縁あれば千里に甘える

名探偵コナン

「おはよう!新一」

「ふぁあ、はよ、蘭」

「もう朝からあくびなんかして」

「朝だからだろ」

他愛もない会話でも蘭には愛しい恋人とのかけがえのない時間である。
毎朝、新一を迎えに行く事は蘭にとっては苦ではない。
通学路で知り合いに会い、挨拶と友にいつも仲が良いねと言われたり、学校に入れば友人やクラスメイトから「夫婦でご登校、熱いねー」と言われるのは恥ずかしいけれど嬉しくて堪らない。

「今日も夫婦揃って熱いわね、お二人さん」

「もう!園子までそんな風に言わないでよ!」

「なーに、言ってんのよ!」

ケタケタと笑う親友の園子に恥ずかしいからやめて!と言っても、彼女はやめてはくれないし、きっと蘭自身が恥ずかしながらも嬉しいと思っている気持ちが分かるのか、ニヤニヤと笑っている。
蘭は傍らの新一を見て、目が合えば、互いに逸らした。その二人の初々しさに園子は「あ〜ぁ、私も真さんとラブラブしたーい!」と嘆いている。
新一と、恋人になれた事が嬉しくて堪らない。
もうどこにも行かないと言ってくれた、新一が同じ場所にいるのが本当に嬉しいのだ。

「ね、新一」

「なんだ?」

「今日も補習あるんだよね? 終わったらカフェに寄っていかない?」

「別にいいけどよ、遅くなるぜ?」

「大丈夫。今日は部活に顔を出すし、良かったら晩御飯も一緒に食べようよ」

「蘭が構わないならいいけどよ、いいのか?おっちゃんの飯とかは」

「お父さん、今日は飲み会があるって言ってたから大丈夫よ」

「あぁ、ならいいぜ」

「良かった」

放課後の約束も取り付け、蘭は園子たちクラスメイトに呼ばれて、女子の輪に入っていったのだった。
「工藤くんと何話してたのよ」などとからかわれながらもそれがくすぐったくて、どこか優越感を感じながら、蘭は笑っていたのだった。







組織との決着をつけ、怪我をしながらもなんとか生還し、後は灰原が寝る間も惜しんで生成した解毒剤を飲んでからもう大分経った。
元の身体に戻り、嬉しさのあまり検査をするといった宮野の言葉を振り切り、待たせていた幼馴染に真っ先に会いに行った。
ボロボロと涙を溢しながら抱きついてきたのを抱きしめたのは、今思い出しても恥ずかしい。
厄介な事件は解決した、戻ってきた、と言えば、嬉しそうにしていた蘭からロンドンでの告白の返事を貰えた。
『江戸川コナン』としては蘭の気持ちを知っていたし、ロンドンでの態度で蘭の気持ちは分かってはいたが、やはり『工藤新一』に対して、口に出して言って貰えたのはとても嬉しかった。
照れくささからか、その後は待たせ過ぎよ!と空手技をかけられたのはいつも通りだが、互いに顔を見合わせて笑い合った。
その後は学校に復学する為に、補習やらテストやらど毎日毎日勉強尽くしだった。
それはそうだ、高校2年の授業をほぼ受けていないのだから。蘭が教えてあげる!と言い、それを聞きつけたらしい服部がニヤニヤしながら「勉強見てやるで」と現れた。だが使っている教科書が違ったのか、服部は白馬を呼び寄せた。
工藤新一としては面識がないのに、何をいきなり呼んでんだ!と服部を睨みつけたが、白馬もホームズファンだったし、父さんの「闇の男爵」シリーズのファンだという事もあって、服部のようにギスギスとした感じにはならなかった。まぁ、二人の性格もあるのだろうが。
そして、白馬は「工藤くんに似ている友人がいるんです。会ってみませんか?」と黒羽を連れてきた。
黒羽快斗──会った瞬間にあれ?と思ったのは俺だけではなく、これまた服部に連れて来られた灰原──宮野も眉を潜めた。
互いに顔を見合わせ、(怪盗KIDじゃね?)(私もそう思うわ)と目で会話したくらいだ。
似ているとは思っていたが、これほどだとは思わなかった。服部が「まるで双子やな」という位、似ていたのだ。
KIDだけに、マジックの腕前は流石だし、頭の回転も早い黒羽は、騒がしい服部と意気投合していた。
案外似ているのかもしれない、なんて言えば「気障な所は貴方も同じじゃない」と宮野に笑われた。
似ているからかは分からないが、意外なくらいに俺、服部、白馬と黒羽の四人で友人関係が出来上がっていた。
話題も選ばず、知識も互いに高められる相手が一気に増えて、俺も嬉しかったのかもしれない。
友人や恋人との良好な関係に舞い上がってもいた。

そして、ふと、灰原──宮野を思い出す。
馴れておきたいから、と早々にイギリスへと留学した彼女は元気にやっているらしい。
相変わらず、博士には食事に関することや発明品の事などを心配する連絡があり、癖になっているのから新一の体調を気遣う連絡があるらしい。
直接、こっちに連絡くれればいいのに、と思いながらも新一は蘭や学校、たまに事件と忙しく彼女に自分から連絡をするという事をせずにいた。

彼女に最後にあったのはもう4ヶ月も前の事だ。
イギリスへ旅立つ前日に、最後だからと二人で飲み会をした。
たった一年ちょっとにも関わらず、彼女と過ごした時間はとても濃厚な時間でもあった。思い出話は尽きずに話をしていた気がする。
気づけば、朝になっていて頭痛と共に自分が服を着ていない事に驚いた。
宮野が呆れたように「酔っぱらいの相手は大変だったわ」と新一の失態を上げていった。
「何かしたか?」と問えば、一瞬顔を強張らせたが、「服を脱ぎ始めたのよ、やはり未成年の飲酒は危険よ」と睨まれた。
酔うと脱ぐという変態染みた癖があるなんて信じられなかったが、彼女が言うのだから本当なのだろう。そこは信用出来るが、最後の最後に迷惑をかけたと反省した。
宮野は苦笑いをして、手を差し出してきた。

「なんだ?」

「改めて、お礼を言おうと思って」

「お礼?」

「えぇ。貴方のおかげで私は自由になれた。貴方がいたから、逃げずに頑張れたわ」

「……宮野…」

「本当に、本当にありがとう。貴方に出会えて良かった、工藤くん」

「……俺も、ありがとな。解毒剤の事も、事件で色々サポートしてくれた事も。俺もお前がいて良かったぜ。最高の相棒だよ、オメーは」

ありがとな、と手を握れば、笑ってくれた。
それがどこか切なげに見えたのは、明日からもう日本にいないからなのかもしれない。

「博士や少年探偵団のこと、頼むわね」

「ああ、大丈夫だ」

「……後、蘭さんとの事、おめでとう。幸せにね」

「あぁ、ありがとうな!宮野」

「…………元気で」

「オメーもな。休みの時は戻ってくんだろ?」

「…………そうね、博士のこと、心配だしね」

「だったら、そんな顔すんなって」

「……そうね、」

まるで二度と会うことがないような表情を見せる宮野に少しだけ戸惑った。
メールだって電話だって出来るのだから、それほど寂しがることもないだろう。
隣の阿笠邸は彼女の実家なのだから。
留学が終われば、此処に戻ってくるのだから、何の心配はいらない。
彼女が戻ってくる頃には大学にも通っているだろうし、そうしたら、また色々と協力してもらえる。
それまでは、高校を真面目に通って勉強に集中しなければならない。
早く、来年になればいいのに、と思いながらいたのだった。

歯車がずれている事に気づかずにいた───。





2017/08/01


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