灯台下暗しの大捜索
後部座席に座る志保を気にしながら、新一は何年前の記憶を甦らせる。
『月』『星』『太陽』をあいうえお順との並びを思い出し、示された場所を運転する黒羽に伝えた。
「オッケー」と呟くとアクセルを踏み、車は加速した。
後ろを伺いみると、志保は両手を握り合わせ祈るように震えている。真純が肩に手をやり、抱き寄せるように傍についている。
「大丈夫だよ、志保。すぐに見つけるから」
「……ええ……ありがとう、世良さん…」
「真純って呼んでくれよ、ボクたちは従姉妹同士なんだぜ?」
「………私に…」
「え?」
「………私に血縁なんてもういないと思っていたわ」
「ごめんよ、てっきり秀兄が伝えてるもんだと思っていたんだけど……。ママから聞いていたんだよ、妹は化学者なんだって。たださ、ボクが生まれる前にママたちがパパに呼ばれて日本にきた時には、エレーナさんたちは行方不明になっていた、もしくは亡くなっていたようで……君たちを探せなかったみたいでさ」
「………そう、」
聞いた事はなかった。母に姉がいることもなにも。姉も知らなかったのだろうか……。
「だからという訳じゃないけどさ、もう少しボクたちを頼ってよ? ボクたちも親戚がいるなんて知らなくてさ、ましてやこんな美人な従姉がいるなんて嬉しいじゃないか」
「……楽観的なのね…」
「そうでもないよ、でもさ、あんな事件を経験したらさ、楽しまなきゃ勿体ないじゃないか」
「………ありがと……」
手を握る志保に真純は嬉しくなって握り返した。
「今は君の娘を取り返す事に専念しようか」
「……えぇ」
紹介はしてもらうからな、と話す真純に志保は少しだけ微笑んだが、すぐにまた両手を組んでいた。
「あそこだろ」
車が止まったのは落ちぶれた町工場のようだ。
人の気配はないし、周りも廃れた工場があるようだ。
「……ここって…」
来たことはないが、なにか知っている気がする。
建物とシャッターが古いがどちらかといえば、まだシャッターが新しいようにも感じる。
それは新一も同じようであった。
「……もしかして、あれか? 前にアイツらが見つけたアジト…」
「そうだわ!そうよ、あの子たちが探し回って見つけた所だわ」
あの子たちと少年探偵団の子たちである。
中に入ると埃はあまりないが、それでも人の気配はどこにもない。
何か手がかりはないかと、探していけばまたカード置かれていた。
素早く暗号を読むと、次の場所へと車を向かわせるがまたカードが置かれているという堂々巡りだった。
志保は何度かルパンたちに電話をするが電源を切られてしまっているようだ。
時間は無情にも過ぎていく。またカードを見つけて読んだ時、新一は「はぁ?」と声を上げた。
「なんなの?」
見せられたカードには太陽だけが描かれていた。
「……なに?」
「これは、アガサ と並んでいる。アイツら博士のトコだ!」
「博士は今、病院だろ?」
「今日、会ったんだろ? もしかしたら「いいえ、違うわ」志保?」
「博士の家にいるんだわ……」
「確証は?」
「……今日、病院であの娘と博士が話していたの。博士の家に行ってみたいって……博士もすごく喜んで……だから早く退院出来るように……」
「じゃあ!博士ん家だ!黒羽!!」
「へいへい! あ、でも念の為に真純ちゃんは病院に行ってみたら?」
「うん。今、零さんに連絡してる。今こっちに向かうってるってさ」
「真純ちゃん!」
車に乗らずに真純は答えた。
「大丈夫だよ、病院にいなかったらそっちに向かうし、いたらルパンたちをやっつけて、愛莉ちゃんを助けるからさ。ボクを信じてよ」
八重歯を見せて笑う真純に、志保は頷いた。
「…………よろしくね、真純ちゃん」
「任せてよ、志保!」
ちょうど白い車が走って来た。真純は助手席に乗り込むと、ニカッと笑い車は走り去っていく。
バタンと志保の隣に新一が乗り込むと、運転席の黒羽に告げた。
「早くしろ、黒羽!」
「工藤!なに、ちゃっかり志保ちゃんの隣に移動してんだよ」
「うるせー!いいから早くしろ!」
「へいへい」
車が動き出すのと同時に、新一に志保の手を握られる。
なに、と咎めるよりも早く強く握られた。なんだろうと、隣を見るとじっとこちらを見つめていた。
その強い眼差しに囚われるように、志保も新一を見つめる。真っ直ぐに見るのはいつぶりなんだろうか、速くなる鼓動に志保は慌てて顔を逸らそうとしたが、そうはさせるかと掴まれていた手を離され、ぐっと腰に手を回された。
「ちょ、ちょっと!」
「逃げんな」
「…工藤くん!」
ぐっと抱きしめられ、新一の胸元に顔を押しつける体勢に志保は抵抗するが、それを許さないとばかりに回された腕の力が籠る。
トクトクトクと耳に聞こえてくる鼓動は少しだけ速い。しかし不安気だった志保の心が凪いでいく。
「大丈夫だ、俺に任せろ」
「…………工藤、くん…」
その一言に、ホロリと眸から熱い滴が流れた。
小さく肩を揺らす志保を抱きしめ、それほどまでに娘が大事なのかと思う。
無論、志保の娘は心配であるが、問題は志保と誰との娘なのかが気になって仕方がない。
ルパンたちと行動をしている事を考えると、ソイツも犯罪者なのか、泥棒なのかと疑ってしまう。
やっと、自分の気持ちに気づけたというのに、彼女は以前とはすっかり変わってしまったのだろうか。
それでも手離すことなんて出来そうにもない、ようやく見つけ出せたのだ、ずっとずっと気づかずに恋い焦がれていたというのに。
涙で額にかかる髪が張り付いてしまっているのがまた愛しく感じてしまう。本人は嫌がるかもしれないが、もう離したくない、離れたくない。
車は見知った住宅街へと進んだ。
懐かしい、独特の建物が目に入る。志保はそれを真っ直ぐ見つめた。
短い間だったが、学校へ通い、友人が遊びに来て、父と呼べる家族がいた、忘れられない場所である。
多少古くなっただろうか…。
しかし、灯りはどこにもなかった。
「……………ここじゃなかったのかしら…」
「やっぱ、病院か?」
「真純ちゃんから連絡来たけど、病院にはいないみたいだよ」
「とりあえず、中に入ってみるか」
新一がキーケースから鍵を取り出した。
「……どうして、鍵を持っているの?」
「たまたまだよ。博士の着替えとか頼まれたしな」
カチャリと鍵が開き、扉が開く。
懐かしい室内だが、色々な荷物があちこちに置かれており、初めてこの家に入った時の事を思い出す。
「………随分、散らかっているのね」
「オメーが戻って来なかったせいだろ」
「………………そうね…」
回りを見渡してみるが、いる気配はない。
志保はふと、地下室へ続く階段へと足を向ける。
いるとすれば、ここだろう……。
「……志保、」
一人で行くなと言わんばかりに新一は志保の腕を掴んだ。
不安げに揺れる眸を見てか、彼女の隣に並ぶ。
「………狭いわよ、少し避けて」
「…………いいから、下にいくぞ」
ドアノブに手を触れる。何度この部屋に入っただろうか。
ここで解毒剤の研究をしてきた。来る日も来る日も化学式を構築しては計算、時に可能性を見つけて、挫折してを繰り返した。すべては────彼を『工藤新一』に戻す為に。
さらりと流れる黒髪が見えた。
ダメだ、私は彼の手を握る資格などない。
掴まれていた腕を拒もうとしたが、それは許されなかった。
「………言っただろ、俺はオメーを離す気はねぇって」
片目を瞑り、笑う姿が眩しく見える。
それよりも今は愛莉だ──志保は頭を切り換えてドアノブを回した。
そこは埃を被ったまま、志保が阿笠邸を、日本を離れた時と変わらない部屋があった。
しかし、ここにも愛莉の姿がなかった。
「………どうして、」
悲鳴のような喚き声に、新一は震える志保を抱き寄せる。
「落ち着け!まだ何か手掛かりがある………志保、来い!」
「ちょ、なに……?!」
戸惑う志保を掴み、階段を上がる。そこには黒羽と到着した真純と降谷の姿があった。
「工藤?! ど──「ちょっと隣に行ってくる!オメーらは待っててくれ!」」
「はあ?」
声をあげる彼らを通りすぎ、新一は隣家──自宅へと志保を連れていった。
ガチャリと鍵を開ければ、すぐに人の気配を感じられた。
二階にある書斎へと駆け足で上がれば、部屋の真ん中にに置かれた机に、志保の愛する娘の姿があった。
「愛莉っ!!」
「ママっ!!」
志保が両腕を伸ばし声を張り上げれば、本を読んでいた『灰原哀』にそっくりな女の子が笑顔を向けた。
「……良かった、愛莉…!」
「……ママ……?」
何が起きていたか知らないでいたのだろう、抱きしめられて首を傾げている。
だが、嬉しそうに志保に抱きつく女の子は、新一の存在に気づいたのか、聡明そうな蒼い眸を彼にぶつけた。
「……………………あなたが、パパ?」
「─────は、」
いきなりの言葉に、新一は眼を見開いたのだった。
END
2017/08/13