06

名探偵コナン

帰宅したママは疲れているようだった。

「ママ、お帰りなさい」

「ただいま、愛莉。今日はごめんなさいね」

「え?」

「探くんから連絡が来たの、夕飯作ってくれたんでしょ?」

「う、うん。でも大したのじゃないよ?」

オムライスなんて簡単だもの、いつも彼女が作る料理に比べたらどうってことないのに。

「志貴が喜んでいたって聞いたわ。美味しかったみたいね」

パパが撮ったのか、はたまた快斗おじさんが撮ったのか分からないけどムービーから志貴の声が聞こえた。

『ママ、おねーちゃんがオムライス作ってくれました!すっごく美味しかったです!』

流してくれたそれを聞きながら、ママを見れば嬉しそうに微笑んでいる。
でもその後に聞こえた志貴の声に愛莉はどうしたらいいのか分からなくなった。

『ママ、おねーちゃんが何かなやんでるので そーだんにのってあげてください』

「志貴からだと悩んでいるみたいだけど どうなの?」

ママが耳に髪を掛けて、訊いてくる仕草はどこか色っぽく見える。

「どうかした? 学校で何かあったの?」

「え? あ、大丈夫よ」

「そう? ならいいんだけど……」

心配そうに見てくる母に愛莉は聞くのなら今かもしれないと思い、だけど少し躊躇した。
そして誤魔化すように話題を振った。

「ママ、今日はどうして仕事遅くなったの?」

「……あぁ、知り合いの刑事からね、いきなり調べてくれって連絡が入ったのよ」

思い出したように母が腹を立てているのは珍しい。そんないきなりだったのだろうか。

「科捜研で調べられるはずなのに、私が得意だろうからってわざわざ大阪から」

全く 昔のよしみってなんなのよ、と呟く母に愛莉は聞くのは今かもしれない、と思った。

「大阪って、パパの友達の服部さん?」

「あら、知ってるの?」

「パパと快斗おじさんが話してたから。服部くんからの急な依頼で、って」

「ああ、黒羽くんが来てたんだったわね」

どうやらママのスマホには快斗おじさんからの連絡はいってなかったらしい。

「………ねぇ、マ「愛莉」な、なに?」

訊きたいことをどう切りだそうかと思ったら、ママに遮られた。
綺麗な翡翠色の眸が揺れるのが分かった。

「………あなたが会ってみたいというなら、会ってみるといいわ」

「………マ、マ…?」

「黒羽くんと真純ちゃんから連絡を貰っていたのよ。多分、今日の服部くんの件も同じようなものね」

「………工藤、新一に会ってもいいの?」

「………私が止めてもあなたは聞かないでしょう?」

そう言ったママの眸はまっすぐ愛莉を見ているのに、どこか違う。愛莉にじゃない、愛莉の中にいる誰かに言っているようにさえ思えた。

「………ずっと、気になっていたの……」

「………」

「あの人……真純ちゃんの結婚式の時、辛そうな顔してママを見てた!」

「え?」

ママは意外にも驚いていた。

「何を言ってるの? 彼には昔から大好きな彼女がいたのよ?」

「でも、」

「愛莉の気のせいよ。もう十年も前の事じゃない」

ありえないと笑うママに、愛莉は違う、彼はママを好きだったはずだ!と思った。
そうじゃなきゃ、私をみてあんな複雑な顔なんてしない。

「ママ! あの人が、」

──私の『パパ』なの?
そう聞こうとして、愛莉は止めた。ママの顔見たら止まった。
どうして、だろう。それは言ってはいけない気がした。開けてはいけない、パンドラの匣のような気がしてならない。

「……………あ、あの、私寝るね。おやすみなさい」

「愛莉?………えぇ、おやすみなさい」

さっきとは違う、穏やかに笑う彼女の姿に愛莉はドクドクと心臓が早まるのを感じた。
パタパタと駆け足で部屋に入ると、ドアに凭れた。

「…………ママ…?」

ママの顔が、なんともいえない表情をしていた。
悲しいのか、切ないのか、嬉しいのか、どれとも表せない顔をして、それに愛莉は戸惑ったのだ。
訊いていいのだろうか、これを訊いたらママはどうにかなるのではないか、と怖くなった。
触れてはならなかった部分に触れたのかもしれない。
変わらない、変わるはずがないと思っていただけに、愛莉は震えたのだった。
それでも気になったのは知りたいだけなのか。



翌朝、ママはいつも通りに私たちを起こし、早めに出勤するパパに行ってらっしゃいのキスをしている。相変わらず仲がいい。

「早くあなたたちも支度しなさい」

クスクスと笑いながら、今日は仕事が休みらしく家事をしている。志貴は嬉しいらしく、今日はお祖父様のお家に行かなくてもいいんだね!とママを独り占め出来る事を喜んでいた。
妹の莉乃は「志貴ばっかりずるーい」と頬を膨らませていたが、おやつにケーキを作っておくわ、というママの一言に「やったぁ!」と喜んでいた。
セーラーに身を包んだ愛莉は莉乃と共に、二人に見送られて家を出た。

「莉乃ちゃーん!」

通学路の途中で陽くんに出会い、二人は手を繋いで歩いているのを微笑ましく思った。
暫く歩いていくと、学校の手前にある道路に車が1台止まっていた。
こんなところになんだろう、と思っているとウィンドウが開いた。

「おはよう」

「あ、あなた……」

そこに座っていたのは、探偵の工藤新一だった。

「今日の放課後、時間ある?」

「…………今日は短縮授業だから、あります」

「そっか、なら学校終わったら連絡くれないかな?迎えにいくから」

「……………」

「ああ、怪しいと思うなら、宮野に………君の母親に連絡してくれても構わないよ」

「……………わかりました。連絡します」

「ん、ありがとう」

彼はそう言うと、エンジンを掛けて「勉強、頑張れよ」と去っていった。

ドクドクと早まる鼓動を押さえながら、愛莉は学校まで歩いたのだった。



END
2017/07/06


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