さて、いつ伝えよう?
江戸川くんがおかしい、としか思えない。
数日前に一緒に帰ってから、やたらと周りをうろちょろしている。
「灰原、灰原! テレビ見ようぜ!」
「……はいはい」
ため息混じりになりながらも、彼の為にブラックコーヒーを淹れて、ソファーに座った。
今からサスペンスの二時間ドラマが始まるのだ。
『つまんねーんだよ!前は色々話したり、その、ドラマとかのトリックとか犯人とか言い合いながら見てたのに、それが無くなってんのが………オメーと話出来ねぇ、のが……つまんねぇ…』などと殊勝な事を言い、避けないで欲しいと願う彼がやたらと可愛く見えてしまった。
普段、格好つけている訳でもないのにやたらとモテる彼が絶対見せようとはしない一面に笑ってしまったのだった。
それから、彼に知られてしまったのだ。
彼を避けていた理由が。
「……俺のせいで、わりぃ………でも、だからって避けるのはやめてくれ…」
ぐっ、と拳を握りながら、辛そうにしている彼に悪いことしたな、と思うくらいの罪悪感が生まれたのは仕方なかった。
しかし、嬉しかったのだ。彼に寂しいと、自分と話せなくてつまらなかったのだど、思わせる自分が嬉しかった。
だから、学校の外では今までと変わらないようにしようと思っていたのだけれど、やたらと彼が構うようになって少し困惑してしまう。
今だって、夕食後の片付けなんて指で数えるくらいしたことがないのに最近は手伝うようになり、その後はリビングでテレビを見ながら過ごすというパターン化してきている。
たまに新薬を考えて地下室へ降りれば、くっついて来たりと後追いをする幼子のように見えたのだった。
二人揃ってソファーに座り、シリーズ作品のドラマを眺めている。出だしでいきなり殺人が行われるのはセオリーなのか、繰り広げられる内容にコナンと哀は色々と口に出して眺めていた。
ソファーに手を置けば、すぐ横にコナンがいる事に気づき 哀は驚いた。大体 隣に座っているとはいえ、少し距離がある筈なのにそれがなかった。
触れた手を慌てて膝の上に置き、横をチラリと見るとコナンと目があった。
座れば、立った時程身長差はないもののやはり彼の目線は上にあって、暫し見つめ合えば彼は慌てて目を逸らしていく。
「……わ、わりぃ…」
「こちらこそ…」
近すぎたのだと少しずれて、そのまま顔はテレビに向けたが、どことなく右側が緊張してしまうのは彼から送られてくる熱のせいかもしれない。
自惚れでなければ、最近の彼の振舞いを見て分からない訳ではない。
─ 江戸川コナンは灰原哀に好意を抱いている ─
そんな図が出来る程に、向けられる感情はそんな感じで……しかし、ありえないと思う自分もいる。
自分がしてきた事を忘れた訳ではないし、忘れる筈もない。彼の輝かしい人生を、あるはずの未来を自身が喪わせてしまったのだ。
だから、ありえない………しかし、優しくされる度、話しかけられる度にどんどん浅ましい欲が心に広がっていく。特別なんじゃないかと、期待させられる。
ぎゅっ、と心臓あたりが痛む気がしてそこを手で押さえれば「灰原…?」と横から声が掛かった。
「どうかしたのか?」
「……なんでもないわ」
「本当か?」
「え、えぇ…」
「……またアイツらに 何かいちゃもんつけられてないだろうな?」
「それはないわ」
「本当か?」
身を乗り出して聞いてくるコナンに哀は「えぇ」と抑揚のない声で答えた。
「あなたが面倒なことをしてくれたせいで、それはなくなったわよ」
「………だって よぅ……」
哀が避けていた原因がコナンと仲がいいから、という理解出来ない理由にコナンは憤慨した。
わざと哀に近づき、彼女が呼び出されるのを待ち構えたのだった。
その際に「これ以上灰原に何かしたら見逃せないから」とついつい女の子相手に凄んでしまった。
それ以来、文句は言われないものの視線は鬱陶しいし、コナンは前のように、いや、前よりも哀に話しかけるし、会いに来るようになった。
男子と話していると、時に鋭い視線を感じて周りをみると、コナンが見ていたりするし、話していた相手はそそくさと去るようになった。
その度に、コナンは「今のクラスメイト?」と聞いてきたりする。
あからさまなその態度に、哀は自惚れざるおえなくなる。
どうして、人が諦めた想いを彼は勝手に引き上げるのかしら。
許された時、彼とは一緒に生きていけるかもしれないとは思ったものの、心は近づけずに終わるのだろうと思った。
浅ましい想いも抱いたりしては、自己嫌悪に陥ったりしたし、あの"幼なじみ"に似た女の子が現れた時には諦められないが、諦めなくてはならないと思ったのに……。
チラチラとテレビではなく、こちらを窺うように見てくるコナンに哀は笑いたくなる。
── この気持ちを あなたと同じだと伝えていいのかしら?──
身体の右側が熱い、気がするのは意識しているから。それとも彼からの視線を感じているから?
どちらもだろう。
「……そういえば、」
「な、なんだよ」
「あなた、最近噂になってるの知ってる?」
「う、噂…」
多分彼が思っている噂と、哀が話そうとしているのは違う。期待はあるが、気になることでもあるから哀はその噂を口に乗せれば、コナンの「はぁ?!」という大きな声は阿笠邸のリビングに響いた。
「ちょ、は? なんだよ、それ!?」
「だから、あなたが…」
「じゃなくて!」
「なによ…」
「俺、言ったよな? 付き合ってないし、断ったって!!」
「そうだったかしら?」
なんだよ、それ…と頭を抱えるコナンに哀はやり過ぎたかもしれないと後悔してしまう。
付き合ってはいないし、付き合ったことすらないのはコナン本人から保健室で会った時に教えられていた。しかし……
(なんだかんだいって、不安にはなるのよね…)
信じたい気持ちと不安になる気持ちが時々せめぎ合うのだ。
ただの女の子であれば気にはしなかっただろう。
しかし相手は彼の初恋であった幼なじみの毛利蘭に似た女の子だっただけに、心配してしまう
彼がいつか、"幼なじみ"の彼女の元へ走っていくのではないかと……。
だから、性悪と思われようが確かめたくなるのだ。
彼は自分を思ってくれているか、どうか。
(……でも、それも終わりにしなくてはならない)
ドラマどころではなくなり、ガリガリと頭を掻いているコナンに哀は苦笑した。
(髪の毛、抜けちゃうわよ…)
たまには素直になってみたいと思うし、気持ちを伝えて驚く彼の姿もみてみたい。
狡いと、同じ学校の女の子たちに言われたのを思い出す。確かに狡いだろう、おおよそで彼の気持ちは自分に向いているのが分かっているのだから。
100%とは言いがたいが、そこまで鈍感ではないつもりだ。
口に出そうとして、口の中がやたらと渇いているのに気づき、コーヒーを飲んだがまたすぐに渇く。
手もじんわりと汗をかいているのが分かった。
緊張している………答えが分かっていても、いつだって気持ちを素直に出すのは緊張するし、ましてやそれが愛の告白ならば尚更だ。
少しだけ震える手を握りしめる。酔ってしまいそうではあるが、大きく深呼吸をした。
途端にコナンの身体がびくついたのが分かる。
彼にとってはどんな気持ちでいるのかは分からない。受け止めてもらえるだろうか、という不安を胸にしながら哀は彼の名を呼んだ。
「………なんだよ、」
「噂の事なんだけど…」
「………さっきのは違「あなたと私が付き合ってるっていう噂、本当にしたいのだけどいいかしら?」は、?」
蒼い眸をこれでもか、と大きく見開くコナンに哀はクスッと笑った。
トレードマークの黒ぶち眼鏡は今も健在で、素顔をなかなか見せたりしない。
「……え、は…? は、灰原……」
「私、ずっと前からあなたが好きよ」
「〜〜〜〜っ、」
キッパリと告げれば、彼の顔は真っ赤に染まる。でもきっと自分の顔も赤いという自覚はある。
あなたに罪悪感は沢山ある、申し訳なくて、いなくなってしまいたい時もあった。でも、それでもそんな気持ちを持っていても変わらないものがあった。
江戸川コナンを好きだという気持ちは変わらなかった
「っ灰原!」
呼ばれると同時に肩を掴まれる。
「な、なんで、先に言うんだよ!!」
普通、男が言うもんだろ…と呟く彼に笑いたくなった。そんなの関係ないじゃないか。
「いけなかったかしら?」
「いや!いけなくはないけど………あーー!あのなっ!」
俺もお前が好きなんだよ!世界中の誰よりも一番にな!
怒鳴るように言われて、ただ可笑しくて笑えば、ハハハと彼も笑いながら抱きしめてきた。
あの頃、守られていた時、庇うように抱きしめられたことが何度かあった。あの時は自分の方が大きかったのに、いつの間にかすっぽりと腕に収まっている。
トクトクトクと速まる鼓動は自分のなのか、彼なのか、それとも二人揃ってなのか。
それがなんだか嬉しくて、哀はコナンの胸に顔を埋めたのだった。
END
2017/10/05