木は森よりも深い樹海へ隠れる

名探偵コナン

イギリスに来てから4ヶ月。志保は今までで一番の難題を抱えていた。

───どうして、こんな事に…。

出来るならば嘘であって欲しかった。
たった、一度。たった一度の交わりで身籠ってしまうなんて誰が思うだろうか。
誰にも頼ってはいけない、頼れない。
しかし、堕ろすという選択はどうしても出来なかった。
お腹にいる子供を殺すなんて出来やしない。
ドラッグストアから買ってきた妊娠検査薬の小さな窓に陽性を表すラインが入っている。
志保はそれを紙袋に入れてゴミ箱へと放り投げた。
ベッドルームに入り、ベッドに身を沈めると両腕で目を覆った。
体調がおかしいのは自覚はしていた、食欲はあまりないのに、突然何かを食べたくなる。
環境の変化で色々とストレスが溜まっていたのだろうと思ってはいた。しかし、気づけばイギリスに来てから生理用品を使っていないことに、買い物中に気づいたのだ。
そういえば、と生理用品を手にした時に志保は血の気が引いた音を初めて聞いた気がした。
慌てて、頭の中で最後の生理日を思いだそうとしたが、宮野志保に戻っていてもホルモンのバランスとかで訪れてはいなかった。
検査の結果はまだ身体が完全には戻っていないが、いずれ戻るだろうと思っていたし、それならそれで煩しさから少し解放されて良かったと考えたものだ。
研究者の立場から見ればそんな楽観的なものは良くないが、自分だと思うと、まぁいいか。などと思ってしまったのだ。
だが、渡英する前日に思いがけない出来事が志保の身に起きた。自分は覚えているものの、彼──工藤新一は何一つ覚えておらず、ホッとしつつも、どこか悲しさが過った。
たった一度の思い出、として彼に別れを告げてこうしてイギリスへと渡った。
アメリカの大学での恩師の元で助手をし、研究も楽しんでいた矢先に、罪を突きつけられた気分だった。
イギリスには、組織との闘いの際に協力してくれた白馬がいたが彼は留学している学校の学期末が終わると日本へと帰った。
どうやら休学扱いされていた江古田高校へ戻ったらしい。

──ちょうど良い。

これでイギリスには日本での知り合いはいなくなった。
恩師には申し訳ないが、仕事を辞めさせてもらい、イギリスから離れようと志保は決意する。
幸いにもまだまだお腹は目立つようではないし、お金は赤井と降谷が両親と姉の遺産が残っていたと見つけてきた。本当かと疑ったが、宮野志保名義としてスイス銀行に保管されていた。
阿笠博士と共に発明した薬などの特許のお金も銀行にある。働かなくても充分な金額があるのだ。
決めたからには志保は荷物を整理する。一刻も早く、この地から離れなければならない。
だからといっていきなり仕事は放棄出来ない為に、恩師である教授には急遽日本に戻らねばならなくなったと説明し、2週間の猶予をかち取った。どこへいこうかと、手始めに旅行のパンプを手にした。
アメリカは勿論避けるとして、イギリスではない国にしようと考えた。無論観光地などは頭にはなかったが、人が多い分紛れやすいかもしれない。
それから子供を安心して育てられる場所を考えて、イタリアに飛ぶことにした。
教授に色々と気に掛けてもらったことに申し訳なささがあったが、博士が志保の居場所を知ってる以上は去らなくてはならない。

イタリアに渡ってからはなんとかアパートを見つけて、過ごしていた。
そんなある日、思いがけない人物に声を掛けられたのだった。

「シェリーちゃんじゃない?」

その名で呼ばれると思っていなかった志保は身体を震わせ、恐る恐る振り返った。
その先には妖艶な美女がサングラスをずらしながら、こちらを眺めていた。

「……あ、あなた、峰 不二子……」

「やぁだ、久しぶりねぇ。無事に戻ったのよね」

「え、えぇ……」

「うふふ、お胸は私には負けるけどなかなかのものじゃない。それに──」

「ちょっ!」

「どうしたの?そのお腹。太ったの?それともbabyがいるのかしら?」

赤いルージュの唇の端が上がるのを見て、見れば分かるでしょと志保は吐き出した。

「良かったら、一緒にお茶しましょう」

さぁさぁと背中を押されて、志保は抵抗しても無駄だと思い、不二子の従った。
その態度に驚いたのは不二子の方で、行き付けのカフェへと彼女を連れていった。
通りに面したカフェテラスで、志保はオレンジジュースを頼み、不二子はいつものとウェイターに注文する。
にこにこと笑みを浮かべたまま志保を見つめている不二子に、志保はため息を吐いた。

「何か言いたいようね」

「そりゃあね。聞きたい事は色々あるけど、どうしてイタリアにいるの?あなたイギリスにいるんじゃなかったの?」

「どうして知っているのよ」

「前にも言ったでしょ。シェリーちゃんの研究、完成させましょうよ」

「相変わらずなのね、前にも言ったでしょう、ガッカリさせないで。あなた程の人が若さに囚われるなんて勿体ないわ。女が若さにすがっちゃおしまいよ」

「……んも〜、そんなこと言われたら何もいえないじゃない。で?」

「で?」

意外にも諦めた様を見せる不二子に不審に思いながらも、彼女の言葉を反復した。
不二子は美しい顔で微笑みながら、志保のお腹を指差した。

「あなたが誰の子を身籠るのかしら?あの坊やしか考えられないんだけど、シェ……ああ、志保ちゃんは此所にいるということは逃げてるのかしら?」

「……………さすが、ルパン一味ね」

反論した所で疲れるだけだと考えた志保はあっさりとそれを認めた。

「だーかーらー、私はルパンと手を組む事はあっても一味ではないわよ?」

「………あまり、説得力はないわね」

「前にも言ったでしょう?裏切りは女のアクセサリーって」

「そうだぜ、不二子ちゃん。こんな所呼んでおいて、そんな発言されちゃ、俺様帰っちゃうぜ〜」

「私たちの会話を聞いていたくせによく言うわ」

会話と共にテーブルにつく男性を見て、志保はビックリした。当たり前と言えば当たり前に気配を感じなかったからだ。

「久しぶりだね〜、志保ちゃんだっけ?随分と美人さんだこと!あんなクソガキには勿体ねぇな〜」

「ふふ、でもどうやらあの坊やとは訳有りみたいよ〜」

「へ〜〜、それは話を聞いてみたいな」

ニヤニヤ笑う二人に志保はため息を吐かずにはいられなかった。

「ここじゃなんだから、アジトに行きましょ」

不二子がそう言うと会計をルパンに押しつけ、近くに停まっていた車に乗り込んだ。
志保がいることに驚いた次元であったが、ルパンや不二子に関わっている以上驚くのは然程珍しくはない。
珈琲を持ってきたルパンに促され、志保は彼らのアジトへと向かったのだった。
イタリアに来てからお腹も少し目立ってきていた為に、彼らにはすぐに身籠っている事はバレたが、経緯までは話す義務はない。
ただ、誰にも知られたくないのだと訴えた。
しかしあの世界的犯罪組織を潰しただけに、工藤新一や赤井秀一、降谷零、他の捜査官が志保を探すとなればすぐに見つかるだろうと次元が溢せば、ルパンがニヤニヤとして名案だと言わんばかりに志保の保護を名乗り出た。
但し、条件として時々仕事を手伝って欲しいと言えば、犯罪者にはなりたくないという志保に犯罪には加担させないと約束をした。
意外性に驚きを隠せない志保に、ルパンや不二子、次元も五ェ門も彼女を気に入ったからだと口を揃えて発言した後、志保は暫く目を泳がせた後で涙を溢したのだった。

(さぁ、名探偵? お前に彼女を探せるかな?)

平成のホームズと謂われるヤツが、アルセーヌ・ルパンの孫を掴まえられるかと笑ったのだった。




2017/06/25


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