逃れた魚は大きすぎた

名探偵コナン

イタリアへ渡り、峰 不二子やルパン一味に保護された志保は住んでいたアパートを引き払い、子供が生まれるまでとある屋敷に居候させられていた。
レベッカ・ロッセリーニの邸宅である。
彼女はサンマリノ9大名家の1つであるロッセリーニ家の女当主であり、イタリア最大のホテルチェーンの総帥、別名「アドリア海のダイヤ」と呼ばれるスーパーセレブである。
紙の上での夫婦とはいえ、身重の志保を連れて「レベッカちゃ〜ん、この子を匿って」とロッセリーニ家に来たルパンに対し、彼女は「ルパン!愛人?!」と詰め寄ったくらいだ。
しかし、事情を話せば、ルパンの頼みを面白半分で引き受けた挙げ句、志保の聡明さを気に入ったようだ。

「ねえ、シホ!Babyを産むときはこの部屋を使っていいからね、もし必要なものがあるならロブソンに言ってね」

「レベッカ……そこまでしてもらう事はないわよ」

「いいの、いいの〜。だってシホは日本やアメリカのFBIやCIAに狙われているんでしょう? 彼らを出し抜くなんて面白いじゃない!」

「別に狙われてる訳じゃ……」

「それにシホは私には及ばないけど、なかなか美人だし、話も合うから楽しいわ」

フフッとモデルもしていたというスーパーセレブには似つかわしくないジャンクフードを食べながら、レベッカはふんふんと鼻唄を歌いながら仕事をしているようだ。タブレットを見つめながら、あれをこうして、などと呟いている。
志保はこの屋敷に来てから大分大きくなったお腹を擦りながら、目の前の友人レベッカを眺めていた。
何をどうしたら、ルパンと結婚するに至ったかは話に聞いたが、離婚に応じずに「ルパン夫人」を名乗る彼女はなんて凄いのだろうかと思う。
なんといってもルパン三世は「国際指名手配者」とされているのだ。デメリットにしかならないであろうにも関わらず、彼女はしたいようにしている。
そのお陰で、志保は誰からも見つからずに過ごせているのだが。
たまーにルパン一味や峰 不二子が様子を見に来てくれることにも今では感謝しているし、仕事を手伝って欲しいと言われた時はドキリとしたが、怪我した時に効く薬やかつて博士と作ったような風邪をひいてる風になる薬など頼まれたりした。
その薬にレベッカは興味を持ち、良かったらウチのラボで働いてみない?と声を掛けられたりもした。
お腹を見て、勿論Babyを産んでからね!と言ってくれた事に助かっていた。

生まれる兆候が現れたのは、外へ買い物に出た時だった。屋敷の中だけにいたのでは運動不足になるし、なにより気分転換をしたかったのだ。
レベッカは行かないだろうと踏んだのだが、たまには街に降りてみたいわ!と元気に答えた。
何故か峰 不二子も加わり、異色な女三人によるショッピングが始まった。
しかし、志保が見るのはベビー用品ばかりである。
既に性別は医師から知らされ、それを聞いたレベッカ、ルパン、不二子は可愛いらしい産着などを贈ってくれたし、五ェ門と次元からは日本からわざわざ紙おむつを大量に送って来た。

「前にテレビを見ていたら、日本の紙おむつが一番なんだとよ」

「おしめが良いと思ったのだがな」

「今時、おしめはないだろ!」

二人の会話を聞きながら、志保は笑うしかなかった。なんだかんだと彼らは志保を甘やかしていた。

「志保ちゃん、これなんてどぅお?」

「えー、シホならこっちよ」

「あら、悔しいけどそっちもいいわね……ねぇ、し……やだ、冷や汗かいてるじゃない!」

「ロブソン? 今すぐ車を回して、志保の具合が!」

「……平気、少し痛くなっただけよ…」

「やだ生まれるんじゃない? レベッカ、早く戻りましょう!」

「今、車を呼んだから。シホ、とりあえず、座りましょう!」

レベッカと不二子は志保を支えると、店員を呼びつけ彼女が横になれるよういうが、直ぐに痛みが収まった。しかし、このままショッピングという訳にはいかないだろう。

「準備しとかないとね…」

レベッカに呼ばれたロブソンが現れ、レベッカたちを促すと志保は不二子に促され車へと移動する。
その際にとある人物が彼女たちを遠くから眺めていた事に、焦りからか気づかなかったようだった。
ロッセリーニ家に戻ると医師と助産婦が来ており、レベッカが志保に与えていた部屋は殺菌され、運び込まれた分娩台ベッドなどにまずは寝かされた。
ここからは不二子もレベッカも未知の世界である。
知識としては知っていても、体験したことはないのだ。陣痛で何時間も耐え、ベッドが分娩台に変化してもそこからまた時間は過ぎていく。
汗を流し、台を掴んでいた志保の両手はいつの間にか二人がしっかりと握っていた。
痛みを最初に訴えてから、およそ九時間。大きな産声が部屋に響いたのだった。

「きゃあ!!」

「やったわ!志保ちゃん!」

はぁ、はぁ、と酸欠になるのではないかと息をする志保は我が子を見せられた後、一時気を失いかけるも、泣く我が子に手を伸ばした。
布で拭かれた赤ちゃんは裸のまま、志保の胸に抱かれ初乳を与えられる。吸う力があまりにも強くて、身体を震わせたが、うまく吸えないのに必死になって乳を吸う我が子に志保は愛しさが溢れてくる。
そうか、母性とはこういうものなのか、と実感する。
医師たちが後産も問題ないとし、初乳を与えられた赤ちゃんも医師から診察され、身体を綺麗にされていく。
疲れた志保はベッドがフラットになると、疲れからか眠ってしまった。腕には点滴を付けられているが、大したことではない。
レベッカと不二子は始めは恐怖しかなかった。生きてきて危険な事にあった事は数知れない。
しかし、子供が生まれるということが正に命懸けで、こんなに感動するものだとは思わなかった。
自分程ではないと思っていた志保がこれまで美しいとは思ってもみなかった。

「………不二子さん……」

「…ええ、分かっているわ…」

───なんて、尊いのだろうか。
自分もこうして生まれたのかと思うと、なるほど母親には頭が上がらない。
看護師が綺麗にした赤ちゃんを連れてくると、ぴかぴかの赤ちゃんを見て微笑んだ。

「………シホに似てるわ」

「…えぇ、なんて可愛いのかしら」

ふにゃふにゃとまだ目が開かないが、身体を丸めている赤ちゃんはベビーベッドに乗せられたまま志保が眠るベッドの横に置かれた。


志保が目を覚ましたのは30分くらい程度であった。
気づいたのは傍らの赤ん坊が泣いたからである。
レベッカに付いているようにと仰せつかったのか、付き添いの看護師が志保の様子を診てから泣いている赤ん坊を渡せば、始めは泣いていたがふにゃふにゃと泣き止んだ。

「…………」

無垢な眸が志保を見つめてくる。志保はそれが愛しくて涙が溢れる。

──私の、たった一人の肉親……

もう世界中どこを探しても『宮野志保』と血の繋がる肉親はいない。
だが、今日、それは与えられた。
クリスチャンではないけれど、神に願ったこともないけれど、志保は初めて神に感謝したいと思ったのだった。
ドアが叩く音がして、傍らの看護師はドアを開けると、それらは一気に部屋に入ってきた。

「志保ちゃあああん!生まれたんだって、おめでとう!!急いで飛んで来たよ〜〜」

「おぅ!お疲れさん」

「おめでとうでござる」

「もう、ルパンたらいきなりシホの部屋に入るなんてダメじゃない!!」

「そうよ!あら、志保ちゃん。赤ちゃんも起きたのね」

生まれたばかりの赤ん坊を抱っこしている志保を見ると、ルパンはニヤつき、次元や五ェ門は何故か照れている。
子供を産んだ母親は美しいというが、うん、本当に美しいと思える。
レベッカと不二子は泣いてばかりした赤ちゃんが「うー、うー」と起きてるのを見て、志保の隣へと行くと赤ちゃんを見つめた。
不二子は「あらぁ」と声を上げた。志保は何故彼女が声を上げたのか察した。レベッカは「可愛い」と言っている。
ルパンや次元、五ェ門も赤ちゃんを眺めると「ははぁ」「なんと」「可愛いらしい」と呟いていく。
五ェ門はともかく、ルパンは次元は顔を見合わせたのは赤ん坊の眸が深い蒼だったからだ。
志保よりは赤みが抑えられた髪は薄茶色であり、顔立ちもどこか志保に似ている。しかし、眸だけが志保とは違い、深い蒼色であった。
過去にその眸で睨まれた事があるルパンと次元は「あんのクソガキ」と文句を言っている。
やはり、というか志保の相手はあの高校生探偵の工藤新一であることを瞬時に悟ったルパン一味と不二子である。
志保は彼らが気づいたことに反論しようとも思ったが、彼らは自分よりも遥かに人を見る目を持っているのを理解していた。

「………か〜〜!やーっぱ、あんのクソガキかよ」

「アイツ、なにしてくれてんだよ!まだ高校生だろ」

「………許せんな」

「なかなかやるわね、あのボウヤ」

ルパンは頭をガシガシ掻きながら悪態をつけば、次元たちもため息を吐きながらも悪態をついていく。
『クソガキ』だの『あのボウヤ』だの、志保の相手を知らないレベッカはそんな事よりもと言った風に、赤ちゃんの頬を突ついている。

「ねぇ、シホ!名前は決めたの?」

「………え、えぇ………」

志保はルパンたちを眺めながらも、レベッカに向かって赤ちゃんの名前を告げた。
その名前の由来に勘づいたルパンは、志保ちゃんの別名だな。笑ってやった。


宮野 愛莉
由来はアイリーン・アドラー。
ホームズを出し抜いた唯一の女性だ。
あの探偵坊主を出し抜いて、身を隠した志保に相応しいであろう
それを娘に付ける彼女は、確かにあの平成のホームズとか言われてる奴からすれば、なるほどアイリーン・アドラーだ。

(……さぁ、お前は辿り着けるか、名探偵?)

彼らが志保を探している事は聞いている。
ルパンはタバコを吸う為に廊下へと移動し、ベランダへと出た。
次元もやがてやって来て、紫煙を燻らせている。

「どうする、ルパン」

「んん〜、まぁ、俺様はカワイコちゃんの味方だから彼女たちを守ってやるぜ?」

「でも、あのヤローなら来そうじゃねぇか?」

「そん時はそん時。志保ちゃんに任せるぜ………っと、次元、オメーあんのクソガキから『パパ』って呼ばれてたよな!」

「ヤメロ」

「んじゃ、愛莉ちゃんはオメーの孫じゃねえか!よ、じいさん!」

「誰が、じいさんだ!」

そんな言い合いをしながら、二人は遥か彼方の日本の方向を眺めていた。





2017/07/17


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