掌中の珠へ手を伸ばす

名探偵コナン

なにがどうしてこうなるのか、と志保は頭を抱えていた。
普段は愛莉と一緒に寝るダブルベッドに、愛莉を真ん中にして左右に新一と志保が鎮座していた。

「ママとパパといっしょ〜」

無邪気に笑う愛娘に志保は苦笑いを浮かべ、新一はというと心の中で願ったこともない神に『ありがとうございます』と手を合わせていた。
ぱふんっ!とベッドの真ん中に寝ころぶ愛莉は興奮しているせいか、足をばたばたさせたり、ごろごろと転がっては新一に引っ付いたり、志保のくっついたりしていた。

「……愛莉、そろそろ寝ましょう」

ぽんぽんと愛莉の枕を叩く志保に、愛莉は「まだ〜」と言ってはいるがさっきから瞼を擦っている。いつもならばとっくに熟睡している時間だ。
先程まで一緒に騒いでいた新一も時計を眺めては、志保の言葉に同意した。
愛莉は「じゃあ、手つないで…」と甘えてきた為に志保も新一も手を繋いでようやくベッドに川の字を寄り添って作っていた。

「ママとパパといっしょでうれしい!」

本当に嬉しそうに呟く愛莉の向こうを横目でちらりと見れば、彼は頬杖をしながらこちらを見つめていた。パチリと眸が合うと緩やかに口端をあげて、とても嬉しそうに微笑んでいる。
パッと眸を反らし、志保は楽しげにしていた愛莉がだんだんと眠りにつくのを繋いだ手のぬくもりで分かった。
小さな笑い声が、急にすぅすぅと寝息に変わる様に笑みを溢せば、愛莉を真ん中にして向き合っていた新一に肩を掴まれた。

「……触らないでくれる…」

「やだ」

「………どういうつもりなの…」

いつもならば愛莉とくっついて寝るのだが、新一がいるために志保は身を離そうとする。しかし彼の手が志保の二の腕を撫でた。

「ちょっと、やめて…」

愛莉が間にいるにも関わらず、距離を詰めてこようとする新一の腕を志保は指で摘まめば「いて!」と声をあげて、腕が退かされた。

「親子三人で寝るんだから密着したっていいじゃねぇか」

「よくないわよ」

「………」

「私と愛莉は親子だけど、貴方は違うわ」

「愛莉は俺とお前の子供だろ、鑑定だって……」

勝手に鑑定をし、それを郵送してきた彼に腹を立てたし、婚姻届けを送ってきたことには頭を悩ませた程だった。

「………私と貴方は夫婦でもなんでもないの、勝手に入り込まないで欲しいんだけど」

「愛莉の願いを叶えたんだよ。俺もオメーと一緒にいたいし」

ぐっと手を握られ、志保はドキリとする。
恨めれば、嫌いになれたら、と思うものの、愚かながらに自分はなんだかんだいって彼を嫌いにはなれないのだ。
愛莉の為と言い聞かせているが、彼と一緒に過ごしたくないからである。
これ以上、傍にいたら勘違いしてしまう。
彼は、無くなったおもちゃを惜しがっているようなものなのだ、そう思っていた方が己を傷つけることはないから……ストップがかかる。

「………離して…」

「いやだ」

お願いしてみるも、志保を真っ直ぐ見つめてくる新一にため息を吐くしかない。
ならば無視をしようと、手を掴まれたまま愛莉の頭を反対の手で撫でてやると寝ている娘はどこか嬉しそうに笑みを浮かべている。

「……志保、好きだよ」

「……………」

あの頃ならば、照れて絶対言えないだろう科白を易々と呟いてくる彼にどうしたのかと訊きたくなる。
そんな風に彼女にも囁いていたのだろうか、甘い艶言を。
それを思うと胸が痛くなる。ホロリと溢れそうになる涙を堪え、志保はただただ愛莉を抱くように寄り添うことにした。



なにも応えない志保に不満に思いながらも、愛莉を宝物のように抱く志保をどんなものからでも守りたい、ずっと傍にいたいと思いながら、彼女たちごと抱きしめた。
志保に手の甲をつねられながらも、それがまたどこか愛おしくて仕方なかった。

「……………ごめん…」

苦しませて、ごめん。
彼女に何をしたのかは思い出せない。頑なに自分を否定する彼女に無意識に酷い事をしたのだろう。
あの巻き戻った時間の中で「デリカシーがない」だのと散々言われていたのだ。
赦して欲しいとは思うが何をしたのか分からない以上それを望むのはおかしい。だからごめん。
覚えていないことに謝罪をしても意味はない。謝罪出来ない事が情けなくて、申し訳ないのだ。
でも、赦されなくとも、嫌いにならないで欲しい。
嫌われてしまったら、どうしたらいいのか分からない。
さっきまで眉間に皺を寄せていたが、それがなくなっているのを見ると眠ったのだろう。
愛莉に寄り添って眠る志保に触れるか触れないかのギリギリで白い肌に手を伸ばす。
全然違う肌のきめ細やかさと色の違いにトクンと音が鳴るのが聞こえた気がした。
あの頃は気づかなかった、だって「工藤新一は毛利蘭を好き」だったのだから。
本当に大事なモノはいつだって失ってから気づくもので、志保がいなくなったと知った時には蘭の存在は当に追いやられていた。
それでも長年の思いというのは呪縛のようなもので「工藤新一には毛利蘭」はなかなか断ち切れず、蘭も傷つけた。
彼女──志保が願っても、もう戻ることはない。
愛莉が産まれたからとか、責任を取りたいとかだけではない。無論、その思いはある。
だけど、そうじゃない、もし愛莉という存在がいなくとも自分は志保を、宮野志保を求めているのだから。
そっ、と頬に手を滑らせれば、身じろぎはしたものの起きる気配はないようだ。
ふっと笑いが洩れたのは、いつだって彼女は気を張っていたから、こうして寝れるようになった事が嬉しくて、でも出来たらもう少し緊張感を持ってくれたら、などと勝手に事を思う。
身勝手ついでに、俺といる事に安心感があるのならばいい。

「……………志保、」

愛莉が起きないように小さく呟くが、彼女も娘も疲れからか静かに寝ている。
フライトの疲れが自分もあるはずなのに、眠るのが勿体ないのか、まだまだ寝れそうにない。

「……………愛してるよ…」

認めてくれなくとも、届かなくとも、口にして伝えていきたい。傍で囁いていきたい。
身を起こして、眠る彼女の額に口づけをした。
泣きたくなるような、切ないような痛む心に眸を瞑っていると小さな温もりが腕に触れた。
え、と眸を開けるとそこには己と同じ蒼い眸がこちらを見ている。

「あ、愛莉…」

思わず声が出たが、愛莉は小さな指をしーっと口に充てていた。
新一は起きたのか、と小声で問いかけた。

「……パパはどうしたの?」

「ん?」

「ねないの?」

真っ直ぐ見つめてくる眸に愛しさが込み上げてくる。愛莉の頭を撫でると志保が起きないように声を潜めた。

「嬉しくって眠れないだけだよ…」

「うれしくて?」

「あぁ、こんな風に愛莉と、志保と一緒に横になれるなんて思ってなかったから」

あわよくば泊めて貰えたら、とは思っていた。
流石に無理だとは思っていたのに、愛莉が一緒に寝たいと願ったので実現したまでだ。

「あいりはパパとママとねたかったよ」

うふふっと嬉しさで足をバタバタしそうになっていたから新一は少し慌てた。志保に気づかれてしまう。

「……そっか、パパも嬉しいよ」

「よかった」

手を口元にやって笑顔を見せる娘に新一は眸を細める。

「……愛莉は、パパとママが一緒にいたら嬉しい?」

「うん!うれしいよ!……でもママはちがうのかな…」

やはり分かるのだろう。

「……パパは、ママに嫌われてる、の、かな…」

己の口から言いたくもない言葉を出せば、ガシッと手を掴まれた。

「ママはパパをきらいじゃないよ」

「え」

「ママ いってたもん、あいりのつぎにパパがだいすきだって、あいしてるって!」

興奮したのか、愛莉が起き上がり新一に向かって言えば、新一は真っ赤になるしかなかった。
それは言葉はもちろんだが、話し声に起きたであろう志保が真っ赤になって二人を見ていたからだ。
その眸に偽りなどない。

「あ、愛莉!あなた 何を言って…」

「ママ! だって ママ いってたよ」

「そ、それは……」

娘に対して嘘はつきたくないのだろう。
志保が言葉に詰まっているのは、それが誠であるからだ。

「ちょっ…工藤くん!」

引き寄せて抱きしめれば非難の声をあげるが、新一は良かったと心底思った。
嫌われてなんかいないということに、彼女が今でも自分を好きかは正直分からないが嫌われていないことが嬉しい。

「パパ ずるーい」

「あ、愛莉…」

引っ付いてる二人に愛莉も小さい腕を広げてくっついてきた。
ああ、好きや愛してるだけでは足りない。
なんて言葉にすれば一番いいのか、あんなに本を読んできたのに、相応しい言葉が何一つ浮かばない。

──傍に いたい 彼女たちの傍にいたい

それだけで幸せなのだと思う。
でも言葉にしないと伝わらないものだから……。

「────愛してる」

そう伝えれて、暫くしてからそっと腰に手が触れたのが分かった。
更に抱きしめれば、触れた手は新一の衣服を握ったのだった。





END
2017/09/29


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