04
閑静な住宅街に一際目立つ建物がある。
お祖父ちゃんの自宅兼研究所だ。なんでこんな住宅街にあるのかと今更ながら疑問を抱いたが、愛莉はタクシーから降りると、そびえ立つ阿笠邸を見上げた。
隣には古い洋館が建っていて、一度だけお邪魔したことがある工藤邸だ。
人は住んでおらず、たまにお祖父ちゃんが風通しに行くのだと聞いていた。
じっとその館を見上げていると後ろから声を掛けられた。
「あのう、何かご用ですか?」
振り向けば、黒髪を纏め上げた綺麗な女の人が立っていた。
「………哀、ちゃん?」
「え?」
「あ、ごめんなさい!ちょっと知っている子に似ていたから」
「いいえ、こちらこそすみません」
ちらりと洋館を見上げた後、踵を返すように歩けばまた声を掛けられた。
「あの、用事があったんじゃないんですか? 私、この家の者です」
「───え、」
その言葉に思わず振り返った。
「ここ、工藤優作さんのお宅じゃ……」
「はい、工藤優作は義父なんです。私はその息子の工藤新一の妻の、工藤 蘭と言います」
「………私は、白馬 愛莉と言います」
「白馬……もしかして、白馬くんの?」
「パパを知っているの?」
「ええ、新い……夫の友人ですよ」
「そうなんですか…」
そういえば、真純ちゃんの結婚式でこんな人がいたような気もしなくない。
「良かったら、中でお茶でもどうですか? 散らかっていますけど」
「でも、」
流石に躊躇する。
どうしようと思っていると後ろから声が聞こえた。
「愛莉ちゃん? 」
「………お祖母ちゃん」
正直助かった──と胸を撫で下ろした。
「あら、蘭ちゃんじゃない? 今日はお掃除?」
「フサエさん、こんにちは。たまにはちゃんと風通ししないと思いまして」
「大丈夫よ。優作さんたちに頼まれて、一昨日しておいたわよ」
「えぇ!そ、そうだったんですか? すみません、いつもいつも」
「いいのよ。身体を動かすにはちょうどいいのよ」
ふふふと上品に笑うお祖母ちゃんと、工藤新一の妻という人の会話にやはりここには住んでいないのかと思った。
「そうだわ。愛莉ちゃんもいるし、蘭ちゃんも良かったらお茶にしない?」
「いいんですか?」
「ええ、良いかしら? 愛莉ちゃん」
「……お祖母ちゃんがお呼びすることに私には止める権利はないわ。今日、お祖父ちゃんは?」
「ああ、大学へと行っているわ。じゃあ、お茶にしましょう」
スッと背中を促されて、愛莉は阿笠邸へと歩きだした。
邸内に入ると、蘭さんという人はお手伝いを申し出ていたが、フサエお祖母ちゃんに「貴方はゲストなんだから座っていてね」と言われていた。
私はというと「愛莉ちゃんは手伝ってちょうだいね」とキッチンへと呼ばれた。
イギリス式のアフタヌーンティーは我が家でも時々行う。パパは紅茶派だが、ママはどちらかというとコーヒー派だ。
小さい頃の環境でそうなってしまったし、愛莉がイギリスにいた頃はプロフェッサーたちから紅茶のマナーを教えてもらったりした。
しかし、六歳からはアメリカで過ごしていたからか、コーヒーも飲むようになっていた。
「えぇ!白馬くんって後二人もお子さんいるの?」
「はい、妹と弟がいます」
「そうなんだ。私も新一もね、一人っ子同士だから羨ましいわ」
「そうなんですか」
「愛莉ちゃんたち 姉弟は本当に仲が良くてね、全員が仲良しなのよ」
確かに、私たちは喧嘩というものをしたことがない。多分。
和やかに話していると、チャイムが鳴った。
お祖母ちゃんが「博士さんかしら」と玄関を開けるとそこには黒髪の男の人が立っていた。
「フサエさん、久しぶりです。博士いますか?」
「新一じゃない!どうしたの?」
「蘭!オメーこそ、なん…………なんで、」
蘭さんが声をあげたことで、こちらを見た工藤新一が愛莉を見た。
驚きを隠すことなく、見開かれた眸は深い蒼をしている。
「…………はい、ばら……?」
「……え?」
「…………あ、いや、なんでもない。確か、白馬んトコの……」
彼が呟いた名前に疑問を持ったが、こちらを見つめてくる強い眸に、心がざわついた。
「……はい、白馬 愛莉です」
「だよな。覚えているか、俺の事?」
「…………真純ちゃんの結婚式で…」
会った人。と答えれば、覚えてるもんだなー。と彼は笑っていた。少しだけ、違和感がある笑い方だったけど。
「白馬と、宮野、元気か?」
「……はい、元気です」
「……そっか」
そう言って彼は蘭さんを呼ぶと、お祖母ちゃんと何かを話した後、挨拶をして出ていってしまった。
「────愛莉ちゃん、」
「どうかした、お祖母ちゃん?」
「これ、」
差し出されたカードに、愛莉はフサエの顔を見た。
「新一くんが、愛莉ちゃんにって……」
「……なんで、?」
「さぁ? でも誰にも言わないでくれって」
「…………分かった。お祖母ちゃんも秘密にしないとね」
工藤新一からの名刺を受け取り、じっとそれを見つめた。
裏を返せば、表にはない携帯番号とメールアドレスが書かれている。慌てたのか、お世辞にもキレイとは言えなかった。
ドキドキしながら、窓から見える隣の洋館へ目を向けた。
彼は、何かを知っているのかしら?
END
2017/06/25