちを睨んで言い放った。
子持ちではあるが、誰かと結婚した覚えは全く持ってないはずだ。
「ん〜、そう言っとけばあの探偵坊主も志保ちゃんを諦めるんじゃないかと思ったんだけどね〜」
それどころか、奴は怒りに満ちていた。
あの態度に最初はなんだコイツはと思ったくらいだ。自覚が無いくせにとんだ独占欲を持っている。
おいおいおい、とんでもない鈍感ヤローだと思い、呟けば、仲間である筈の奴らに『鈍感だから』と呆られていた程だ。
「でもさ〜、あんなに怒ってたって事は〜、あのくそ探偵坊主 志保ちゃんの事、好きなんじゃねーの?」
ルパンがそういうと同時にエレベーターはエグゼクティブフロアに着いた。専用のキーを使い、解除された通路へと足を踏み入れる。
「─────そんな訳ないでしょう」
切な気に眉を下げる志保に対し、ルパンと次元は顔を見合わせた。五ェ門は恋愛事には多分新一同様に鈍いから放っておく。
ルパンはひとつため息を吐くと、前を歩く志保に向かって告げた。
「志保ちゃん、アイツさ、あの幼なじみちゃんとはとっくに別れてるみたいだぜ」
流石に知らなかったのか、志保の足が止まり、驚きからか直ぐ様振り返った。
「────え?」
「だーかーらー、あの探偵坊主とあの空手のお嬢ちゃんはとっくに別れたみたいだよ?」
「………どう、して……?」
「それは流石に俺様でもわかんねーよ」
ルパンは志保を追い越し、ヒラヒラと手を振りながら歩いていく。先ほどとは逆転したように志保がルパンたちの後ろを歩き始めた。
何かを考えているだろう志保に三人は彼女がどう出るのか気になりながら、彼女たちが泊まる部屋までやって来た。
こっそりと志保の手から抜き取ったルームキーを差して、中へ入れば、さすがレベッカが志保と愛莉の為に用意した部屋だけあり、広々としている。
広めのリビングコーナーには愛莉が何故か大量に並べられた服を眺め、ソファーには何故か不二子が座っていた。
「はぁい、ルパン」
「あれ? 不二子ちゃん、来てたの?」
「志保ちゃんたちがホテルを変えたって聞いてね。あら、志保ちゃん? どうしたの?」
紅いルージュが挿された唇は口の端が上がっており、状況を知った上で聞いているのだと分かる。
志保も気づいたのだろう、昔のようなとっつきにくい態度で「知っていて聞くのね」と不二子に言い放った。
「そんなに怒らないで。だってぇ、あのボウヤも別れたっていうし、志保ちゃんが彼を手に入れてもいいかな〜って思ったのよ」
「余計なお世話よ。それに手に入れるとか、彼はモノじゃないのよ」
「……ん、もぅ、志保ちゃんたら頑固ねぇ」
つまらなーいと不二子は頬を膨らませ、口を尖らせていた。
そんな様子が気になったのか、愛莉が志保の服を掴んだ。
「………ママ、どうかしたの?」
「愛莉が心配することはないわ。ありがとう、ママを心配してくれて」
チュッと額にキスをすれば、たちまち笑顔を綻ばせている。
「あの服はどうしたの?」
「レベッカが置いてったの」
「レベッカが? 彼女は?」
見当たらない彼女の姿に訊ねれば、仕事の電話が来たとかで自分の部屋に戻っているらしい。
仕事……で思い出したのか、志保は荷物を開けて袋を取り出した。それをまだ不貞腐れているのか、顔を合わせない不二子の前に差し出した。
「………………なぁに、これ?」
「化粧品よ。前に渡したのを改良したの」
「えぇ!本当に?!」
「えぇ、渡そうと思ってたのを忘れてて……」
「ううん、良いのよぉ〜」
先ほどまでの雰囲気が一掃され、不二子は志保から渡された袋から取り出した化粧品を見ている。
なんだ、ありゃ?と呟く次元にルパンは説明をした。
志保が研究をして作り上げた化粧品は、老化を防ぐというもので、尚且つ、ハリと潤いを保ち、シワ、シミ、くすみまでも無くしてしまうという。
使えば使うほどに肌も透明感に溢れ、メイクしなくても美しい肌を保てるという女性が夢を見るような品物だ。
まして、志保は不二子の為にメイク用の化粧品にもそれらを応用し、メイクをしても肌に負担がから掛からない品物を作り上げたのだ。
「もうこれを使うと他のなんて使えないのよ〜」なんて言うほどに品物である。
閑話休題──それはまたの機会だ。
志保が用事があると言って、レベッカの部屋へ行ったのを見計らい、ルパンたちは会話をしていた。
「で、あのボウヤはどうしたの?」
「ん──、志保ちゃんへの想いを自覚して告ったけど、志保ちゃんによって玉砕」
「あらぁ?どうして?」
「志保ちゃん、あの探偵坊主が幼なじみのお嬢ちゃんと別れてるなんて知らなかったみたいでさぁ」
「でも、それ教えてあげたんでしょう?」
「志保はああ見えて頑固だから、許さねえんじゃねーのか?」
短い期間とはいえ、あの探偵が幼なじみに対して深く思っていたのを間近で見ていた。
自分が作った薬のせいで引き離したのだと、だからこそ死に物狂いで解毒剤を作り上げた。
すべては、探偵坊主と幼なじみが幸せになることを願って。
だが、どういう経緯で志保と探偵坊主が行為に及んだのかは不明である。結果的に愛莉という娘が生まれているのだが。
そもそも 探偵坊主には覚えなど一切ないのか、志保は既に人妻、子供がいると言って(一部嘘を)教えれば、勝手に結婚して、子供を作っているなんてふざけるな的な事を言っていた。知らないからこそ言えるのだろう。
どうみても、愛莉は志保と探偵坊主──工藤新一の子供にしか見えないのだが。
「もしかして、愛莉ちゃんの父親ってKID様なのかしら?」
ボウヤと顔が瓜二つじゃない?と不二子が口にした時、テレビに夢中だったはずの愛莉が「父親って?」と真っ直ぐな目をしてルパンたちを見た。
「愛莉のパパ? 愛莉にパパがいるの?」
「愛莉ちゃん?」
「ねぇ、愛莉のパパがいるの?」
真っ直ぐ向けられる真摯な眼差しは、つい先ほど見た眼差しとまるっきり同じ眸である。
ルパンたちは顔を見合わせて、見上げてくる愛莉を抱き上げた。
「ねぇ、ルパン? 愛莉のパパっているの?」
「────知りたい?」
「うん、知りたい!」
子供らしい無邪気さで答える少女の髪をルパンは撫でた。擽ったそうにしている可愛らしい幼子に目を細めた。
「もしかしたら、志保ちゃん──ママが悲しむ事になるかもよ?」
「………パパ、死んじゃったの?」
「まさか、生きてるよ?」
「本当?」
「うん、本当」
子供ながら、真面目な顔をしたり、しょんぼりしたり、ぱあっと顔を輝かせたりと表情を次々と変えていく。
「愛莉ね、ずっと前にママに聞いたの」
「志保ちゃんに? 何を?」
「あのね、パパってどんな人っ─────────…」
愛莉から聞いた話を聞き、ルパンたちはハァとため息を吐くしかなかった。
「ねぇ、愛莉ちゃん」
「なーに?ルパン?」
「パパに会ってみる?」
「パパに?」
「お、おい、ルパン!」
「何を言ってるでござる? 志保殿に知られたら」
「いーんじゃない? 尊重するべきは子供の愛莉ちゃんの意見よ」
「さすが、不二子ちゃん。分かってる〜」
「志保ちゃん、頑固だし、こういう強行突破するのがちょうどいいかもしれないわよ」
うっふふ、と笑う不二子に愛莉は首を傾げるしかなかった。
「パパに会えるの? ルパン?」
「ニシシシシ。もしかしたら、明日にはパパとママと一緒にいられるかもしれないよ、お姫様」
「ほんと?」
「アイツらが、つーか、志保が素直にならねぇとダメなんじゃないか?」
「志保ちゃんは愛莉ちゃんの為ならいくらでも素直になるって」
「しかし志保殿を困らせるのは拙者なかなか辛いものがあるでござる」
「困るっつーか、怒るだろうけどな」
「でもそれくらいしないとダメでしょ? それに怒っら謝ればいーわよ」
ケロリと言う不二子に、志保が簡単に許してくれるのはレベッカと不二子だけだと知っている。あぁ、五ェ門もだ。
きっと最終的には許してくれるだろうが、ルパンと次元はモルモットにされるのが目に見えた。しかし、傍らにある無垢なる眸の天使が幸せになるならばと強く目を閉じた。
次に開いた眸は狙った獲物は逃さないという獰猛な眸をしていた。
「愛莉ちゃん、黙って俺様たちに拐われてね」
柔らかい頬にチュッと口づけてると、愛莉はすぅっと瞼を下ろしていく。眠りについたお姫様を抱えると、ルパンたちは部屋にメッセージを残し、そのまま出て行ったのだった。
2017/08/02