仇も情けも我が身から出る
「おい!志保!!これは一体どういう了見だ!」
「……仕方ないでしょ、愛莉がなついてるのはあなたなんだから」
怒鳴り込んで来た次元に志保は一瞥しながら、カタカタとパソコンを叩いていた。
「じぃじ…あそぼ!」
「じぃじじゃねーよ!」
「じぃじ!!」
怒鳴る次元に対し、愛莉は口を尖らせていた。そんな二人のやり取りを見ていたルパンは腹を抱えて笑っているし、五ェ門も顔を背けながら笑っているのは確かだ。
生まれてから三年が経ち、志保はレベッカによってもたらされた研究所で働く傍ら、愛娘の愛莉を育てていた。
流石、志保と工藤新一の子供というべきだろうか、やたらと頭が良い。志保がじぃじの所に行きなさいね、と言えば可愛らしく「はい!」と答えて、研究所内にある住居スペースにいるルパン一味へ会いにいったのだ。
「こんな幼子を1人で出歩かせるな!」
「この研究所には私たちしかいないわよ」
「それでも転んで怪我でもしたらどうすんだ!」
あ、そっちの心配。と言わんばかりに志保は呆れた。無論、可愛い愛莉が怪我をしたら心配するが、なんせこの研究所はレベッカが志保と愛莉の為にと、わざわざ建設したくらいで、しかもトップシークレットな為に知る人はほぼいない。
そこにラッキーとばかりに、ルパン一味や不二子たちがアジト代わりに使っている始末だ。
恐ろしいくらいにセキュリティは抜群で、何故か衛星からも見つからないようにされている為に格好の隠れ場となっている。
「ルパン、あそぼ!」
「はいはーい、愛莉ちゃんは本当に可愛いね〜 なにして遊ぶ?」
「うんとね、ゲームがいい」
「お、いいよいいよ。ポーカーでもする? それともババ抜き?」
そんな小さな幼子にポーカーなんて、と思うのは間違いである。愛莉は眼を輝かせると「ポーカーがいい!」と言うと、椅子によじ登った。
五ェ門なんかは落ちないようにと手を出していたが、危なげなく登るとテーブルを小さな手でバンバン叩いた。
「ポーカー やろ! じぃじも!!」
「うるせー、やんねーぞ、俺は」
「次元ちゃん、可愛い可愛い愛莉ちゃんの頼みだぜぇ?」
「そうだ、愛莉殿の頼みを無下にするな」
「可愛い孫にそりゃないよなー、五ェ門?」
「そうでござる」
「だーかーらー 孫じゃねーし!じぃじでもねーし!」
「貴方たち、煩いわよ」
ギャーギャー騒ぐ一角に向けて、PC用の眼鏡を掛けた志保がジロリと睨んだ。
「志保ちゃんは何してんの?」
「貴方からの依頼の薬の最終チェックよ。なに、いらないなら破棄するわよ?」
「っと!マジで出来そうなの? 志保ちゃん天才!!」
「貴方が本気出せば、私より早く作れるでしょうに」
「いやいや志保ちゃんが作る方が人体に影響が出ないの作れるでしょ? 俺様が作ると効き目はいいけど、どうなるか分かんないし」
いひひひひと笑うルパンに志保は呆れ返るようにため息を吐いて、席を立った。
「お茶淹れてくるわ。五ェ門以外はコーヒーでいいかしら?」
五ェ門には緑茶にするわ、と言えば「かたじけないでござる、志保殿」と目礼をしていた。
「ママ〜、あいりもコーヒーのみたい!」
「あなたはコーヒー牛乳で我慢しなさい」
「ぶぅ!」
「ふはははは、愛莉ちゃん、かーわいー」
頬を膨らませる愛莉にルパンはその頬を指で押せば、「ぶっ」と音を出し、愛莉とルパンはケタケタ笑っている。
はぁ、とこめかみを揉んで志保は簡易キッチンへと足を向け、コーヒーをセットした。
五ェ門の為に茶葉を急須に入れて、すこし蒸してから湯呑みに茶を注いだ。
トレーに乗せ、先にお茶とコーヒー牛乳を置くと「かたじけない」と言う五ェ門の真似をして、愛莉までもが「かたじけない」と口にした。
「愛莉、あなたは"ありがとう"と言いなさい」
「だって五ェ門は"かたじけない"だよ?」
「五ェ門は日本の侍だからいいの。あなたは女の子でしょ」
「むぅ…」
「そうだよー、愛莉ちゃんは可愛い可愛い女の子なんだからこーんな五ェ門の真似しなくたっていいんだからねー」
ルパンが笑いながら話すと、愛莉は「はーい」と答えてコーヒー牛乳を口にしていた。
志保はやれやれと肩を竦めると、自分とルパンたちのコーヒーを淹れたのだった。
和やかにティータイムをしていると、志保のスマホが鳴った。画面を見れば、レベッカの執事たるロブソンからだ。
何かあったのかと出て見れば『志保様にお会いしたいという老人が来ております』との話だった。
老人──で浮かんだのは、日本にいる志保の養父の事だが、彼がここを知るはずもない。
「どんな人?」
そう訊ねながらもパソコンを弄り、画面を出した。
モニターに写しだされているのは見覚えのないオカッパ頭の老人だった。
「………誰?」
そう呟くのは最もであり、志保は知らないと言ったが彼はどうしても会って話したい事があると言って聞かなかった。
『知らないなら追い返しましょうか?』
ロッセリーニ家に於いて、そんなことは容易いであろうが、流石に老人に対して無体を働くことはしたくはなかった。
だからといって、知らない人と会う気にはなれない。しかし、ある一言で志保は会う気になった。
『黄色のワーゲンは今も健在ですよ』
黄色のワーゲンといえば、阿笠博士の愛車である。
博士に通じる誰かなんだろう。
そちらに向かうとロブソンに伝えると、志保はルパンたちに愛莉を任せた。
「誰も付いていかなくて 大丈夫かい?」
「大丈夫よ、ロブソンもいることだし」
「ん〜〜、でもなぁ〜」
「ママ、どこ行くの?あいりも行く!」
くいくいと白衣を引っ張る娘に志保は囲んだ。
自分に似たであろう、ふわふわな髪を撫でると深い蒼の眸を見つめた。
「レベッカの家に行くだけよ、すぐに戻るわ」
「レベッカ かえってきたの? かえるのはあさってだってさっきいってたのに」
「違うわ、ママにお客さんが来ただけよ。あなたはルパンたちと待っていてね」
そう言って立ち上がると、ルパンたちを一瞥してから部屋から出ていく。
愛莉が心配そうにルパンのジャケットをくいくいと引っ張った。
「ルパン……」
「………ん〜〜、まぁ お姫さんの頼みを訊かない訳にはいかねーよな」
「……心配でござる」
「志保は待ってろって言ってたじゃねーか」
「次元〜〜、こーんな可愛い孫がママを心配してんだぜ?」
「だから孫じゃねーし」
「……次元おじちゃん……ダメ?」
ルパンに抱っこされた愛莉は両手を合わせてお願いしてきた。
こんな時ばかり「おじちゃん」呼ばわりだ。
「わーった、行くよ、行けばいいんだろ!」
次元の一言に愛莉は眸を輝かせると「大好き!おじいちゃん」と言えば「おじいちゃん言うな!!」と怒鳴られたのだった。
一方、志保は車で移動し、待ち人がいるという応接室へとたどり着いた。こちらでお待ちです、というメイドに伴われて室内に入ると、やはり見たことはない老人がソファーに座っていた。
彼は志保の姿を眺めると立ち上がり、頭を下げた。
「お久しぶりでございます、宮野様」
「………貴方と会った事、あったかしら?」
ソファーに座るように促し、メイドが運んでくれた飲み物に手を出した。
「この姿では会ったことはありませんが、何度かお会いしたことはあります。そうですね、鈴木財閥相談役であられる鈴木次郎吉さん絡みで」
「……あの老人絡みというと、怪盗KID絡みしか思い浮かばないのだけど? まさか、黒羽くんじゃないわよね?」
「はい、快斗ぼっちゃまには貴方様を見つけた事は話しておりません」
「快斗ぼっちゃま……?」
「私は先代の怪盗KIDであらせられました黒羽盗一様の付き人をし、今はバーテンダーをしております寺井と申します」
「……バーテンダー? もしかして、貴方、よく博士が話していた友人の……よく発明を依頼していた…」
「はい、左様でございます」
思わぬ人物に志保は驚きを隠せなかったと共に、黒羽が怪盗KIDとして動いていたあの時期、様々なマジックの裏には博士の発明があった事に唖然としてしまった。
いくら工科学は畑違いだったとはいえ、気づかなかったとは情けない。自分も、江戸川くんも。
「…………それで、私の居場所を突き止めてどうしようと思ったのかしら?」
彼らから隠れて四年近くになる。今更なんだというのだ。
「私は貴方様が皆様からお隠れになられたのは理由があると思いました。彼らが探している事も無論存じております。しかし、阿笠から貴方は自分からいなくなったと聞き、三年前に見かけた時は本当にどうしようかと思いました」
「三年前……」
「はい、貴方様のお腹が大層膨らんでおりました時、峰不二子やこちらのレベッカ・ロッセリーニと一緒にいる所を偶然目撃したのです」
それは愛莉が生まれた日の事であった。
しかし、彼──寺井が話すには「貴方があの方々から逃げている理由は分かりました。しかし貴方の意志に反して彼らに話す事も出来ないと思ったのです」何故そこまでする必要があったのかは志保には分からなかった。
寺井にとって志保は赤の他人であり、仕える黒羽や友人たる博士の方に情が傾くはずである。
しかし、彼は三年前から知っていて誰にも話していなかったのだ。
「快斗ぼっちゃまや阿笠に話せば、貴方様はまた隠れると思ったのです。ましてや協力者がルパン一味では一筋縄では参りません。ですから、ぼっちゃまや阿笠には悪いと思いながら今まで口を噤ませて頂いてました」
「………それで、今日 来た理由というのは?」
今更なんだと、寺井に顔を向ければ沈痛した面をして口を開いた。
「………阿笠が、貴方の養父である阿笠博士が倒れました」
その一言に志保は立ち上がった。そして寺井の肩を掴んだ。
「博士は、博士は無事なの?!」
「……い、今、容態はなんとか安定していますが…未だ入院しております」
志保は今までにないくらい焦りを感じていた。
博士、博士、大事な、大事な家族が入院しているなんて。
「………い、行かなくちゃ……。どこ、どこの病院にいるの?」
「…日本にお戻りになられるのですか?」
「だ、だって……心配だわっ!」
寺井は志保の様子にどこかホッとした。
友人たる阿笠に心配を掛けていた女性はまだ彼を大事にしていたようだ。
「しーほちゃん? 日本に帰るのかい?」
二人でいたはずの室内に第三者の声が響いた。
「る、ルパン?! それに貴方たちまで!」
どこから現れたのか、そこには泥棒と名高いルパン三世と次元大介、石川五ェ門の姿と共に小さな女の子が抱きかかえられていた。
どこか見覚えのある少女は何年か前の向日葵事件の際にいたあの少女を小さくしたような風貌である。
「ママ!どこかいくの?」
パタパタと走りよってくる少女を見て、寺井はそうか三年前に生まれた子供だと悟った。
まだ動揺しているのか、志保は「え、あ、」と彼女からは結びつかない答え方をしている。
すかさずルパン三世が少女の頭を撫でた。
「愛莉のおじいちゃんが入院したんだってよ」
「ちょっ、ルパン!」
「おじいちゃん?次元おじちゃんはここにいるよ?」
「ハハッ!次元じゃなくて、本当のおじいちゃんだよ」
「ほんとの、おじいちゃん?」
「そう、心配だろ? 愛莉ちゃん。このまま二度と会えなくなったら後悔するぜ?」
ルパンは志保を見ながら伝えれば、彼女は身体を震わせた。
でも、と躊躇する彼女に寺井もルパンたちも阿笠博士だけに会えるように協力すると訴えた。
志保は愛莉を見つめ、彼らに頭を下げたのだった。
2017/07/21