仲の良い友人のはず、だった

名探偵コナン

初めて会った時は、友達なんかになるはずはなかった。
あの組織から抜けて逃げて来たという彼女は、自分が飲まされたとされる毒薬を作った張本人であった。油断せずに慎重に気を許さないようにしていたが、彼女の姉があの10億円事件の犯人、広田雅美──宮野明美と知った。助けられたはずなのに、どうして、と縋って泣く彼女に何も出来なかった。
それからは疑っていた気持ちも少しずつなくなっていく。命を狙われているのが分かり、何度も助けてきたし、自分も助けられてきた。
「後は頼んだ」その一言で、なんでも理解してくれた、相棒である。
数年前の組織壊滅の時には流石に許せないという感情に苛まれたのは、あの薬のデータが殲滅作戦の際に組織の連中によって破壊、消去されたからだ。
そう──工藤新一に戻る術がそこで断たれた時に、もう、戻れないと分かった時に、思わず彼女を詰ったのだ。彼女はただひたすらに謝るばかりでいた。彼女のせいではないのに。
実際、俺は話したくもなく、ただただ『蘭の元に還れなくなった』事を悔やんでいた。
赤井さんや降谷さんたちが『彼女のせいではない』と言っても、分かっていても、心の奥底で『彼女がそんな薬を作ったのがいけない』と思っていたのかもしれない。
それを感じ取ったのだろう、彼女はほとんど無から作り上げてきた試作段階の解毒剤をまた一から研究していた、それを当然のモノと思っていた自分がいたのも事実だ。自分で言ったのだから、自分は被害者でお前は加害者なんだと。
殲滅作戦の時に彼女が負傷したのも知っていたのに、俺は自分が誰よりも傷ついた人間だと思った。そうだろう、元の自分を取り戻す為に組織に対抗していたのに戻れなくなったのだから。
無理な研究をして、灰原が倒れたと知ったのは1ヶ月後だった。飲まず食わずに睡眠を削り、データがないというのに解毒剤の研究を重ねていたという。
入院を余儀なくされた灰原に見舞いに行けば、ふらつく身体で土下座をされたのだ。
ごめんなさい、ごめんなさい、必ず解毒剤を作ってみせるから……と止めるのを聞かずにひたすら謝る彼女に、自分は頭を殴られた気分だったし、一緒にいった両親から自宅に帰ってから実際に殴られた。

『お前は何か思い違いをしているんじゃないか』

今までこんな本気で叱ってくる親父をみたのは初めてだった。
自分の自信過剰な好奇心からその姿になったこと
薬でなければ、確実に死んでいたこと
彼女を守ると言いながらも、実際に守られていたのは自分であること
彼女もまた、戻れないということ
次々と突きつけられる事柄に、自分は何様なんだろうかと思わせられた。
蘭が悲しんでいるから、安心させたいから、会いたいからと無理を言って解毒剤をねだったりもした。
口をすっぱく、身体に耐性が出来ていざという時、戻れなくなったらどうするのか、などと心配されていたのに、自分の傲慢さに恥ずかしくなったのは当然だった。
そこから、彼女との関係を回復させるのにはすごく時間が掛かった気がする。実際には二年あったか、どうかだった。
その間に両親に頼んで、工藤新一を亡くすこと、自分を養子にすることなど諸々の手続きで忙しかった。戸籍も降谷さんに頼み、灰原哀の分も作ってもらえた。
江戸川文代を事故死とし、遠縁であり息子を亡くしたばかりの工藤夫妻の養子になる手続きを済ませたのは、工藤新一が亡くなってから半年後だった。
蘭は嘆き悲しんでいた。あの両親が蘭を心配して、別居を解消し、同じ家に暮らし始めていたし、園子やクラスメイトたちが蘭を支え、慰めていた。
そんな折の江戸川文代の事故死に、蘭がようやく自分ばかり嘆いている場合じゃない、コナンくんも可哀想と気を落ち着かせたが、同類憐れむといった感じだったのかもしれない。
養子として工藤家に引き取られる際は『コナンくんも辛いよね』と泣いていたし『いつまでもコナンくんは、私の弟だよ』と言われた。
自宅に戻り、新一の部屋に入りながらもどこか別人の部屋に入ったような気分になった。
自分が使っていたはずのベッドなのに、と自分がもう『工藤新一』として見てもらえないという事実に涙を溢した。

灰原とは気まずいながらも、隣に住むという事もあったし、母さんが俺が義務教育の間は一緒に住む事になったせいで、休みの時は母さんに連れ出されていたのを傍目に見ていた。
ようやく、謝ることが出来たのは事件から一年以上経ってからで、「ごめん…悪かった」と言えば「あなたは何も悪くなんかないわ」と謝罪を拒否されたが、これからは互いが一番の理解者だとして、「一緒に生きて行こうぜ」と伝えた。
彼女はあの翡翠色の眸に涙を溜めて、ごめんなさい、ごめんなさいというばかりだった。
償う気があるなら、普通にしてくれ!と伝えれば、「……………分かったわ…」とだけ返事をしてくれた。
それからは同じ探偵団の仲間として過ごしてきたし、事件があればいつものように頼ったり任せたりしてきた。
だから、友人、だと思ったことはなかった。
仲がいい友人だと捉えられているとは思ってはいるが自分たちにしか分からない、二人だけの強い絆があると信じていたし、この先離れるなんて考えられなかった。
しかし、最近は気づけば彼女との距離が遠くなっている気がする。
昔から歩美とは話していたが、最近は光彦とよく話している姿を見かける。
話しかければ、無論返事はしてくれるが、用件さえすめば後は話すことなんてないという、圧を感じる。

(………俺、なんかしたかな…)

コナンは授業中、そんな事を考えながら窓の外を見上げた。
今日も暑くなりそうな天気である。


「ねぇ、コナンくん。哀ちゃんとケンカでもしたの?」

同じクラスの歩美に話しかけられて、やっぱりそう思うよなぁと苦笑いをした。

「いや、した覚えはないんだけど」

「でも哀ちゃん、コナンくんの事、然り気無く避けてるよね?」

「あー……やっぱ、そう思う?」

机に頬杖をついて、歩美を見れば笑いながら「うん」と答えた。

「何したか分からないけど、ちゃんと謝った方がいいよ」

「ちょっと待て!俺が何かした前提かよ?!」

「だって、哀ちゃんがコナンくんに冷たいのはいつもの事だけど」

「……おいおい」

「あんな風に距離置くようなことは今までなかったじゃない」

「……………うーーーん……」

何かしたかなーと考えてみるが、身に覚えがないような、数えればあるような、なんとも言えなくなる。
そんな事を考えていると、廊下側から呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、江戸川ー!」

「んー?」

「呼んでるぞー」

クラスメイトの声に教室の出入口を見れば、見知らぬ女の子が立っていた。

「………コナンくんて、本当にモテるよね」

「そぉか?」

少しだけ口を尖らせて話す歩美に苦笑しながら、席を立った。
別に告白と決まった訳ではないだろうと、思いながらもその女子に近づくにつれ、ああ、これは告白だな、と分かってしまった。

「あ、あの……江戸川くん……話があるんです…」

「………あー、じゃあ移動しようか」

「は、はい…」

クラスメイトに礼を言って、女の子を連れてとりあえず校舎から出た。
ちらりと顔を見れば、長い黒髪の、どことなく"幼なじみ"に似た女の子だった。
人があまり通らない場所へと移動して、振り返ると彼女は顔を真っ赤にしながらスカートの裾を掴んでいた。そうとう緊張しているみたいだ。

「あ、あの………江戸川くんと灰原さんって、付き合ってないんですよね? 幼なじみってだけですよね?」

必死に聞いてくる彼女に「ま、まぁ、」と答えるしかなかった。

「………仲がいいだけの、友人なんですよね?」

「仲が、いい……?」

思わず聞き返してしまった。
自分と灰原が仲が良いと称されるとは思ってなかったからだ。
まぁ、端から見れば仲が良い友人、幼なじみにみられるのだろう。違和感を感じるが、そうなんだろうと思い、頷いた。
女の子はぐっと唇を噛んでから、こちらを見上げた。

「あ、あの、私!工藤 蘭って言います!ず、ずっと前から江戸川くんが好きでした!」

「………ら、らん…?」

まさかの名前に思わず、名前で呼んでしまった。
彼女は名前を呼ばれたことに、ますます顔を赤らめて涙ぐんでいた。

「……あ、あの……」

「う、嬉しい………江戸川くんに名前呼ばれるなんて……」

「い、いや、それは……」

昔の幼なじみと同じ名前だったから、と言おうとしたが、彼女は涙を拭いながらまっすぐこちらを向いてきた。

「……え、江戸川くん!わ、私と付き合って下さい!!」

蘭と同じ名前の、蘭に似た女の子にそう言われ、思わずトリップしそうになる。
自分は江戸川コナンなのに、工藤新一が毛利蘭に告白されているんじゃないかと、あの頃の叶わなかった時間。

「………え、あ、」

顔を上げれば、やはり彼女と被る。懐かしい彼女の姿と。でも違う、彼女ではない。
コナンは申し訳ない顔をして、答えを出したのだった。


その時、誰かに見られていたなんて気づかなかった。




To be Continued……?


2017/07/06


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