01
私の名前は白馬愛莉。十四歳。
日本で言えば中学二年生だけど、八年前からアメリカに住んでいて、スキップ制度を使い、既に大学も卒業している。
パパとママの母国である日本にはよく来ていた。
親戚の秀𠮷おじさんや真純ちゃんが暮らしているし、阿笠のおじいちゃんもいたからだ。
今年から日本に住むことになったのは、私たち姉妹の学期終了と一番下の弟が幼稚園というのに上がるのに合わせてだとママが言っていたし、パパとはずっと離れて暮らしていたから一緒に暮らせるのは嬉しい。だけど、私は何とも言えなかった。
「どうしたの? 引っ越しの荷物は片付いた?」
背中に弟がひっついてるのを気にしないでママは国際便で運ばれた段ボールをひとつひとつ開けては、出していく。
「莉乃は?」
「莉乃なら部屋にいるんじゃないかしら?」
「ねぇ、ママ? どうしても中学校に通わないとダメなの?」
訊けば、赤みがかった茶髪を緩く結んでいたママがこちらを向いた。
自分の親ながら、相変わらず美人だと思う。翡翠の眸はとても綺麗だし、肌は日焼けを知らないのではないかと思う程白い。まぁ研究所に勤めて、日に当たらないからというのもあるけど。
「……イヤだった?」
「イヤっていうか………合わせられるか心配で……」
「……その気持ちは分からなくはないわ。あなたはもう学位も取っているしね。なんならアメリカにいても良かったのよ? 赤井さんもいるんだし」
「パパと一緒に暮らせるんだし、日本は嫌いじゃないわよ」
そうパパとママは夫婦だというのに長年離れて暮らしていた。
パパは警察官僚であるし、ママは研究者でイギリスやアメリカなどの研究所から呼ばれてたりした。
イギリスにいたのは私が六歳までで、その後はアメリカにいた。アメリカにはママの従兄である秀一おじさんがいたし、メアリーも一緒に暮らしていた。
ママは莉乃を身籠ったこともあり、一年半は産休を取っていたけど、産休が明けてからは、メアリーと一緒に莉乃と過ごしたし、色々勉強を教わった。
その頃にはエレメンタリースクールの勉強は簡単過ぎると言えば、秀一おじさんとメアリーにスキップで上がれるだけ上がりなさいと言われて、十三歳になる前には大学を卒業をしてしまった。
ママも小さい頃にスキップをして、同じ位で大学卒業して、博士号まで取っていたという。
メアリーも秀一おじさんも、血は争えないな、と言っていたし、パパやおじいちゃんからもすごいすごいと誉められたのが嬉しかった。
ただ、ママだけが「もっとゆっくりでも良かったのに」と少し残念そうにしていたのを覚えている。
ママはひっついていた弟──志貴を下ろし、私に向き合った。
「せっかく、日本という国にきたのだから、それに倣ってみたらいいわ。それに同年代のお友達も出来ていいかもしれないから」
「……………分かったわ」
本当は同年代の友達なんていらないと思っていた。
アメリカでは何人かいたけど、会話に苦労したし、大学生や教授と話している方が遥かに楽だった。
少しだけ揺れ動いたママの翡翠色の眸に何かあるのだろうというのを感じた。綺麗な翡翠色の眸が羨ましいと思う。
莉乃はパパに似て薄い茶色の眸で少し赤みがかった茶髪、弟の志貴はママ似の濃い翡翠の眸で髪は黒っぽかった。私だけ、私だけが誰にも似ていない深い蒼い眸。
訊きたいけれど、訊いてはいけないことを知っている。それに忘れられない人がいた。
ママの邪魔にならないようにと、弟の志貴を連れて部屋に戻った。
「おねーちゃん?」
「………志貴、パパとは暮らせるようになって良かったね」
「はい!」
元気に返事をする弟を抱きしめた。
「おねーちゃん、苦しいよ? どこか痛いの?」と訊いてくる弟はきっと頭がいい。
莉乃も小学生の割には頭はいい。私たちはママに似たのだろう。もちろんパパも良いけれど。
莉乃だって、スキップを使ってアメリカでは中学生たちと授業を受けていたのだ、大丈夫かな、と心配である。
ピンポーンとチャイムが響き、ママが対応している。
「元気にしてたかのぅ?」
「おじーちゃん!おばーちゃん!!」
顔を出したのは発明家のおじいちゃんとデザイナーのフサエおばあちゃんだった。
志貴が嬉しそうに玄関へと走りだし、部屋にいた莉乃も声が聞こえたのか、ドアを開けて飛び出してきた。
「おじいちゃん!お土産は?」
二階の手摺から声を出して駆け降りてくる莉乃は本を片手に持っていた。
知り合いの優作おじさんから本が送られてきては、いち早く読むのは莉乃だ。無論私も読む。だって面白いんだもん、おじさんが書く「闇の男爵」シリーズって。
「おーおー元気そうじゃのぅ。これからは日本にいると思うといつでも会えて嬉しくなるのぅ」
「みんな、随分大きくなったわねぇ」
「おばーちゃん、抱っこぉ」
おじいちゃん、おばあちゃんに今一番なついているのは末の志貴だ。甘えた風に抱っこをせがんでいる。
「おぉ、愛莉ちゃん。元気にしてたかのう?」
「うん。久しぶりだね、おじいちゃん、おばあちゃん。今日から宜しくね」
「すっかり大人になったんじゃな。相変わらず志保くんに似て美人さんじゃわい」
「本当にね。今度、愛莉ちゃんにはモデルでもお願いしたいくらいだわ」
「そんなにママに似てる?」
「あぁ、そっくりじゃよ」
ニコニコと笑うおじいちゃんに何となく聞きたくなった。知っているんだ、私が『パパ』の子供じゃないことくらい。
だって真純ちゃんが結婚するまで、ママはパパを『白馬くん』と呼んでいたんだから。
あの時───、真純ちゃんの結婚式の時に会った人が忘れられない。
私はうとうとしていたような気がする。
ぼんやりと見えた景色は、ママと知らない人がキスをしていたこと。
その人が離れていった後、ママが泣いていたこと。
パパが現れて何かを話してた。そして、ママにキスをしていたこと。
思い出せば、そうだった。
だけど、私はあの時ずっとママの傍にいたのはパパだと思っていた。
眼を開けるとパパとママは驚いて顔を赤くしていて、なんだか、嬉しくなって、真純ちゃんに言ったんだ。
『ママとパパがね、さっきお口にキスしてたよ』
いつもパパが日本に帰っちゃう時しかしてたキスじゃなかった。
いつも綺麗なママだけど、可愛くみえた時だった。
真純ちゃんにそう言った瞬間に、秀一おじさんやおじいちゃんは勿論、零くんやパパのお友達がギャーギャー騒いで耳を塞いだくらいで。
その中で、たった一人、静かにママを見ていた人がいたのを忘れられない。
だから、寂しそうにしていた人に言いに行ったのだ。
どうしたんだい?と訊いてくるその人に、何故か知らないけれど『……ママはね、パパが好きだったんだよ』と。その人はそうなんだ、とまた寂しそうに笑っていた。
その後、ママとパパの元へと駆けていけば、パパが抱き上げてくれたし、ママは嬉しそうに笑っていたのだ。
ねぇ、ママ。あの人は誰だったの───?
なんで、泣きそうな顔をしていたの──?
ママがパパを好きで、パパもママが好きで、私たち姉弟を大事に慈しんでくれている事は知ってるし、分かってる。
でも、私は知りたいの。真実を。
────どうしてかしら。
END
2017/06/19