雨降っても地面はぬれたまま

名探偵コナン

「おじちゃんたちはだぁれ?」

真夜中に近い時間にも関わらず、小さなお姫様は小首を傾げてこちらを見ている。
まずはガムテでぐるぐるにされているのに疑問をもって欲しいが、くるくるとガムテを指で回している峰不二子が「楽しいお遊びよ」とハートマークをつけているかのような愉しげな声を出している。
つか、おじちゃんて……服部はともかく俺はそんなに老けてみえるはずがない。きっとまだ高校生にだって見えるくらい若い!

「誰が高校生や、ボケ!」

「あれ? 聞こえてた?」

「めっちゃ口に出してるっちゅーねん」

志保ちゃんと工藤が飛び出してからすぐに気配を感じて構えたが、あまりの速さに対応出来ずに身体を叩きつけられたようだ。
気づいたら、隣にはガムテをぐるぐる巻きにされた色黒の服部がいて、あれ?っと呟いた瞬間には自分も同じ状態だと分かった。
ついでにいうなら真純ちゃんと降谷さんは気絶してるのか、同じようにガムテで縛られている。
ソファーには色っぺ〜美人─峰不二子がひらひらと手を振りながら「あらぁ、気づいたの?キッド様」と紅いルージュがやけに目に入りながら、それを耳にした。

「すまぬな、若者たちよ」

峰不二子の傍には噂の斬鉄剣を持った石川五ェ門が鎮座していた。

「いやいやいや!なに?いきなり?!志保ちゃんと工藤は?!」

「アイツらならまだ隣だ」

いつ入ってきたのか分からないが、次元大介までもが現れた。幼子を抱っこしたまま。

「ほら、降りろ」

「はーい」

元気だが可愛らしく返事をしたその幼子は見た目に反してとても利発な質なようだ。
くるりとこちらを向いて、キョトンとした。
そして冒頭のセリフになるが……。
どうみても、何年か前に見たことがある風貌に快斗も服部も口をあんぐりと開けていた。

「あ、あのね?俺らはまだおじちゃんとか言われる年齢じゃないつーか……」

「あ、ああ……あんさん、名前は…?」

「あんさん?」

服部の言葉に首を傾げる仕草は見たことはないが、彼女の姿形はあの天才科学者が小さくなった時に生き写しだった。

「五ェ門〜 あんさんってなに?」

「そなたの名前を聞いてるでござるよ」

「なまえ? みやの あいりです」

にこーっと笑う顔はとても可愛い!可愛すぎる!!
つか、志保ちゃんの娘?! じいちゃんと博士が天使だ、天使だと言っていたのが分かる!分かるよ!!

「おじちゃんたちはだれ? パパのおともだち?」

「「……パパって……」」

「ママとおはなししてた人」

つまり、つまり……?
この子の父親は工藤ってこと?!
ジェットコースターのような展開に快斗も服部も訳が分からず混乱している。

「まぁ、あの探偵坊主がどれだけ志保に粘るかが問題だかな」

くくっ、と笑いながら拳銃を手にしてる次元大介に峰不二子が「あらぁ、志保ちゃんは嫌がってるの?」なんて会話をしている。
ちょっとまって!彼らは志保ちゃんが誰の子を産んだのか知ってたの?それが工藤の子だって?!

「あの志保ちゃんが生むくらいなら、あのボウヤしかいないでしょ」

「あれ、また口に出てた?」

「出てたわよ、キッド様。あ、それともあなたが愛莉ちゃんのパパって可能性もあるのかしら?」

「へ?」

「だってぇ、あなたもあのボウヤも似ているし、ほら、愛莉ちゃんと並んでもやはり似てるわぁ」

「不二子、これ以上 愛莉を混乱させるなよ」

「志保ちゃんは誰が父親かなんて明言していないもの、キッド様だって可能性がない訳かもしれないじゃない?」

「それよりもそろそろ愛莉殿を寝かしつけたらどうかと思うのだが。眠そうだ」

確かにもう夜も遅い。こんな幼子が起きていていい時間ではない。口数が少ないのは眠いからのようだ。

「もうこんな時間なのね。睡眠不足は美容の敵だわ。愛莉ちゃん、寝ましょう」

「……うん…」

伸ばされた手を掴み、こしこしと目元を擦りながら勝手にベッドに入り込む二人に次元も五ェ門もため息を吐いているが、こちらもなんとかして欲しい。
服部もこの展開についていけないのか、いつもの覇気がない。

「おんやぁ? なんだこの状態?」

不二子が寝るからと勝手に電気を消され、残された俺らは間接照明がポツポツと灯る中に拘束されたまま放置されていれば、ルパンが現れた。

「ルパン三世!」

「……本物や…」

「怪盗キッドと、大阪の西の探偵くんだっけ?」

「おい、これ、解けや!」

「つか、なんでこんなんなってんだ?」

「あのねーちゃんにやられたんや」

服部がくいっと顎で示した方にはベッドで眠る不二子と愛莉の姿があった。

「あーらら、不二子ちゃんにやられたんだ」

ハハハ〜と笑うルパンも不二子にやられたこともあるのかもしれない。
これもなんとかして欲しいが、志保ちゃんたちがどうなったのかも気になる。
それを察したのか、ルパンは顎を擦りながら「まぁ、雨降って地固まるんじゃねーかな?」と溢していた。
つまり、二人の仲はなんとかなりそうなんだろうか、と服部と顔を合わせる。
しかし、服部は訳が分からんとばかりに説明を求めて来た。

「黒羽、これはどういうこっちゃねん? なんでルパン三世とかで出てくるんだ? ついでにあのちっこいねーちゃんがやたらと灰原のねーちゃんにそっくりなんはなんでや?」

「………あれ?服部 知らねーの?」

そう言ってみたものの、そういや連絡してなかったという事に気がついた。
つか、真純ちゃんや降谷さんは大丈夫なのかと二人を見るがまだ目を覚まさないようだ。

「そこの二人は手強かった故、少々力が入りすぎた。すまぬ」

「はい?」

「「…………」」

あの二人を気絶させるってすげぇ!と感心しながら簡単にヤられた自分が情けないと混乱しつつも、服部に経緯を話せばかなり驚いているし、なんで俺に連絡寄越さないねん!と怒鳴っている。
しかし、志保ちゃんが無事だと知って「無事やったんやな…」とほっとしていたようだ。
考えてみれば、工藤と一緒に暮らしている服部が一番気にしていたのかもしれない。
度々海外に志保ちゃんを探しにいく工藤を一番見送り、出迎えていたのだから。
そうだ、志保ちゃんは無事だったんだ…と今頃になってほっとしてきた。
姿を消した理由はなんとなく、あの小さなお姫様をみれば分かる気がした。それでも彼女に頼ってもらえなかったのが残念でならない。理由が理由だとしても。
自分たちの気持ちを察したのか、ルパンが缶コーヒーを口にしながら話始めた。
自分たち──先に見つけたのは峰不二子であったが、身重の彼女を保護したこと。誰の子を身籠ったのかは勘だったという。
頑なに誰にも知られなくないと話す彼女を放っておける訳もなかった。まぁ、色々と協力してもらった事もあったという。
志保ちゃんに犯罪の片棒を?!と睨めば、それはしていないと言った。そこまで非道ではない、と。
赤ちゃん──愛莉ちゃんが生まれた時にはみんなして構い倒したという。志保ちゃんの子供だけあって、賢いらしい。ルパンたち曰く吸収力が半端ないらしく、探求心は誰かさんのようだという。
ルパンたちは志保ちゃんはもちろんだが、生まれる前から知っている愛莉ちゃんが可愛いくて仕方がないらしい。あの娘が望むならば叶えてあげたいという。
日本に来て、口に出したらしい。パパがいるのかと、いるならば会いたいのだと。
志保ちゃんは会わせる気はなかったが、ルパンたちは愛莉ちゃんの願いを叶えたく、志保ちゃんにも幸せになってもらいたいのだという。

「志保ちゃんは本当に良い子だよ、俺たちのワガママにだってきちんと応じてくれる。嫌だと言いながらも、だ」

それは幼い頃から犯罪組織に身を置き、いつの間にか身に付いた処世術なのだろう。無意識で、身につけてしまったものだ。彼女が反発したのは多分二回だけ。
姉を殺され、反発し、組織を抜け出した時と、そして愛莉を身籠った時に自分たちから逃げ出したのだ。
口では辛辣な言葉を並べながらも、彼女は頼まれた事を応える人間だった。どこか従順な所を持っていたのだ。
そんな彼女を言いたくはないが哀れんだのかもしれないとルパンたちが言う。同情なんて彼女にとっては迷惑でしかないだろうがな、と。
ただこの四年間、付かず離れず過ごしてきて、自分たちにとって彼女たちは守ってやりたい存在だと認識した。だからこそ、レベッカという大きな羽の中に隠させたという。

「レベッカはなー、世界的な金持ちでもあるから彼女を隠すには持ってこいだった訳よ。ついでにいうなら志保ちゃんとも仲良しだしな」

会った事はないがレベッカ・ロッセリーニは大変な富豪であるし、若き当主は様々な事業にも手を伸ばしている。ゴシップクイーンと呼ばれているらしい。
なるほど、それは見つからないかもしれない。と快斗は苦笑いし、服部も肩を竦めた。
誰かに匿われているであろう可能性はあったが、生活に困る事はないくらいに彼女は娘を周りに助けられながら育ててきたのだ。
あの天真爛漫な娘を見て、彼女の子供にしては元気溌剌としている。
そんな事を考えていると、ルパンたちがなにかを察したのか玄関の方を向いた。
ガチャリと開いたドアの向こうには志保の姿があった。

「愛莉は!」

「不二子と寝てる」

次元が顎で示せば、黒羽たちをスルーしてベッドへと走りよった。いや、見えていなかったのかもしれないが。

「……愛莉! 良かった……」

床に膝をつき、安堵の声を洩らしながら彼女は娘の髪をすいているのかその場から動こうとはしなかった。黒羽も服部もそちらに目を向けていたせいか、いつの間にか新一が阿笠邸に入って来ていることに気づかずにいた。

「よぉ、探偵坊主。首尾はどうだったんだ?」

「………うるせぇよ」

「あれ? もしかして志保ちゃんに振られたのかよ」

「……………振られてねぇよ…」

面白げに笑い出すルパンに新一は呟きながらギッと睨んだ。
その様子に次元や五ェ門もフッと笑い、ルパンは「あーらら」などと軽口を叩いている。
さすが、志保ちゃん流されないもんだなどと思っていると、黒羽と服部は「「はぁぁ??」」と声をあげた。
ちらりと二人を見た新一は「うるせぇ」とそっぽ向いている。いやいやいやいや、何 フラレてんだよお前!である。
つか、いい加減このガムテを外して欲しい。
そう願うも、それは彼女によって遮られた。

「ルパン、戻りましょう」

みれば、いつの間にか峰不二子は起き上がっているし、志保の腕には先ほどの天使……幼子が抱っこされている。

「え、いーの? 志保ちゃん」

コイツは。とルパンが新一を指差すが、彼女は顔を逸らしている。

「おい、志保ちゃん掴まえられなかったのかよ」

「………志保が、まだ許してくれねぇだけだよ…」

ムスっとしながらも、この様子から何か条件が出されたのだと判断し、ルパンは「そっか、んじゃ頑張れよぉ」とそれはそれは軽いノリで返した。
ルパンが先に出て行くと、志保も愛莉を抱っこして出て行く。それを不機嫌さを隠すこともなく新一は見ていた。

「志保ちゃんにフラレちゃったの? 頑張るのよ?」

「頑張るのだぞ」

「………バーカ。ちゃんと志保を掴まえろっつーの!」

不二子、五ェ門、次元に不憫だなと言わんはがりに肩を叩かれた。

「振られてねぇ!! 志保!ぜってぇ迎えに行くからな!」

「……………知らないわ」

新一が真夜中にも関わらずそう叫ぶと、志保は一瞥しただけで車に乗り込んだ。
やがて彼らは暗い住宅街の中を走り去ってしまったのだった。

「………くっそー!!」

ガンっ!と八つ当たりに柱を蹴る新一に対し、とりあえずガムテを剥がしてと願う黒羽と服部だった。




END。




END
2017/09/02


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