死に別れより生き別れ

名探偵コナン

宮野志保が行方不明になってから一年半経った。
工藤新一は無事に高校を卒業し、今は東都大学へと進学している。
同じ大学には、服部、黒羽、白馬に世良と園子も学部違いはあれど通っている。
蘭は空手の腕を見込まれて、体育大へ推薦入学を果たし、強化トレーニングや国際試合などで忙しいようだった。
新一も相変わらず、事件や学業が忙しく、互いに会う時間が減っていた。
それでも『恋人』という間柄、なんとか時間を作ってはデートをしたり、蘭が工藤邸に食事を作りに来たりしていた。
高校生だった間は、蘭は秋には進路が決定していたせいか、勉強や事件に関わる新一の食事をせっせと作っていたが、今は服部が工藤邸に居候している為に二人の関係はあまり進展していない。
たまに服部がふざけて『邪魔なら言ってくれや、黒羽んトコにでも泊まるよって』と言うが、新一は『そんな必要はねーよ』と一蹴するだけだった。

二人の関係は、本当に進展していなかったのだ。
『恋人同士』ではある、しかし『幼なじみ』のままと言ってもいいのではないかという位なのだ。
高3の時期に家庭教師を付けて、猛勉強をしていた園子は二人はいくとこまでいっているカップルだと思っていただけに、蘭から付き合っているのに何もないと聞かされた時は学部が違う新一の所へ乗り込んだくらいである。
ちょうどその場にいた世良によって、落ち着かされたものの、どこか憂いを持っていた新一に対し、もっと蘭との時間を作れ!と言った程だ。

そもそも、いくら蘭が強化トレーニング合宿や国際試合で忙しいからといって、友人と海外旅行に行ってるのはなんだ!と言いたくなる。
しかし、それは人探しの為であり、世良の従姉が一年半も行方不明であるのだという。
何故、新一が探すのかと園子は世良に聞いてみた。

「工藤くんが一番彼女を知っているからなんだよ」

「新一くんが? 世良ちゃんの従姉を?」

何故?と首を傾げれば、新一が事件を追っていた時にその彼女といたからだと告げられた。
新一が行方不明だった高校二年生の空白の時間。蘭が健気に待ち続けていたあの時間にあやつは女といたのか!と悪態をつけば、さすがに世良の態度が変わった。
怒りはしていないが、凄く目が冷めていたのを見ると園子は慌てて謝ったが、世良は「知らなかったんだから仕方ないさ」と明るく答えてはくれた。
命を狙われていたという世良の従姉を新一が守り、時には頼っていたという。

「な、なら新一くんじゃなくて警察に保護してもらえば……」

「……そうもいかなかったんだよ」

園子の言い分は最もだろう。命を狙われているならば警察に、というのは一般的な考えであった。
しかし、当時 工藤新一は江戸川コナンであり、狙われていた宮野志保は灰原哀という世にも稀な幼児化していたのだ、頼れるはずもない。
世良の困った顔を見て、鈴木財閥の令嬢として表沙汰に出来ない闇の部分があるのは知っているつもりだ、理解はまだ出来ない部分もあるが父や母、叔父たちはそのような暗闇と渡り歩いている。
いずれ、自分も同じような見て見ぬふりをしなくてはいけない立場になることを恐ろしいとは思うが、自分が跡継ぎになると決めた以上は翻す訳にはいかなかった。
己の肩には家族だけではなく、自社で働く者たち、その下請け会社の者たち、それより末端で働く者たちの生活がかかっているのだから。それを最初に教えられ、そして決意したのだから。

「……ご、ごめんなさい、失言だったみたいで…」

傍らで聞いていた新一は困ったように笑いながら「蘭の親友として、蘭を心配したんだろ」と口にした。

「良かったら、私も協力するわよ? その世良ちゃんの従姉?を探すの」

「………そん時は頼むな。じゃあ、俺 次の講義取ってるから行くな」

片手をあげて、世良と園子に別れを告げて新一は授業がある講堂へと足を向ける。

── 蘭

頭に過ったのは、幼なじみとしての蘭の姿だった。
未だ、キスすらしたことはない『恋人』に新一は顔を歪ませる。
決して嫌いではない、好きだという思いはあるし、蘭が告白されたと聞かされればヤキモチは妬くのに何故か先に進むことはない。
そして、次に浮かぶのは赤みがかった茶髪を耳に掛けて話す彼女の姿だ。

── 宮野、

イギリスからイタリアへと渡り、姿を消した彼女は一体どこにいるのだろうか。
もしかしたら、と もしもの事を考えるがそんなことは絶対ない、あるはずがない、彼女は絶対生きていると頭に血が上るように吐き出した。

アイツが、そんな簡単には死ぬような奴ではない

赤井さんも降谷さんも博士もそれを願っているし、諦めたりはしない。
白馬や黒羽も同じ思いであるし、最後に会ったというイギリスの教授とやらも『彼女は命を粗末にするような人間ではない』と断言した。
まだ組織に狙われている時に命を投げ出すような事を知る人間としては、なんとも言えなかったが、その時だって彼女は守る為に自分を犠牲にしようとしただけなのだ。
博士を、少年探偵団を、蘭やみんなを、──俺を、自分の為ではなくみんなを守る為に。
はぁ、とため息を吐きながら講義が行われる教室へ移動すれば、そこには白馬の姿があった。

「おう、白馬」

「工藤くん、早いですね」

「オメーもな」

疎らにいる学生を眺めながら、隣の席に腰を下ろした。

「どうですか、志保さんの件は」

「似たよう人物を突き止めたが、やはり全くの別人だと降谷さんから連絡は来た」

「……そうですか」

白馬は彼女の様子をもっと見ておくべきだったと語るが、アイツは誤魔化すのが上手い。そして痕跡を上手く消していくのだ。

「………誰か、協力者がいたりするんでしょうか」

「協力者、か」

確かにここまでして、見つからないのは不思議としか言いようがない。
日本の公安やFBIの捜査官たちが探しても見つからないというのは。
それともまたどこかの組織に捕まり、薬の研究か何かで利用……いや、あの薬の情報は消去したし、薬の存在を知る者は数少ない。
そう簡単に宮野が天才科学者だとは分かるはずがない。

「……………生きていて、くれれば…」

「──そう、ですね」

生きていてさえくれれば、それでいいのだ。
無論、姿を見て安心したいという思いもある。
ただ頑なに現れないのは、彼女は自分の意志で身を隠しているに違いない。
それにどんな意味があるのかは誰1人知らないのだった。



END
2017/07/19


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