相槌すらも特別な日々
自覚してしまうと頭に浮かぶのは灰原の事ばかりだ。
しかし、相変わらず素っ気なく、夕飯の片付けも終わってしまうとコーヒーを淹れてくれるのは嬉しいが、部屋へと籠ってしまう。
なんとかして、一緒に過ごしたいと思うのに彼女が手強いのは予想通りでどうしたものかとコナンは頭を抱えた。
一応、彼女や探偵団のみんなには誤解は解いたものの、噂というのはなかなか収まらないものである。
あの"幼なじみ"に似た女の子の事など、関係ないのに周りの女の子たちに煽られているのか、それとも友達ならばと言ったからか、近くに寄ってくる事が多い。
(………灰原は 近寄ってくれないのに…)
はぁ、と大きくため息を吐くのが当たり前になりつつあって、嫌になってしまう。
「コナンくーん」
「…………」
「調理実習でクッキー焼いたの。貰ってくれないかな?」
座っているコナンに対して、何故か上目遣いで見てくる彼女にため息を吐きたくなるが、それはなんとか自分の中で止めた。
「………いや、俺、甘いのはちょっと…」
「甘さ控えめで作ったから大丈夫だよ!」
暗にお断りだという科白にも関わらず、目の前の彼女は笑顔を振り撒いてくる。
なんだか押しつけがましい、あの初恋だった"幼なじみ"はそんな事はしなかったのに、なんて比べていると、教室がざわついた。
なんだ?と入り口をみれば、灰原の姿があった。
こんな場面を見られたら誤解される!と焦りながらも、彼女はどこ吹く風のように歩美へと近づいた。
「歩美ちゃん」
「哀ちゃん!どうしたの?」
「さっき、円谷くんに会って…ちょうど先生に呼ばれたからあなたにこれを返して欲しいって頼まれたの」
「そうなんだ、次の休み時間でも良かったのに」
歩美の言葉に、ふふ と肩を竦ませる灰原は相変わらず綺麗で、ぼーっとそっちを見ていると目の前にいた彼女の事などすっかり忘れていた。
「コナンくん!」
ぐいっと腕を引かれ、何故か腕を組まれてた瞬間、灰原がこちらを見たのに身体が反応した。
慌てて"工藤 蘭"さんを引き離そうとしたが灰原は一瞥しただけで、歩美へ手を振るとあっさりと教室から出て行ってしまった。
あぁ、付き合っていないことはわかってもらえてるとしても反応してもらえない事にガッカリしてしまう。
がっくりと項垂れながら、腕に絡んでいる手を見つめた。
「………あのさ、くっつかないで欲しいんだけど…」
「ご、ごめんね」
口から出た言葉はどこか低くなったせいか、彼女は慌てて身を引いた。
「あ、あの、コナンくん。今日は部活ないでしょ? 良かったら一緒に帰らない?」
もじもじしながら話してくる姿は多分一般的に見たら可愛いのだろう。そのせいか、彼女はモテるようだ。まぁ、学年で言えばトップは灰原か歩美なんだろうが。
周りから「仲いいね!」「お似合い!」などと謂ってくる輩に頭が痛くなる気がする。
「悪いけど 用事あるから…」
素っ気なく答えると「そっか…」と悲しげな顔をされた。それが何年か前の幼なじみに似ていて、心が痛んだが、彼女は"毛利蘭"ではないと頭を振った。
うまい具合にチャイムが鳴り、彼女たち(友人もいた)は自分の教室に戻っていった。
見ると机にはクッキーが置かれたままであり、『コナンくんへ 食べてね 蘭より』と丸っこい字で書かれていた。
あー、と頭を悩ませるしかなく机に顔を乗せているとクラスメイトの男子に『モテモテだな』と言われる始末。
女子から手作りクッキーなど貰った事がないと文句をいうのでこっそり渡せば大いに喜ばれた。
(………アイツも調理実習だよな…)
今朝、愛用のエプロンをバッグに入れてるのを見たから確かなはずだ。
灰原の事だから、歩美は勿論、光彦や元太、博士にくれるかもしれない。そこに無論俺も入っている筈だ……筈だよな。
アイツの事だから、きっと家で渡してくれるだろ、と妙な確信をして授業を受けたのだった。
生徒活動日という、部活がない日は生徒たちは授業が終われば帰宅出来る。遊びに行く者、塾に通う者らはさっさと学校を出たようで、光彦は塾、元太は友人らと寄り道、歩美は用事があるからと飛び出していき、コナンは灰原の姿を探した。
歩美が「哀ちゃんがくれた〜」と自慢していたクッキーはアイツらしいシンプルな包みに入れられていたのを見せられた。
案の定、光彦や元太も手渡されたらしく、自分だけが渡されていないのを二人は気にしていた。
「哀ちゃんがコナンくんにあげない訳ないよ」
彼女の親友たる歩美の言葉を信じることにし、とにかく、アイツを探そうと昇降口へと向かうと視界の端に見覚えのある茶髪が入った。
急いでそちらを見てみると、灰原と、数人の女子が歩いていた。なんだ、と訝しんでこっそりと後をつけてみて驚いた。女って怖ぇ…というのと、灰原が俺を避けていた理由が分かった。
「コナンくんに近寄らないでって、約束でしょ!」
「別に近寄っていないわ」
「嘘!じゃあ、なんでコナンくんのクラスに来たのよ!」
「歩美ちゃんに用事があったのよ、彼にじゃないわ」
「そんなの分からないじゃない!」
「そうだよ、邪魔しに来たんでしょ」
きっぱり言われてしまうとかなり傷ついてしまうが、あまりにも酷い言いがかりに出ていこうとすれば「近寄らないで!」と声がかかった。
灰原を囲む彼女らは「はぁ?」「何言ってんの?」と疑問を抱いていたが、どうやら俺に対して言ったらしい。
流石、灰原!俺の存在に気づいていたようだ!嬉しくなるも、違うだろと頭を振った。
そんなことをしてる間に定番なのか、捨て台詞なのか彼女らは「今度コナンくんに近づいたら許さないから!」とぞろぞろと行ってしまった。
騒々しかったのが一気に静かになり、灰原がため息を吐いたのを耳にして、止めた足を動かした。
「………なんだよ、アレ」
「あなたのファンでしょ」
やはり分かっていたのが、コナンが出てきた事に驚かない辺り流石だと思う。
というか、ずっと避けられてた理由ってアレなのかと思うとやるせない気持ちになる。
ガシガシと頭を掻くと、灰原を睨み付けるが、両腕を組んでジト目でこちらを見ている灰原にコナンは肩を震わせた。
「………な、なんだよ…」
「…………はぁ、あなたって本当にモテるのね。面倒だから早く彼女の一人や二人作りなさいよ」
いきなりの言われように「はぁ?!」と声をあげた。鬱憤が溜まっていたのか、面倒だ、気分が悪いだの言う灰原にコナンは謝るしかない。
「わ、わりぃ…」
灰原は一瞥するとスクバを肩にかけ直すと歩き始めた。コナンは慌てて追いかけるも「ついてこないで」とピシャリと言われたが、帰りはどうやっても同じ方向なので無理がある。
しかし、途中で灰原が道を変えた事に「どこ行くんだよ」と声を掛ければ「買い物して帰るのよ」と冷たい反応を頂いた。
「荷物持ちするよ!」
「結構よ」
「いやいや、いつも飯作ってもらってるし礼だよ」
先に歩く灰原の後を追うように歩いて行けば、彼女は立ち止まり振り返った。
「あなたね、さっきの状況でわからなかったの? 迷惑なの」
「それは悪かったって……つか、そんなん無視すればいいだろ……」
あんな女子たちに話すなと言われて、避けるようになった灰原にも、それを提案したであろう女子たちにも腹が立つ。無論、一番腹が立つのは自分自身にだ。
自分のせいで灰原があんな目にあっていたなんて。
「………もう、避けないでくれ、よ…」
華奢な腕を掴み、そう願えば、あっさりと腕を引き抜かれた。
「……そんなに落ち込まなくともいいでしょう」
「落ち込むつーの!」
「? どうして?」
首を傾げる灰原の髪がさらり、と揺れる。
それがやけに可愛くて、綺麗で、惚れているのは自覚していても頬に熱が集まるのが分かる。
「……つ、」
「つ?」
「つまんねーんだよ!前は色々話したり、その、ドラマとかのトリックとか犯人とか言い合いながら見てたのに、それが無くなってんのが………オメーと話出来ねぇ、のが……つまんねぇ…」
勢いで言ったものの、なんだかガキの癇癪みたいで情けなくて、言葉が小さくなる。
灰原をみれば驚いたように眸を大きくしていた。
くっそ、そんな顔すらも可愛く見えるなんて重症だ!
「………ぷ、」
ふふふ、と口元に手をやって笑い出す灰原に唖然とするがなんだか元に戻ったようで、胸がきゅっとなる。
「……あなたって、変なところで子供なのね…」
笑う姿を見ていると、笑い涙を指で拭いながらこちらを真っ直ぐ見ている。
いつの間にか差が出た身長に、見上げてくる姿に心臓がばくばくと早まるのが分かる。
「………う、うるせー!」
「ふふ、意地っ張りなガキね。───ほら、行くわよ」
「は?」
「買い物、荷物持ちしてくれるんでしょ?」
「お、おぉ…」
くるり、と背を向けて歩き出す灰原を慌てて追いかける。
「きょ、今日 ハンバーグ食いたいんだけど!」
「ダメよ、博士にお肉食べさせる訳にはいかないの!」
「たまにはいいだろ!」
「………そうね、じゃあ貴方も手伝ってくれる?」
「も、勿論!!」
「じゃあ、大豆のハンバーグにするわ」
楽しげに話す灰原を見て、コナンは嬉しくなる。
あぁ、会話するのが久しぶりなんて、彼女が受け答えをしてくれるのが嬉しいなんて、口元がにやけるのが分かった。
END
2017/10/02