便りがないのはよい便りな訳がない
宮野と連絡が取れなくなったと知らされたのは秋の始めだった。
蘭とのデートを終わらせてから、急いで阿笠邸へと飛び込んだ。
「博士っ!」
「おぉ、新一!!」
「あ、赤井さんに、安室さん……じゃなくて降谷さん」
博士の家にいた二人の姿に、思わず安室さんと呼んでしまうのは癖だった。
「来たか、ボウヤ」
「久しぶりだね、新一くん」
コナンと呼ばない辺りが、流石だなと思いつつ「まぁ、座りたまえ」と赤井さんに促された。
ソファーには何故か黒羽と白馬の姿もあり、服部はまだしも最後に来たのは自分だったようだ。
「なんで俺たちがいるんだよって顔だな、新一」
「悪かったな」
「どうせ、蘭ちゃんとデートしてたんだろ」
「うるせーな!」
「お二人とも、それくらいになさって下さいよ」
隣から諌める白馬に新一と黒羽は、赤井を見てバツの悪そうな顔をした。赤井ははぁとため息を吐いた時、テーブルに珈琲が置かれた。
どうやら降谷が淹れたようで、博士が菓子を持ってきた。
彼らもソファーに座ると、本題に入るべく赤井が口を開いた。
「阿笠博士から話は聞いたと思うが、志保と連絡がつかなくなった」
「そ、そうなんじゃ……いつもなら志保くんからメールや電話が月に二回程来るんだが、七月末の一回から全く音沙汰がないんじゃ」
「僕がイギリスを発つ時は普通でしたよ」
「ふむ……今は九月末だからほぼ二ヶ月連絡がないんだな…」
「勉強で忙しいとかじゃねぇのか?」
新一が呟いたそれに反応したのは白馬であった。
「確かに、志保さんは教授の助手という立場でしたが、それほどではなかったと思いますよ。教授も面白い方ですが、無理強いはさせる方ではありませんでしたし……」
「は? 助手? アイツ、留学先でそんな事してんの? 」
学生だろ、と話す新一に白馬はそれこそ「はぁ?」と言ってしまった。
それについて、博士は慌てて口を開いた。
「す、すまん。新一くん、実は志保くんに口止めされてて………彼女はイギリスへ仕事として渡ってるじゃよ」
「はぁぁ? だってアイツ、一年留学したら戻ってくるって言ってたぞ!!」
知らされていたことが偽りであることに、新一は思わず立ち上がった。
なんで、一年したら戻ると彼女は言っていたのに。
そうしたら、大学生になった自分とあわよくば同じ大学に通い、事件があれば【相棒】として一緒に解決したり、蘭や園子と会わせて女友達を作ってやって、楽しんでくれたら、と色々願っていたのに。
呆然としている新一を見ながら、赤井や降谷、黒羽は志保の気持ちを考えた。
彼女としては、新一の傍から離れたかったのだろう。理由なんて分かりきっている。
分かっていないのは、ここに立って呆然としている新一のみだ。白馬もきっと分かってはいるだろう。
「もしかして、アイツ、残党に……?」
「その可能性はないな」
「な、なんで……」
「既に残党狩りは済ませた。潜伏していた残党に訊いてみたが、そもそも下っ端のヤツらは【シェリー】という存在すら知らなかったようだ」
「で、でも……」
「──それに、だ。志保は自分の意思で行方を眩ませたようだ」
「へ?」
赤井の言葉に新一は「なんで?」と問い掛けようとしたが、それは彼によって留まらせられた。
「白馬くん、」
「はい。僕が志保さんの上司である教授に連絡をとって訊いて見たところ、彼女は急遽日本に帰らなければならないと辞表を出したそうです」
「それが七月の上旬だったそうだ」
「……ただ、」
「どうした、白馬くん」
思案する白馬に赤井が促した。
「教授の話では、志保さんの体調があまりよろしくなかったようで随分と心配なさっていました」
「体調……?」
「薬の副作用、とか?」
「だけど、新一は何ともないんじゃろ?」
博士の言葉に新一は頷いた。
特に問題はない。ただ、彼女は自分と違って女性なのだ。それが関係するのかもしれない。
「……じゃあ、なんで……」
「パスポートを調べたら彼女はイギリスを離れているのは確かなようです」
「行き先は?」
「イタリアへ向かったようだ」
「なら、イタリアに行けば…」
「そこから痕跡がないんだ、ボウヤ」
「な、……」
新一のみならず、黒羽も白馬も絶句した。
彼らが調べても見つからないというのはあり得ないだろう。
「もう少し調べてはみるよ……。君たちは連絡は来ていないかい?」
「俺も七月の末にメールが送られて来て以来は来ていないよ」
黒羽がスマホを出しながら、天井を仰いだ。
というか、連絡し合っていたのかよ、となんとなくムカついてしまった。
「ボウヤはどうだ?」
「……俺にも連絡は……」
ないです…。と言えば、彼らはそうか、と落胆していた。
そうだ、連絡なんて着ていないし────俺から連絡すらしていなかった。
復学して補習や追試やらで忙しかったから、受験生だから勉強が忙しくなったから。
無事に蘭と付き合い始めて浮かれて、彼女の事を忘れがちになっていたから──だから、連絡しなかった訳じゃない。
アイツが、言ってたんだ。自分もイギリスで勉強が忙しくなるから連絡なんてしてこなくたっていい、って。
でも「身体に異変があればすぐに電話をしてちょうだい」と言っていたが、これ以上彼女を縛り付ける事に悪いと思った。
──そんなの、言い訳にすらならない
新一はぐっと手を握る。
アイツがいなくなって、違和感があるのを感じていた。だからこそ忘れようとしていたのだ。
でも、事件の時等にふと隣を振り返ってしまう。半年間 隣にいただけなのに、慣れとは怖いと思った。
隣にいる蘭が『どうかした?』と聞いてくるが、『いや…』とか言えない。言えるはずがない、恋人に隣にいたのがお前だったっけ、と思ったことなんて。
「────すまなかったな、みんな」
「いえ、僕たちでよろしければいつでも」
「うんうん、志保ちゃんの事で何かあったらすぐに教えて欲しいかな」
「あぁ、勿論だ。君たちも志保から連絡が来たら教えてくれ」
「そうだね。だけど君たちは今は大事な時期だ、あまり無理はしないでくれよ──といっても大丈夫そうではあるけどね」
受験生である新一たちを気遣う降谷だったが、彼らの頭脳の高さを認めている。
全く、こうも頭が良いのがこんなに身近にいるもんだ、と感心するが、そうか『類は友を呼ぶ』という事かもしれない。
ただ、降谷は新一に関して、少し──ほんの少しだけ違和感を感じていた。多分彼も気づいていない。
彼らが志保と連絡をしていた、と知った時、驚きと何故か妬むような眸を彼らに向けた気がしたのだった。
(………それこそ、気のせいだ)
彼と彼女には誰も寄せ付けないような強い絆があるのだから。
降谷は知らなかった──その絆を彼女が断ち切ろうとしていた事を。
初恋、といっても過言ではない。エレーナ先生の忘れ形見は無事に見つけると誓ったのだった。
2017/07/04