03
工藤新一という人物を調べるに当たって、一番簡単な方法は、工藤優作おじさんと有希子さんに聞くのが手っ取り早かった。
でも何となく躊躇してしまうのは、勝手に調べて彼らが気分を害しないかというかどうかだ。
以前、ママが言っていたのを思い出す。
『探偵は好きじゃないのよ』
クスっと微笑むママは魅力的だった。
パパが苦笑いをして、謝りながら優しくキスをしていたのを覚えている。
その時、私はパパと秀一おじさんから贈られたシャーロック ホームズの本を手にしていた。
「ママ、これ面白いよ?」
首を傾げて聞けば、ママはいつものように優しく笑うと「そうね。パパに似たのね」とパパを見上げながら言っていた。パパは苦笑いをしていて、抱き上げてくれたのを覚えている。
「愛莉さんは大きくなったら何になりたいですか?」
お花屋さんとかですか?ケーキ屋さんとかですか?それともお嫁さんですか?一般的に小さな女の子が答えるような解答を示すが、愛莉は手にした本を見て答えた。
「探偵もいいよね」
呟いた瞬間、ほんの一瞬ママが悲しげな目をして、なんでそんなに辛そうにしてるのが気になった。
何か、あるんだろうか────。
ぐるぐると景色が変わる。
あぁ、もしかして夢をみているのかな?
「お祖父ちゃん!」
「おぉ!愛莉ちゃん、待ちかねてだぞう」
今より少し若いおじいちゃんが両手を広げて待ってくれているのを見て、愛莉は走っていた。
幼い頃の癖でジャンプして飛びつけばヨタヨタしながらも、抱き止めてくれたお祖父ちゃん
「愛莉、あまり博士に無理をさせてはダメよ」
「志保くん。疲れたじゃろう、さぁさ中に入るといい」
バタンと乗ってきたタクシーが走り去り、愛莉と志保は博士に促されて、阿笠邸へと入っていった。
「愛莉ちゃんはジュースでいいかのぅ?」
「お手伝いする!」
「いやいや座っておっていいんじゃよ」
「愛莉、もう7歳よ!お姉ちゃんだし、やれるわ」
「───7歳、早いのぅ……………………………まるで哀くんのようじゃ」
───アイくん?
───私は愛莉、だよ、おじいちゃん
「そうじゃ、今は隣に優作くんたちが帰って来とるんじゃった」
「え、」
そう呟いたのはママだった。
「優作おじさん?」
「ああ、なにやら出版社の創業記念パーティーに出席するとかで二三日前から一時帰国しとるんじゃ」
「会いに行ってもいいかな?」
「愛莉!」
「ママ?」
「あ、ほら、そんな事情ならお忙しいのだからお邪魔になったら困るんじゃないかしら?」
「………そっか、「そんなことはないですよ」あ、優作おじさん!」
「私もいるわよ〜」
「有希子さん!」
振り返れば、玄関の所に優作おじさんと有希子さんが立っていた。
「志保ちゃん、愛莉ちゃん!久しぶりねぇ、会いたかったわぁ」
ぎゅうっと抱きしめられ、いつも良い匂いがするなぁって思う。
「おや、志保くん。その子は、二人目の?」
優作おじさんがママが抱っこしている赤ちゃん──莉乃を見て、訊ねた。
「は、はい。莉乃って言います」
「ほぉ、可愛いですね」
「志保くんにも似てるが白馬くんにも似てるようじゃの」
「お祖父様とお祖母様、ばあやも言ってた!パパに似てるって!」
「そうね、探くんに似たわね」
ママが莉乃に笑いながら話す姿に、優作おじさんと有希子さんが寂しげに笑った気がした。
とても残念そうにする二人に、私は話しかけた。
「どうして、そんなにがっかりしてるの?」
「………それはだね、君たちが我々とは一緒に暮らせないからかな」
「なんで、一緒に暮らすの?」
その理由を知ってはいけない、聞いてはいけないと思いながらも、幼い私は優作おじさんに話しかけた。
随分と見上げていたはずの優作おじさんと有希子さんの顔が、少しだけ見上げる高さへと変化していた。
「それはだね、きジリリリリリリリリ!
目覚ましアラームの音で、目が覚めた。
寝返り、枕横にあったスマホをタップしてアラームを止めた。
そのまま横になったまま頭を悩める。
───夢、だ。
記憶の中では、莉乃が産まれてから阿笠のお祖父ちゃんの家には確かに行った。
ただその時はフサエお祖母ちゃんもいたはずだった。それにパパも一緒に行ったはずだ。
優作おじさんと有希子さんはいなかったはずなのに、夢の中では何故かいた。
くしゃりと前髪をかき上げて窓の外を見る。
今日もいい天気だ。あ、そうだ、今日は真純ちゃんたちが来ると言っていたっけ。
先週会った快斗おじさんはママやパパに聞いてみたら、と言ってきた。教える気はなかったのかもしれない。なら、真純ちゃんなら──。
愛莉はベッドから降りると、着替えるべくクローゼットを開けたのだった。
真純ちゃんはママの従妹だ。
阿笠のお祖父ちゃんと私は血が繋がっていないのは六歳の時には理解した。ママはパパと結婚するまでずっと「宮野」姓を名乗っていた。
ママとお祖父ちゃんは姓が違っていたけど、父子だと言っていたし、親子や家族が血の繋がりだけじゃないことは私自身知っていた。
私とパパだって、血の繋がりはないけれどパパは私も莉乃も志貴も別け隔てなく愛してくれているのを知っている。疑うようなバカな真似はしない。
見ていれば、話していれば分かるもの。
真純ちゃんたち、秀一おじさん、秀𠮷おじさん、メアリーがママの唯一血の繋がりがある親戚なんだ。
真純ちゃんの子供と愛莉たちは再従兄弟という関係で、やはり身近な親戚だ。
ママもパパも兄弟はいないから従兄弟はいない。再従兄弟である彼らが従兄弟のようなものだった。
「愛莉、久しぶりだね」
「真純ちゃん、零おじさん、一輝くんに真二くん久しぶり〜」
「愛莉ちゃん、ますます志保さんに似てきたね」
「そうかな?」
「うん、似てきたよ。志保に」
綺麗なママに似てると言われるとやはり嬉しい。
彼らはリビングへと移動し、莉乃や志貴も一緒になって遊んでいる。
今日はバーベキューをしようと集まったのだ、パパのイメージだとバーベキューは程遠いけど、零おじさんや真純ちゃんはイメージがある。
「愛莉、野菜切るの手伝ってくれない?」
「はーい」
庭先ではパパと零おじさん、莉乃と志貴、一輝に真二も一緒になってバーベキューコンロに熱した炭を運んでいた。真二がお兄ちゃんぶって、危ないからと志貴が触れないように抑えている。
ふっ、と笑いが零れてしまいながら、ママと真純ちゃんのお手伝いをした。
「へぇ、先週は黒羽くんたちが来てたんだ」
「えぇ、探くんがいないのをいいことに色々していったわ」
「はは、相変わらずだね。彼も」
「後でパパが文句の電話をしてるのを見たわ」
「ふははは!彼らは仲が良いのか悪いのか分からないね」
「あら、仲は良いわよ。互いに認めないだけで」
「それを言ったら、白馬くんと服部くんもそうじゃないかな」
「あの二人こそ、あまり仲良くはないんじゃない?」
「そうでもないさ。大学の時は工藤くんや黒羽くんを嗜めるのが主にあの二人だったからね」
「てっきり、ストッパーは探くんだけだと思っていたわ」
クスクスと笑うママをよそに、愛莉は『工藤くん』という名前に少しだけ身体が反応した。
串に刺さった肉や野菜、魚介類などを運び、始まったバーベキューの最中、愛莉は真純に近寄った。
「ねぇ、真純ちゃん」
「なんだい?」
「………工藤、新一ってどんな人?」
「どうしたんだい? 急に」
「────私とパパが血の繋がっていないのは知ってるわ。それで、」
「キミのパパは白馬だよ」
「真純ちゃん、」
「血の繋がりなんてなくとも、キミのパパは白馬探だけだよ、他にはいない」
「でも」
本当の事が気になるの、と言えば、真純ちゃんが小さく呟いた。それは聞こえなかったけど。
唇の動きから「血かな」と読めた。
「君が真実を知りたいならば、志保に訊くべきだよ──周りに訊くんじゃなくてね」
志保だって、愛莉が真面目に聞けばきちんと返してくれるはずさ。知っているだろ。と話してくる真純に愛莉は頷いた。
いつだって真剣に訊けば、ママは大人に対するように愛莉に向き合ってくれる。それが嬉しかったのに、何故か訊けなかった。
ママに対しての不信感か、自身の不安からか、怖かったのかもしれない。
今日は無理でも、今度訊いてみよう。
愛莉はそう決意して、志貴にお肉を分けている志保をみたのだった。
真実まで、あとどれくらい?
END
2017/06/24