小さく開いた距離が始まり
「おーい、灰原〜」
授業が終わると同時に呼ばれた声音に誰が呼んでいるかなんて、顔を見なくてもすぐに分かったのは出会ってから七年経ったからだろうか。
「灰原、灰原って!」
「何よ、煩いわね」
づかづかと教室に入り、哀の席まで来た彼はちらちらと送られてくる視線に気づかないのか、真っ直ぐ哀を見てきた。
「今日さ、俺夕飯要らねぇから」
「………あぁ、そう」
そんな事ならLINEにでも送ってくれれば良いじゃないかと思いながら、素っ気なく答えると、彼は「でも言わねえと怒るだろ」と彼は屈託なく笑う。
「別に怒らないわよ、連絡くれれば」
「だからやらねーと怒るんじゃねーか。まぁそんな訳だから博士によろしくな」
「ええ、分かったわ」
「んじゃなー」
元気よく教室から去る江戸川──工藤くんを見送り、哀はため息を吐きたくなった。
この様子ではスーパーのタイムセールに間に合いそうにないではないか。
送られてくる視線を無視しながら、さっさと帰ろうとスクールバッグを肩に掛けて行こうとすれば声を掛けられた。
「灰原さん、ちょっといい?」
振り向いた先には五、六人の女子が並んでいる。
「いい?」と訊いてくる割には逃がさないと言わんばかりである。
あぁ、なんて面倒なんだろうと哀は頭が痛くなる気がした。
ゆっくりと体を向け、彼女たちの視線を真正面に受け止めた。
「何かしら」
「……ここじゃなんだから、付いてきてもらえるかな?」
「──私、用事があるから、時間が掛かりそうなのはちょっと……」
「いいから来なさいよ」
ギロりと睨まれても彼女は別に怖くなんかない。しかしこれ以上面倒になるのも嫌なのだ。
連れて来られた場所は定番と言えば定番なのだろう。体育館裏の倉庫脇だ。
「それで、話って何かしら?」
「アンタ、生意気なんだよ」
「そうよ、美人って言われてるからってお高くとまって、むかつくのよ」
「江戸川くんと仲良いからって、特別なんて思わないでよね」
「幼なじみだからって一緒にいるのやめなさいよ」
次々に言われる言葉に、哀はただ聞き流していた。
生意気から始まり、結局は江戸川コナンと親しい事を約款でいる彼女たちに、こんな無駄な事にエネルギーを使うのはやめて自分自身の為に使えば、きっと素敵な異性を掴まえられるだろうに。
「ちょっと、話聞いてるの?!」
「………え、えぇ…」
「……絶対、聞いてなかったでしょ」
相手の顔がひくり、と歪むのが分かった。
哀は小さくため息を吐いた。それを感じたのか益々怒る人に、少しだけびくついた人がいた。
「彼とはなんでもないわよ。と言っても信じてもらえそうにないのは分かっているわ。小学生の頃から一緒なんだし、家も隣だしね」
「……なによ、自慢?」
そんなことが自慢になるのか、ならないだろうに。
哀はまたため息を吐いた。
「じゃあ、どうしろっていうのよ」
「江戸川くんと喋らないで」
「主に話しかけてくるのはあっちだけど?」
「じゃあ、江戸川くんから離れてよ」
「そうだよ!離れてよ」
何を無茶な事を言うのだろうか。
「家が隣なのに?」
加えて毎日家に来ては朝食、夕食も食べているのに。昼食は給食だから問題はないが。
「……灰原さんがいるせいで、コナンくんに告白出来ない人、いっぱいいるんだからね!」
「え?」
「そうじゃない!コナンくんの傍に、頭が良くて、美人がいるなんて……ずるいよ!」
長い黒髪の、どことなくあの"彼女"に似てる女の子が今まで隠れていたのか、集団から出てきた。
──ずるい
彼女に似た女の子に言われただけなのに、胸が痛んだ。
うるうると眸に涙を溜めて、健気な感じなのがみてとれた。
「…………………分かったわ…」
「…え?」
「江戸川くんから離れればいいのね?」
「あ、はい……」
急変した態度に呆気に取られたらしい彼女たちだったが、哀はすかさず条件はつけた。
・彼から話しかけてきた時は見逃して欲しい
・探偵団で一緒に行動する時も同様に
「──流石に引っ越しは出来ないから、隣の家なのは見逃して欲しいわね。それ以外であれば彼と話さないようにするわ、それでいいかしら?」
「本当に約束守ってくれるの?」
「必要性がないときは話さないわよ」
「………絶対、守ってよね!」
「約束だからね!」
彼女たちはそう言うなり、バタバタと走り去っていった。あの黒髪の女の子はチラチラとこちらを気にしながら、他の女の子たちと行ってしまった。
それを見送ってから、哀は大きくため息を吐いた。
「………タイムセール、終わったじゃない」
時計を見てから、バッグを肩に掛けなおすと哀は予定通りスーパーに寄る為に帰路へとつく。
面倒だな、と思いながらも、明日からどう彼に接したものかと悩みながら。
翌日から、哀はさりげなくコナンを避け始めた。
それは自然に行われていくので、少年探偵団も気づかず、コナンも違和感はあったものの、灰原とはそんなにべったりしていた訳じゃないと自分では思っていたために気にしないでいた。
周りからすれば、べったりだったと言われるかもしれないが、自分と灰原とは切っても切れない絆みたいなものがあると信じていたし、今更離れるなんて考えていなかった。
だからこそ、知らず間に探偵団の中でも二人は端に揃って並んでいた気がしていたのに、気づけば端と端にいるような、距離感が出来ていた。
連絡も普通にLINEをすれば返してくれるのに、それ以外だとなかなか返事をしてくれなくなかった。
「…………なん、だよ」
知らぬ間に離れた距離に、コナンは呟いたのだった。
To be Continued…?
2017/07/05