一蓮托生の二人が手を握る

名探偵コナン

志保が部屋に戻れば、そこには誰もいなかった。

「………どこにいったのかしら?」

部屋を一通り探したが、愛莉の姿も、不二子の姿もルパンたちの姿もなかった。
既に夜9時を過ぎており、愛莉とお風呂に入って寝ようと思っていたのだがどうしたのかと志保はスマホを取り出した。
その時、鏡台の引き出しが開いているのに、眉を顰め、ぐっと引き出せば、メッセージカードが入っていた。

『愛莉ちゃんは預かった。
返して欲しくば、彼女が望むものを持って来れたし
夜中の12時になっても来なければ、彼女は戻らないよ』

ルパンからのカードに志保は「なにを遊んでいるのよ、バカらしい」とくしゃりと握り潰した。
スマホでルパンの携帯に連絡をすれば、繋がらない。訝しがりながら、次元、五ェ門、不二子へと連絡をするが通じない。
何事だと、もう一度ルパンに掛けるが繋がらない。
流石に焦りが生じてきた。志保はレベッカにも連絡をしたが、彼女は知らないという。どこか疑わずにはいられないが、彼女は先ほどまで一緒にいたのだ。
ピコンと通知が入り、見れば『志保ちゃんが素直にならないと愛莉ちゃんは返さないよ〜』とご丁寧にルパンのマークまで入っている。

「素直って………」

先ほどの夕刻の事を言っているのだろう。
だけど、自分には彼の手を取る資格などないのだ。
完璧であった彼の人生をめちゃくちゃにしてしまった身としては、解毒剤を完成させ、無事に彼を『工藤新一』に戻すことが唯一の贖罪であった。
それからは彼が元のレールに乗り、あれほど近くにいながらも伝えきれずにいた彼女とようやく手を取り合って進む未来を応援していたのだ。
それが、まさかの告白をされるとは思えなかった。
ありえない、そんな筈がない。頭はそう思っていたのに、身体は彼の手を取りたかったのだ。
腕を組む事でそれを抑えていたが、実は涙が出そうになる程の嬉しさがあった。
でもダメ、自分は既に彼から歓びを与えられたのだ、だからこそ彼の手を取ってはいけない。

とにかく、ルパンたちを探そうと志保は上着を羽織り、スマホと財布を持ってホテルから飛び出した。

「愛莉が望むもの……」

それを考えながら、スマホの地図アプリを立ち上げる。4年も日本にいない内に大分様変わりしているようで辺りを見回した。
愛莉にはスマホを持たせている。彼女の行方は分かるはずだが、ホテルから出た瞬間に電源を切ったのか、信号が消えた。

「………ちっ…」

思いがけず舌打ちが洩れたが、方向転換しようと身体の向きを変えた時に腕を掴まれた。
こんな時になによ!と掴んだ相手を睨もうとしたら「宮野!」と焦ったような声が耳に入った。
掴んでいたのは新一で、その後ろには真純も黒羽もいた。降谷の姿はなかったが、今の志保には気にしている場合ではない。

「何よ、離して!」

「離さねぇよ、話を「それどころじゃないのよ!」」

眉を下げて懇願するような声音だったが、今は彼に構っている場合ではないのだ。
焦りが見えたのだろう、真純と黒羽が「どうしたんだい?」「何かあったの?」と立て続けに問いかけてきた。

「………あなたたちには何も関係は「ないなんて言わせないよ!ボクは志保の従妹だからね、志保に何かあった時に協力するのは当たり前だよ!」」

「俺も、志保ちゃんに何かあったら関係ないなんて言われたくないよ!」

「……は?」

生憎だが、黒羽の言葉はどうでもよく、志保は真純の言った事に驚きを隠せずにいた。
誰と誰が 従姉妹だって?

「………もしかして、志保知らなかったのか? ボクのママと志保のママ──エレーナさんは姉妹なんだよ」

「………はぁ?」

そんなの知らない、と思っていると彼女は「おかしいな、秀兄が言ったと思っていたのに」と呟いた。「そんな話、聞いたこともないわ」と答えれば「なにやってんだよ、秀兄は!!」と真純が頭を掻いていた。

「ま、という訳だから、志保に困ったことがあればボクは力になるっていってるんだよ!何か焦っているみたいだけど、何があったんだい?」

ジッとこちらを見つめてくる真純の姿にどことなく仕草が愛莉に似ていると思えたのは、肉親だからなのかと錯覚しそうになる。
そんな筈はない、肉親だと言われたから錯覚しているだけだ、と志保は頭を振った。
それに未だに離されない腕も気になる。
チラリと彼を見てみれば、心配そうな眼差しをこちらに向けている。志保はパッと目を逸らした。
こうしている間にどんどん時間は過ぎていく、志保は時計を見つつ、翡翠色の眸を閉じた。
自分1人では無理があるのだ。

「……………………実は…」

「うん?」

「……娘が、ルパンに連れていかれてしまったの…」

「娘……」

「え、えぇ……」

「…………誰の…、誰とのだよ!」

掴まれていた腕とは別に、肩に彼の激情と共に力が込められた。

「ちょ、くど、いた、痛いわ……」

「工藤!止めろって!!」

「あ………わ、わりぃ…」

「ぇ、えぇ……」

肩に置かれた手は離されたものの、腕はまだ掴まれたままだ。

「大丈夫? 志保ちゃん」

「大丈夫よ、それよりも早くあの娘を探さないと!」

私にはあの娘しかいないのに、と不安になってくる。生まれてから一度も離れた事はなかった。
いつもはルパンたちがいて安心していたのに、その彼らによって離ればなれにされるなんて。
どうしよう……、自分はなんて無力なんだろうか……。失う怖さをまた味わうのかと思うと身体が震えるのが分かる。

「宮野!安心しろ、お前の娘はぜってぇ見つけてやるから! だから、だから、そんな顔をするな!!」

「………く、どう…くん…」

「そうだよ!志保!!志保の娘ならボクの姪になるんだ!!見つけてやるよ」

「真純ちゃん、従姉妹の子供は姪にならないよ……志保ちゃん、俺も協力するから大丈夫だよ。何か手掛かりはない?」

「え、ええと……あ、カードが……」

ふざけたカードだとすぐに握り潰したカードを差し出すと、新一がひったくるようにそれを掴み、シワを伸ばした。
よくよく見れば、カードには何か模様が描かれているが、意味が分からない。
『月』『星』『太陽』らしき絵柄が描かれているそれを見て、新一はどこかでみた事を思い出す。
黒羽も興味津々で見ているのは暗号を使い、犯行予告をしていた元怪盗だからだろうか。
真純もなんだろうかと絵柄を見ていた。

「思い出した!」

「工藤くん?」

絵柄を見ていた新一は叫ぶと隣にいる志保を向いた。

「これ、アレじゃねーか!前に博士が別荘で出した宝探しの暗号だよ!」

「………なんの話?」

「あれ、オメーも一緒に………って、あ、そうかあの時はまだオメーはいなかったんだ」

一人で叫んで一人で納得する新一に三人は訝るように彼を見た。
新一はごほん、と咳をすると、何年か前、まだ江戸川コナンだった頃に博士が作った『ボイスチェンジャー』が某玩具会社で扱われ、契約金が入った為に親戚の別荘で少年探偵団たちと宝探しゲームをしたという。その際に使われた暗号だというのだ。

「それをどうしてルパンが……」

「とにかく行ってみようぜ!」

ぐいと力強く手を掴まれ、志保はハッとしながらもその力強さに、心が安堵してしまいそうになる。
いつだってこの力強い手に守られ、勇気を与えられてきたのだから。

「………えぇ…」

そっと握り返された手に、新一は胸がいっぱいになるのと同時に振り払われなくて良かったと安堵する。
そんな二人の様子に、真純と黒羽は顔を見合わせ良かったと思えた。

「まずはこのアジトから行ってみよう!」

「車、取ってくる!」

「ボクも行くよ!黒羽くん!」

黒羽と真純がこの場から走っていくのを眺めながら、志保はどうしたらいいのか分からなかった。
しかし、繋がれた手がギュッと力を込められる。

「………宮野、その……結婚、したのか…?」

「…………………どうして、」

「どうしてって、その、ルパンがお前は人妻だって言ってたし、子供もいるって………」

先ほど、会った時の勢いはなんだったのか、横を見上げれば眉を下げて縋るように見つめてくる彼に驚くしかない。ついさっき、暗号を解いた時の強気な彼はどこに消え失せたのだろうか。

「……………だったら、どうだというの…」

「……え、そ、ソイツ!お前の相手に会わせろよ!」

「……………会わせてどうなるのよ、関係な「ないわけないからな!」工藤くん…」

「関係ないなんて言うなよ!俺はお前が好きなんだよ、き、気になるに決まってるし………ソイツに言いたいんだ!」

「なにを? よろしくお願いします、とでも言うの?」

「違う!俺は宮野が、志保を好きだからお前を諦めてくれって言うんだよ」

「…………な、何を言ってるのよ……」

「俺はお前を諦めきれねぇよ! お前がいなくなってずっと、何回もイギリス行ったり、イタリアも、途中の国々回って探してたんだぞ!! そんなの好きだから、お前を取り戻したかったからに決まってるだろ!だから、お前の……言いたくないけど旦那に宣戦布告してやんだよ!」

顔を真っ赤にしながら痛いくらいに手を握る新一に志保は顔を逸らした。

「………ば、バカな事言わないでよ!」

「バカな事じゃねーよ、俺は「いないわよ」は?」

「………旦那なんていないわ……」

顔なんて合わせられない。きっと合わせたら涙が溢れそうになってしまう。そんなの今は不要だ!
今、志保にとってなにより、命より大事なのは愛莉なのだから。

「………志保、ちょっ「お待たせ!志保ちゃん、工藤乗れよ!」黒羽……」

なんつータイミングで、と新一は嘆きたくなったが、繋いでいた手はするりと外され、志保は真純が開けた後部座席に乗り込んだ。
早く乗れよ!と黒羽に促され、新一は助手席へと乗り込んだ。
どこだ?と訊いてくる黒羽に新一はぐっと、眸を閉じた。今は志保の娘を探すことに全力を尽くさなければならない。
次に瞼を開けた時には蒼い聡明な眸は探偵の眼をしていた。



2017/08/04


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